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伝説のパン屋になりましたが、路地裏でのんびり弟子を育てます! ― 焼きたての幸せと、三人の小さな夢 ―
第67話 それぞれのパンと、陽だまりのアトリエ
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収穫祭の熱狂が過ぎ去り、王都にいつもの穏やかな秋が戻ってきた頃。「アトリエ・フィオナ」の厨房では、三人の弟子たちが、それぞれの故郷の香りをまとわせたパンを、真剣な眼差しで焼き上げていた。
今日は、彼らの卒業試験の日。課題はただ一つ、「自分の国に持ち帰りたい、未来のパンを焼くこと」。
最初にパンを差し出したのは、アシュラフだった。 「師匠! これが、俺のパンだ!」 彼が差し出したのは、砂漠の太陽を思わせる、黄金色に輝く平焼きパン。中には、故郷のドライフルーツと、王国で学んだカスタードクリームが、宝石のように詰め込まれている。 「砂漠の子供たちは、甘い菓子なんて滅多に食えねえ。でも、このパンなら、乾いた土地でも簡単に焼けるし、腹の足しにもなる。何より……食ったら、絶対笑顔になるだろ?」 悪戯っぽく笑う彼の顔は、もうただの腕白な少年ではなかった。故郷の未来を想う、立派なパン職人の顔だった。
次に、セオドアが、完璧な作法でパン皿をフィオナの前に置いた。 「師匠。私のパンは、これです」 それは、手のひらサイズの、見た目は素朴なライ麦パン。だが、一口食べると、中からトロリと溶け出したチーズと、細かく刻まれた野菜の優しい甘みが口いっぱいに広がった。 「かつての私は、王宮の食卓しか知りませんでした。しかし、この路地裏で学びました。真の贅沢とは、高価な食材ではなく、誰かと食卓を囲む温かさなのだと。このパンは、貴族も、平民も、同じテーブルで笑い合える……そんな、新しいヴェストリアのためのパンです」 彼の言葉には、かつての傲慢さではなく、民に寄り添う者の、静かで深い覚悟が宿っていた。
最後に、リリナが、震える手で小さな籠を差し出した。 「わ、私のパンは……これ、です」 籠の中には、森の木の実や花の蕾で美しく飾られた、まるでリースのよう可愛らしいパンがちょこんと座っていた。パン生地には、彼女の得意なハーブが練り込まれ、心を落ち着かせる、優しい香りを放っている。 「私の故郷の森は、豊かですが、外の世界との繋がりがありませんでした。でも、このパンがあれば……森の恵みを、街の人に届けることができます。そして、街の人の笑顔を、森に持ち帰ることもできる。このパンは、私の小さな森と、広い世界を繋ぐ、最初の架け橋なんです」 俯きがちだった少女は、もうどこにもいない。彼女は、自らの手で、世界と繋がる扉を開いたのだ。
フィオナは、三者三様のパンを、一つ一つ、ゆっくりと味わった。どのパンも、技術的にはまだ未熟な部分があるかもしれない。だが、そのどれもが、これ以上ないほどに温かく、優しく、そして、希望に満ちた味がした。
「……合格です」 フィオナの声は、涙で少しだけ震えていた。 「三人とも、もう、私から教えることは何もありません。素晴らしいパンでした。本当に……」 その言葉を合図に、弟子たちの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「「「師匠ーーーーっ!!」」」 三人は、子供のように声を上げて泣きながら、フィオナに抱きついた。フィオナも、そんな愛おしい弟子たちを、力強く抱きしめ返した。厨房は、涙と、小麦粉と、たくさんの国のパンの香りで、ぐちゃぐちゃになっていた。
数日後。旅立ちの朝。 「絶対、手紙書くからな! 師匠も、ルーカスも、たまには砂漠に遊びに来いよ!」 「師匠、エリィ殿、マルセル殿、そしてルーカス殿。皆様からいただいた教えは、生涯の宝です。本当に、ありがとうございました」 「……また、いつか……みんなで、パン、焼きたいです……ぐすっ」
エリィは「もう、泣かないって約束でしょー!」と言いながら、自分が一番泣いていた。マルセルは、黙って三人の肩を叩き、餞別として彼らの国の言葉で書かれたパンの歴史書を渡した。
やがて、三人を乗せた馬車が、ゆっくりと路地裏を去っていく。 フィオナは、その小さな後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと手を振り続けていた。 「パンは、離れても心を繋げるのね」 彼女がぽつりと呟いた言葉を、隣に立つルーカスは、黙って聞いていた。
その日の夕暮れ。 弟子たちが去り、がらんとした厨房は、少しだけ広く、そして寂しく感じられた。フィオナは、一人、黙々と生地を捏ねていた。今日のパンは、誰のためでもない、自分のためのパンだった。 そこへ、ルーカスが、いつものようにふらりと入ってきた。
「……静かになっちまったな」 「……はい。でも、またここから、私たちのパンを焼いていくだけです」 二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
やがて、焼きあがったのは、何の変哲もない、ただのシンプルな丸いパンだった。フィオナは、その焼きたてを半分にちぎると、一つをルーカスに差し出した。 「いつも、隣で見守ってくれて……ありがとう」 その笑顔は、もう何の迷いもない、陽だまりそのものだった。
ルーカスは、言葉を返さなかった。 ただ、その温かいパンを受け取ると、パンを持つ彼女の手に、自分の大きな手を、そっと重ねた。 驚いて顔を上げるフィオナ。その視線の先で、不器用な大男は、照れくさそうに、だが、これ以上ないほど優しい顔で、少しだけ笑った。
