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第13話 看板娘と虹色パンと、謎の手紙
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「アトリエ・フィオナ」が開店して数週間。路地裏の小さなパン屋は、早くも近隣の人々の間で評判になり始めていた。フィオナは相変わらず早朝からパンを焼き、昼間は店番に立つという忙しい毎日を送っている。それでも、お客様の「美味しかったよ」の一言が、何よりの元気の源だった。
そして、この店には早くも強力な看板娘が誕生していた。そう、エリィだ。
「いらっしゃいませー!焼きたてのミルクパンはいかがですかー?」
太陽のような笑顔と元気な声で客を迎えるエリィは、あっという間に店の人気者になった。パンの名前や値段を覚えるのはもちろん、お客様の顔と好みのパンまで把握し、時にはフィオナに代わっておすすめまでする。その働きぶりは、フィオナが「私が教えることなんて何もないわ…」と感心するほどだった。
「フィオナ様、こちらのパン、もう少し焼き色を濃くした方が、常連の鍛冶屋の親方好みかもしれません!」
「え、ええ、そうかしら?ありがとう、エリィ」
フィオナの少しズレた天然な指示にも、エリィは「はいっ、フィオナ様!」と満面の笑みで応じ、いつの間にか完璧にこなしている。時折、フィオナが真剣な顔で「このパン生地には宇宙の神秘が詰まっているのよ…」などと呟き始めると、「フィオナ様、お客様がお待ちですよー!」と現実世界に引き戻してくれる重要な役割も担っていた。
常連客も少しずつ増えてきた。
毎朝必ず「大地の恵みライ麦パン」を買いに来ては、フィオナに時候の挨拶をしていく腰の曲がったおじいさん。週に一度、子供たちのためにたくさんの「ふわふわミルクパン」を買い込み、「ここのパンじゃないと、うちの子たちは朝起きてこないんですよ」と笑う若いお母さん。そして、いつも夕方、人目を忍ぶようにやって来ては、こっそり甘いデニッシュ系のパン(フィオナが試作しているもの)を買い、「…別に、甘いものが好きなわけではない。部下への差し入れだ」と強がる、いかにも堅物そうな役人風の男性。彼らとのささやかな会話が、フィオナの日々を彩っていた。
そんなある日、フィオナは新作パンの試作に没頭していた。レオン親方のノートにあった記述と、エリィの「もっとカラフルで可愛いパンがあったら、子供たちが喜びますよ!」という言葉に触発されたのだ。
そして完成したのが――「フィオナ・スペシャル!夢見る虹色マーブルうずまき三つ編みメロンパン・星屑シュガーを添えて(仮)」だった。
そのあまりにも独創的すぎる見た目(七色の生地が複雑に絡み合い、表面には金平糖が惜しげもなく散りばめられている)と、呪文のように長い名前に、試食させられたルーカスとエリィは絶句した。
「フィオナ……これは……その……なんというか、前衛芸術……か?」
「フィオナ様!とっても……個性的です!」
二人が必死で言葉を選ぶ中、マルセルだけは「素晴らしい!お嬢様の豊かな感性が遺憾無く発揮された傑作でございますな!ネーミングも斬新で、一度聞いたら忘れられません!」と手放しで絶賛していたが、彼の美的感覚は時々フィオナ以上に斜め上を行くことがあるのであまり参考にならない。
ちなみに、味は意外にも「普通に美味しいメロンパン」だったが、あまりの見た目のインパクトに、商品化は丁重に見送られることとなった。
そんな平和な(?)「アトリエ・フィオナ」に、時折スパイのように現れるのがレオン親方だ。客のふりをして(麦わら帽子を目深に被り、怪しげなサングラスをかけているが、その厳つい雰囲気と特徴的な歩き方で誰が見てもレオンだと分かる)パンを数種類買うと、小声で「……このライ麦パン、発酵が少し足りねえな。あと、あの虹色のやつは目に毒だ。客が逃げるぞ」などと的確なダメ出し(と虹色パンへの苦情)を呟いて風のように去っていく。
