笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

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伝説のパン屋になりましたが、路地裏でのんびり弟子を育てます! ― 焼きたての幸せと、三人の小さな夢 ―

第66話 収穫祭の奇跡と、世界を結ぶパン

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 収穫祭の会場は、色とりどりの旗がはためき、楽団の陽気な音楽と人々の笑い声が溢れる、まさに祝祭の坩堝だった。しかし、「アトリエ・フィオナ」の屋台に割り当てられた一角に立った瞬間、弟子たちの顔から笑顔が消えた。

 すぐ隣に、彼らの何倍も大きく、金とビロードで飾り付けられた、あまりに豪華な屋台がそびえ立っていたのだ。掲げられた看板には、見覚えのある天秤とフォークの紋章が、傲慢に輝いている。 「……美食家同盟……!」 アシュラフが、憎々しげに吐き捨てた。

 その屋台から、純白のコックコートを着た男が、見下すような笑みを浮かべて現れた。 「おやおや、これは驚いた。まさか、昨夜の嵐の中、本当に店を開けるとは。その根性だけは褒めて差し上げましょう。で、その泥団子のようなものが、売り物のパンですかな?」 男は、フィオナたちが並べた、素朴で不格好な「嵐のパン」を指さして嘲笑った。

「なっ……! てめえ、このパンの何が分かるってんだ!」 アシュラフが掴みかかろうとするのを、セオドアが冷静に制した。 「待て、アシュラフ君。挑発に乗るな。我々は、我々のパンで証明するだけだ」 「……そうです」リリナも、震えながら一歩前に出た。「このパンは……泥団子なんかじゃ、ありません……!」 その小さな、しかし確固たる反論に、男は肩をすくめると、興味を失ったように自らの店へと戻っていった。

 祭りの開始を告げる鐘が鳴り響く。 案の定、人々は美食家同盟の屋台へと殺殺到した。そこでは、見た目も華やかなトリュフ入りのブリオッシュや、金粉をあしらったデニッシュが、信じられないほどの安値で売られている。 「すごいわ! この味でこの値段!?」 「さすがは美食家同盟ね!」 人々の歓声が、フィオナたちの心を容赦なく抉った。

 対して、「アトリエ・フィオナ」の屋台の前は、誰一人足を止めようとしない。地味な見た目のパンは、隣の輝きに完全に掻き消されていた。 「くそ……なんでだよ……」アシュラフが、悔しさに拳を握りしめる。 「価格戦略でも、見た目の華やかさでも、我々は完全に劣っている……。これでは……」 セオドアの顔にも、焦りの色が濃く浮かぶ。リリナは、俯いて唇を噛みしめていた。

 弟子たちの心が、諦めの色に染まりかけた、その時だった。 フィオナが、静かに、しかし力強く言った。

「皆さん。私たちは、誰かと競うために、ここにいるのではありません」 彼女は、弟子たち一人一人の顔を見回した。 「私たちは、ただ、食べる人の笑顔を想って、あの嵐の夜を乗り越えたはずです。私たちのパンを信じましょう。そして、このパンに宿る、私たちの物語を、届けましょう」

 その言葉で、弟子たちの瞳に、再び光が宿った。 彼らは顔を見合わせ、力強く頷き合った。

 最初に動いたのは、アシュラフだった。彼は、熱した鉄板の上で、故郷のスパイスを煎り始めた。途端に、キャラメルのような甘さと、ナッツのような香ばしさが混じり合った、抗いがたいほど魅力的な香りが、風に乗って広場に流れ出す。 「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 砂漠の太陽と、嵐の夜が出会って生まれた、奇跡のパンだぜ! 香りだけでも、損はさせねえよ!」

 その異国の香りに、最初に足を止めたのは、物珍しそうに見ていた旅の商人だった。 次に、セオドアが、澄んだ声で語り始めた。 「このパンは、小麦粉を一切使っておりません。森が与えてくれた木の実と、大地の恵みである穀物、その栄養を、我々の知恵で最大限に引き出した、完全なる自然のパンです。一口で、あなたの旅の疲れを癒やすことを、私が論理的に保証いたします!」 その理路整然とした、しかし情熱のこもった説明に、知的な身なりの学者風の男が、興味深そうに眉を上げた。

 そして、リリナが、小さなカップに入った温かいハーブティーを、そっと差し出した。 「あ、あの……このパンには、このハーブティーが、とても合います。飲むと、心が、陽だまりみたいに、温かくなります……どうぞ」 そのひたむきな姿に、幼い子供を連れた母親が、優しい笑みを浮かべた。

 一人、また一人と、人々が足を止める。 最初にパンを口にした旅の商人が、目を見開いて叫んだ。 「う、うまい! なんだこれは! 素朴なのに、今まで食べたどんなパンよりも、深く、力強い味がする……!」 その一言が、引き金だった。

「本当だわ、体が芯から温まるような……」「見た目は地味だが、噛めば噛むほど、様々な味がするぞ!」「このハーブティーと一緒に食べると、故郷を思い出すなあ……」 口コミが、熱波のように広がっていく。豪華な味に飽き始めていた人々が、本物の「温かさ」を求めて、フィオナたちの屋台に、雪崩を打ったように押し寄せ始めたのだ。

 やがて、屋台の前には、国籍も、身分も、年齢も関係なく、様々な人々が、同じパンを手に笑い合う、不思議な光景が生まれた。異国のスパイスの香りと、優しいハーブの香りが混じり合い、そこはまるで「国境を越える小さな奇跡」そのものだった。

 隣の美食家同盟の屋台は、いつの間にか閑古鳥が鳴いていた。彼らのパンは、最初は物珍しさで売れたが、その中身のない、ただ豪華なだけの味は、すぐに人々を飽きさせてしまったのだ。

 陽が傾き、収穫祭の終わりを告げる音楽が流れ始めた頃。「アトリエ・フィオナ」の屋台のパンは、最後の一つまできれいに売り切れていた。 三人の弟子たちは、空っぽになったパン籠を前に、夢でも見ているかのように、夕焼けに染まる広場を呆然と眺めていた。

「……売れたな」ルーカスが、ぶっきらぼうに、だが誰よりも嬉しそうに言った。 「ええ! ええ!」エリィが、涙声で抱き合った。「私たちのパンが、勝ったのよ!」

 アシュラフ、セオドア、リリナ。三人は互いの顔を見合わせると、込み上げてくる感情を抑えきれずに、子供のように抱き合って、声を上げて泣き、そして、笑った。 フィオナは、そんな弟子たちの姿を、陽だまりのような、穏やかな笑顔で見守っていた。 嵐の夜に生まれた奇跡のパンは、確かに、この街に、そしてこの子たちの心に、消えることのない温かい光を灯したのだった。
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