笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

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第14話 過去からの手紙と、三人の相談役(+親方一名)

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 リリアンヌ嬢の侍女が恭しく差し出した手紙。その絹のような上質な封筒の感触だけで、フィオナの胸にはチリチリとした痛みが蘇った。かつて、この手紙の主である可憐な令嬢の存在が、どれほど自分を苦しめたことか。
 侍女が去った後、フィオナは店の奥の小さなテーブルで、一人静かに封を切った。震える指で取り出した便箋には、リリアンヌ嬢の美しい、しかしどこか頼りなげな文字が並んでいた。

『フィオナ・ヴィルヘルム様
 突然のお手紙、お許しくださいませ。
 貴女様が王都の片隅で素晴らしいパン屋さんを開かれたと、風の噂に伺いました。
 かつての私たちの間には、多くの誤解や…私の未熟さゆえの過ちがあったこと、今更ながらお詫びの言葉もございません。
 もし、お許しいただけるのでしたら、一度、貴女様のお焼きになったパンをいただきたく存じます。そして、個人的にご相談したい悩みもございまして……。
 ご迷惑とは存じますが、お返事いただければ幸いです。
 リリアンヌ・フォン・ローゼンベルク』

 手紙を読み終えたフィオナは、しばし呆然としていた。謝罪? 相談? あのリリアンヌ嬢が、この私に?
 過去の屈辱的な記憶が、次々と脳裏をよぎる。ライアス王太子の隣で勝ち誇ったように微笑んでいた彼女の顔。社交界で囁かれた「悪役令嬢フィオナ」の噂。その全てに、リリアンヌ嬢の影がちらついていたのは事実だ。
(今更、何の用なの……?)
 会うべきか、会わざるべきか。フィオナの心は千々に乱れた。パン職人として穏やかな日々を掴みかけた今、再びあのきらびやかで、しかし息苦しい貴族社会の人間と関わりたくないという気持ちが強い。しかし、手紙の文面からは、かつての彼女にはなかった弱々しさや、切実な何かが感じ取れたのも確かだった。

 悩んだ末、フィオナはその日の店仕舞いの後、ルーカスとマルセル、そしてエリィに手紙のことを打ち明けた。三者三様の反応が返ってくる。
「あの女狐が、今更どの面下げて!」
 真っ先に噛み付いたのはルーカスだった。彼はフィオナが婚約破棄された夜の屈辱を誰よりも知っているだけに、リリアンヌ嬢への不信感は根強い。
「ふむ…リリアンヌ・フォン・ローゼンベルク男爵令嬢。現在、王太子殿下の寵愛最も深く、次期王太子妃としてその地位は盤石かと思われておりましたが…ここ数ヶ月、何やらお心を悩ませているご様子との情報もございますな。殿下との仲に、何か陰りが?」
 マルセルは、いつものように冷静沈着に、どこから仕入れてきたのか分からない情報(おそらく彼の広範な情報網と元商人の父譲りの分析力によるものだろう)を付け加える。その目は、この手紙がヴィルヘルム家、あるいはフィオナにとって吉と出るか凶と出るかを見極めようとしているかのようだ。
「お手紙を下さったのなら、何かとってもお困りなのかもしれませんね! フィオナ様の美味しいパンは、きっとどんな悩みも吹き飛ばしちゃいますよ! 会ってお話を聞いてあげたらどうですか?」
 エリィは、キラキラした瞳で純粋無垢な意見を述べる。彼女にとっては、リリアンヌ嬢も「フィオナ様のパンを必要としているかもしれないお客様」の一人に過ぎないのだ。

 三人の意見を聞いても、フィオナの迷いは晴れない。翌日、どこか思い詰めた顔でパン生地をこねていると、様子を見に来た(という名目で、実はマリーさんに頼まれたお使いのついでに立ち寄った)レオン親方が、じろりとフィオナの顔を見た。
「どうした、嬢ちゃん。昨日カラスが食い残したパンみてえな顔をしやがって。悩みがあるなら、さっさとその生地にでも練り込んで、薪窯で灰になるまで焼いちまえ。そうすりゃ、少しは腹の虫も治まるかもしれんぞ」
 ぶっきらぼうだが、それは彼なりの励ましであり、的を射た助言でもあった。
(そうね…悩んでいても仕方がない。私はもう、かつての公爵令嬢フィオナではないのだから)

 レオンの言葉に背中を押されたフィオナは、ついに決心した。
 過去から逃げるのではなく、今の「パン屋のフィオナ」として、リリアンヌ嬢と向き合ってみよう、と。
 彼女は、簡素だが心のこもった返事を書いた。『貴女様のお悩み、私でお力になれることがあるかは分かりませんが、一度パンを召し上がりにいらっしゃいませんか』と。そして、店の場所と、都合の良い日時をいくつか書き添えた。侍女は翌日、その返事を受け取りに来た。

 そして、約束の日。
「アトリエ・フィオナ」のドアベルが、カラン、と鳴った。
 フィオナが顔を上げると、そこには、上質なシルクのドレスを身にまといながらも、どこか不安げな表情を浮かべたリリアンヌ嬢本人が立っていた。お供は、先日の侍女一人のみ。かつての華やかな取り巻きたちの姿はない。
「……フィオナ様」
 リリアンヌ嬢の声が、微かに震えている。
 フィオナは、エプロンをきゅっと締め直し、努めて落ち着いた声で答えた。
「いらっしゃいませ、リリアンヌ様。アトリエ・フィオナへようこそ」
 二人の視線が、静かに交錯する。
 因縁の再会。それは、焼きたてのパンの香りが漂う、小さな路地裏のパン屋で、静かに始まった。
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