「親方、ありがとうございます!」
フィオナが慌てて追いかけるが、彼は決して振り返らない。その背中が、どこか誇らしげに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
一方、マルセルは店の経営面でも辣腕を振るっていた。
「お嬢様、ポイントカード制度の導入をご提案いたします。満了時には、お嬢様特製の『ミステリーミニパン(何が出るかはお楽しみ)』をプレゼント、というのはいかがでしょう?」
「ぽいんとかーど…? それは一体…?」
貴族育ちのフィオナには馴染みのない単語だが、エリィが「それ、いいですね!お客さん喜びますよ!」と目を輝かせたため、あっさり採用されることになった。マルセルはさらに「雨の日限定・パン全品5%割引サービス」や「毎月22日は『フィオナの日』として新作パン試食会開催」など、次々と斬新な(そしてどこかで聞いたことのあるような)販売戦略を打ち出し、フィオナとエリィを感心させていた。ルーカスは「マルセル、お前、本当にただの執事か…?」と疑いの眼差しを向けている。
「アトリエ・フィオナ」のパンの美味しさと、不器用だけど一生懸命な店主、そして太陽のように明るい看板娘の噂は、口コミで少しずつ、しかし確実に王都の片隅に広まり始めていた。パンの焼ける香ばしい香りに誘われ、店の前で足を止める人も増えてきた。
そんな穏やかな午後のことだった。
カラン、とドアベルが鳴り、入ってきたのは意外な人物だった。
それは、上質な、しかし控えめな仕立ての服を着た若い女性。緊張した面持ちで店内を見回し、やがてフィオナを見つけると、意を決したように近づいてきた。
「あ、あの……あなたが、フィオナ・ヴィルヘルム様でいらっしゃいますか?」
その顔には見覚えがあった。かつて、フィオナが「悪役令嬢」と社交界で噂される原因の一つとなった出来事の中心にいた、あの可憐な男爵令嬢リリアンヌ――の侍女だった。
侍女は、フィオナの前に進み出ると、深々と頭を下げ、震える手で一通の封筒を差し出した。
「リリアンヌお嬢様より……お手紙を、お預かりしてまいりました」
フィオナは、その手紙を黙って受け取った。いったい、何が書かれているのだろうか。
穏やかだったパン屋の日常に、小さな波紋が広がろうとしていた。
そして、この店には早くも強力な看板娘が誕生していた。そう、エリィだ。
「いらっしゃいませー!焼きたてのミルクパンはいかがですかー?」
太陽のような笑顔と元気な声で客を迎えるエリィは、あっという間に店の人気者になった。パンの名前や値段を覚えるのはもちろん、お客様の顔と好みのパンまで把握し、時にはフィオナに代わっておすすめまでする。その働きぶりは、フィオナが「私が教えることなんて何もないわ…」と感心するほどだった。
「フィオナ様、こちらのパン、もう少し焼き色を濃くした方が、常連の鍛冶屋の親方好みかもしれません!」
「え、ええ、そうかしら?ありがとう、エリィ」
フィオナの少しズレた天然な指示にも、エリィは「はいっ、フィオナ様!」と満面の笑みで応じ、いつの間にか完璧にこなしている。時折、フィオナが真剣な顔で「このパン生地には宇宙の神秘が詰まっているのよ…」などと呟き始めると、「フィオナ様、お客様がお待ちですよー!」と現実世界に引き戻してくれる重要な役割も担っていた。
常連客も少しずつ増えてきた。
毎朝必ず「大地の恵みライ麦パン」を買いに来ては、フィオナに時候の挨拶をしていく腰の曲がったおじいさん。週に一度、子供たちのためにたくさんの「ふわふわミルクパン」を買い込み、「ここのパンじゃないと、うちの子たちは朝起きてこないんですよ」と笑う若いお母さん。そして、いつも夕方、人目を忍ぶようにやって来ては、こっそり甘いデニッシュ系のパン(フィオナが試作しているもの)を買い、「…別に、甘いものが好きなわけではない。部下への差し入れだ」と強がる、いかにも堅物そうな役人風の男性。彼らとのささやかな会話が、フィオナの日々を彩っていた。