路地裏に差し込む、最後の夕日の光の中で、フィオナは、自らが手に入れた二つの宝物を、静かに噛みしめていた。 世界中の弟子たちと心を繋ぐ、師匠としての誇り。 そして、言葉よりも温かいこの手のひらが教えてくれる、一人の女性としての、焼きたての幸せ。
物語は、決して終わらない。 陽だまりのアトリエでは、明日もまた、優しいパンの香りが、新しい一日のはじまりを告げるのだから。
今日は、彼らの卒業試験の日。課題はただ一つ、「自分の国に持ち帰りたい、未来のパンを焼くこと」。
最初にパンを差し出したのは、アシュラフだった。 「師匠! これが、俺のパンだ!」 彼が差し出したのは、砂漠の太陽を思わせる、黄金色に輝く平焼きパン。中には、故郷のドライフルーツと、王国で学んだカスタードクリームが、宝石のように詰め込まれている。 「砂漠の子供たちは、甘い菓子なんて滅多に食えねえ。でも、このパンなら、乾いた土地でも簡単に焼けるし、腹の足しにもなる。何より……食ったら、絶対笑顔になるだろ?」 悪戯っぽく笑う彼の顔は、もうただの腕白な少年ではなかった。故郷の未来を想う、立派なパン職人の顔だった。
次に、セオドアが、完璧な作法でパン皿をフィオナの前に置いた。 「師匠。私のパンは、これです」 それは、手のひらサイズの、見た目は素朴なライ麦パン。だが、一口食べると、中からトロリと溶け出したチーズと、細かく刻まれた野菜の優しい甘みが口いっぱいに広がった。 「かつての私は、王宮の食卓しか知りませんでした。しかし、この路地裏で学びました。真の贅沢とは、高価な食材ではなく、誰かと食卓を囲む温かさなのだと。このパンは、貴族も、平民も、同じテーブルで笑い合える……そんな、新しいヴェストリアのためのパンです」 彼の言葉には、かつての傲慢さではなく、民に寄り添う者の、静かで深い覚悟が宿っていた。
最後に、リリナが、震える手で小さな籠を差し出した。 「わ、私のパンは……これ、です」 籠の中には、森の木の実や花の蕾で美しく飾られた、まるでリースのよう可愛らしいパンがちょこんと座っていた。パン生地には、彼女の得意なハーブが練り込まれ、心を落ち着かせる、優しい香りを放っている。 「私の故郷の森は、豊かですが、外の世界との繋がりがありませんでした。でも、このパンがあれば……森の恵みを、街の人に届けることができます。そして、街の人の笑顔を、森に持ち帰ることもできる。このパンは、私の小さな森と、広い世界を繋ぐ、最初の架け橋なんです」 俯きがちだった少女は、もうどこにもいない。彼女は、自らの手で、世界と繋がる扉を開いたのだ。
フィオナは、三者三様のパンを、一つ一つ、ゆっくりと味わった。どのパンも、技術的にはまだ未熟な部分があるかもしれない。だが、そのどれもが、これ以上ないほどに温かく、優しく、そして、希望に満ちた味がした。
「……合格です」 フィオナの声は、涙で少しだけ震えていた。 「三人とも、もう、私から教えることは何もありません。素晴らしいパンでした。本当に……」 その言葉を合図に、弟子たちの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「「「師匠ーーーーっ!!」」」 三人は、子供のように声を上げて泣きながら、フィオナに抱きついた。フィオナも、そんな愛おしい弟子たちを、力強く抱きしめ返した。厨房は、涙と、小麦粉と、たくさんの国のパンの香りで、ぐちゃぐちゃになっていた。
数日後。旅立ちの朝。 「絶対、手紙書くからな! 師匠も、ルーカスも、たまには砂漠に遊びに来いよ!」 「師匠、エリィ殿、マルセル殿、そしてルーカス殿。皆様からいただいた教えは、生涯の宝です。本当に、ありがとうございました」 「……また、いつか……みんなで、パン、焼きたいです……ぐすっ」
エリィは「もう、泣かないって約束でしょー!」と言いながら、自分が一番泣いていた。マルセルは、黙って三人の肩を叩き、餞別として彼らの国の言葉で書かれたパンの歴史書を渡した。
やがて、三人を乗せた馬車が、ゆっくりと路地裏を去っていく。 フィオナは、その小さな後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと手を振り続けていた。 「パンは、離れても心を繋げるのね」 彼女がぽつりと呟いた言葉を、隣に立つルーカスは、黙って聞いていた。
その日の夕暮れ。 弟子たちが去り、がらんとした厨房は、少しだけ広く、そして寂しく感じられた。フィオナは、一人、黙々と生地を捏ねていた。今日のパンは、誰のためでもない、自分のためのパンだった。 そこへ、ルーカスが、いつものようにふらりと入ってきた。
「……静かになっちまったな」 「……はい。でも、またここから、私たちのパンを焼いていくだけです」 二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
やがて、焼きあがったのは、何の変哲もない、ただのシンプルな丸いパンだった。フィオナは、その焼きたてを半分にちぎると、一つをルーカスに差し出した。 「いつも、隣で見守ってくれて……ありがとう」 その笑顔は、もう何の迷いもない、陽だまりそのものだった。
ルーカスは、言葉を返さなかった。 ただ、その温かいパンを受け取ると、パンを持つ彼女の手に、自分の大きな手を、そっと重ねた。 驚いて顔を上げるフィオナ。その視線の先で、不器用な大男は、照れくさそうに、だが、これ以上ないほど優しい顔で、少しだけ笑った。
路地裏に差し込む、最後の夕日の光の中で、フィオナは、自らが手に入れた二つの宝物を、静かに噛みしめていた。 世界中の弟子たちと心を繋ぐ、師匠としての誇り。 そして、言葉よりも温かいこの手のひらが教えてくれる、一人の女性としての、焼きたての幸せ。
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