オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈

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第一章 オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

第8話 合成イモのスープ

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 ヘリが着陸したのは、巨大な渓谷の底だった。
 かつては巨大な工場だったのだろうか、錆びついた鉄骨と風化したコンクリートの残骸が、まるで巨人の骸骨のように横たわっている。俺たちが降り立ったのは、その地下深くに築かれた、秘密の拠点だった。

「レオンを医務室へ! 急げ!」

 怒号が飛び交う中、レオンはすぐにストレッチャーに乗せられ、仲間たちに囲まれて施設の奥へと消えていく。俺は、その背中をただ見送ることしかできなかった。握りしめた彼の手の、冷たい感触だけがまだ残っている。

「おい、いつまで突っ立ってる。ついてきな、オメガ様」

 声をかけてきたのは、あの顔に傷のある女性だった。彼女は「サラ」と呼ばれているらしい。ぶっきらぼうな口調だが、その瞳の奥には疲労と、そして俺と同じようにレオンを心配する色が滲んでいた。

 サラに連れられて足を踏み入れたのは、だだっ広い食堂のような場所だった。そこには、俺が想像していたよりもずっと多くの人々が暮らしていた。様々な人種の大人たち、走り回る子供たち、穏やかに編み物をしている老人。彼らは俺に気づくと一斉に視線を向けたが、そこにはオアシス都市で感じたような刺々しい敵意はなかった。ただ、純粋な好奇心と驚きが渦巻いている。

「ほら、座りな」

 サラに促され、長テーブルの空いた席に腰を下ろす。すぐに、湯気の立つ金属製のカップと、黒パンが一切れ、俺の前に置かれた。

「腹が減ってるだろ。うちの自慢の合成イモのスープだ。レーションなんかより百万倍マシだから、味わって食いな」

 スープを覗き込むと、優しい香りがふわりと鼻をくすぐった。恐る恐る一口、口に含む。
 その瞬間、俺は目を見開いた。

「……あたたかい……」

 それは、生まれて初めて感じる、血の通った温かさだった。栄養剤の無機質な味でも、レーションの味気ない食感でもない。不器用だが、誰かが誰かのために作った、優しい味がした。
 気づけば、俺の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。スープの塩気と、涙の塩気が口の中で混ざり合う。

「お、おいおい、泣くほどうまかったか? ま、うちのメシ番の腕は確かだがね」
 サラはぶっきらぼうに言いながらも、どこか困ったように頭を掻いていた。

「うわっ、マジだ! サラさん、この人がレオンの言ってた『お姫様』!?」

 突然、背後から大きな声がした。振り返ると、オイルで汚れたツナギを着た、人の良さそうな笑顔の青年が目を輝かせて俺を見ていた。

「こらジン! お姫様とか言うな、ぶっ飛ばすぞ!」
「いって! 叩かなくてもいいだろ、サラさん! 俺はジン! よろしくな、えーっと……アキ、だっけ? レオンから聞いてるぜ! あいつが命懸けで助け出すなんて、どんなすげー奴かと思ってたんだ!」

 ジンと名乗った青年は、まるで壁がないみたいに馴れ馴れしく、俺の隣にどかりと腰を下ろした。
「なあなあ、ドームの中ってやっぱすごい機械とかあんの? 空飛ぶ車とかさ!」
「え、あ……」
「飯はうまい? 女の子とかいるわけ?」
「ジン! 質問攻めにすんな! アキは疲れてるんだ、少しは考えな!」

 サラの拳骨がジンの頭に落ちる。そんな二人のやり取りを見ていると、張り詰めていた俺の心が、少しずつ解きほぐされていくのを感じた。これが、普通の人間関係。俺がずっと知らなかった、温かい世界。

 食事を終えた後、俺はサラに連れられて、拠点の最奥にある司令室のような場所へ向かった。そこにいたのは、白髪と深い皺が印象的な、穏やかな目をした老人だった。

「エルダー、連れてきたよ」
「うむ」

 エルダーと呼ばれた老人は、ゆっくりと俺に向き直った。その静かな視線は、俺の魂の奥まで見通すようだ。
「よくぞ参られた、アキ殿。長旅、ご苦労であった。レオンのことは、我々が必ず助ける。しばしの間、ここを己が家と思われよ」

 その重々しくも優しい言葉に、俺は深く頭を下げた。
 だが、その安堵の空気を切り裂くように、医務室の扉が勢いよく開いた。血相を変えた衛生兵が、駆け込んでくる。

「エルダー、サラ! レオンの容態が……!」
 サラが目にも止まらぬ速さで衛生兵に詰め寄る。
「どうしたんだい! レオンは!?」
「弾が……肺のすぐ近くで止まっている。ここの設備では、危険すぎて摘出は不可能です。出血もひどく、輸血パックも足りない……このままでは、今夜が峠かと……」

 その絶望的な言葉に、空気が凍りついた。
 食堂で芽生えかけた温かい希望が、一瞬にして冷たい氷に変わっていく。
 サラが「嘘だろ……! あの石頭が、あんな奴らに……!」と壁を殴りつけ、ジンも顔を青くして立ち尽くしている。

 ああ、まただ。
 俺が少しでも幸せを感じると、すぐに世界はそれを奪い去っていく。
 だが――もう、ただ奪われるだけの俺じゃない。

 俺は、震える足で一歩、前に踏み出した。エルダーとサラが、驚いて俺を見る。
 その視線をまっすぐに受け止め、俺は生まれて初めて、自分の意志で言葉を紡いだ。

「俺に、何かできることはありませんか?」

 もう、守られるだけじゃない。待っているだけじゃない。
 俺を助けてくれたあの人を、今度は俺が、助けるんだ。
 その瞳に宿った強い光に、歴戦の強者であるサラも、すべてを見てきたエルダーも、息を呑むのが分かった。レオンが命を懸けて持ち帰ったものが何だったのか、彼らが初めて理解した瞬間だった。
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