そんなある日、フィオナは新作パンの試作に没頭していた。レオン親方のノートにあった記述と、エリィの「もっとカラフルで可愛いパンがあったら、子供たちが喜びますよ!」という言葉に触発されたのだ。
そして完成したのが――「フィオナ・スペシャル!夢見る虹色マーブルうずまき三つ編みメロンパン・星屑シュガーを添えて(仮)」だった。
そのあまりにも独創的すぎる見た目(七色の生地が複雑に絡み合い、表面には金平糖が惜しげもなく散りばめられている)と、呪文のように長い名前に、試食させられたルーカスとエリィは絶句した。
「フィオナ……これは……その……なんというか、前衛芸術……か?」
「フィオナ様!とっても……個性的です!」
二人が必死で言葉を選ぶ中、マルセルだけは「素晴らしい!お嬢様の豊かな感性が遺憾無く発揮された傑作でございますな!ネーミングも斬新で、一度聞いたら忘れられません!」と手放しで絶賛していたが、彼の美的感覚は時々フィオナ以上に斜め上を行くことがあるのであまり参考にならない。
ちなみに、味は意外にも「普通に美味しいメロンパン」だったが、あまりの見た目のインパクトに、商品化は丁重に見送られることとなった。
そんな平和な(?)「アトリエ・フィオナ」に、時折スパイのように現れるのがレオン親方だ。客のふりをして(麦わら帽子を目深に被り、怪しげなサングラスをかけているが、その厳つい雰囲気と特徴的な歩き方で誰が見てもレオンだと分かる)パンを数種類買うと、小声で「……このライ麦パン、発酵が少し足りねえな。あと、あの虹色のやつは目に毒だ。客が逃げるぞ」などと的確なダメ出し(と虹色パンへの苦情)を呟いて風のように去っていく。
「親方、ありがとうございます!」
フィオナが慌てて追いかけるが、彼は決して振り返らない。その背中が、どこか誇らしげに見えるのは、きっと気のせいではないだろう。
一方、マルセルは店の経営面でも辣腕を振るっていた。
「お嬢様、ポイントカード制度の導入をご提案いたします。満了時には、お嬢様特製の『ミステリーミニパン(何が出るかはお楽しみ)』をプレゼント、というのはいかがでしょう?」
「ぽいんとかーど…? それは一体…?」
貴族育ちのフィオナには馴染みのない単語だが、エリィが「それ、いいですね!お客さん喜びますよ!」と目を輝かせたため、あっさり採用されることになった。マルセルはさらに「雨の日限定・パン全品5%割引サービス」や「毎月22日は『フィオナの日』として新作パン試食会開催」など、次々と斬新な(そしてどこかで聞いたことのあるような)販売戦略を打ち出し、フィオナとエリィを感心させていた。ルーカスは「マルセル、お前、本当にただの執事か…?」と疑いの眼差しを向けている。
「アトリエ・フィオナ」のパンの美味しさと、不器用だけど一生懸命な店主、そして太陽のように明るい看板娘の噂は、口コミで少しずつ、しかし確実に王都の片隅に広まり始めていた。パンの焼ける香ばしい香りに誘われ、店の前で足を止める人も増えてきた。
そんな穏やかな午後のことだった。
カラン、とドアベルが鳴り、入ってきたのは意外な人物だった。
それは、上質な、しかし控えめな仕立ての服を着た若い女性。緊張した面持ちで店内を見回し、やがてフィオナを見つけると、意を決したように近づいてきた。
「あ、あの……あなたが、フィオナ・ヴィルヘルム様でいらっしゃいますか?」
その顔には見覚えがあった。かつて、フィオナが「悪役令嬢」と社交界で噂される原因の一つとなった出来事の中心にいた、あの可憐な男爵令嬢リリアンヌ――の侍女だった。
侍女は、フィオナの前に進み出ると、深々と頭を下げ、震える手で一通の封筒を差し出した。
「リリアンヌお嬢様より……お手紙を、お預かりしてまいりました」
フィオナは、その手紙を黙って受け取った。いったい、何が書かれているのだろうか。
穏やかだったパン屋の日常に、小さな波紋が広がろうとしていた。
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