笑顔が苦手な元公爵令嬢ですが、路地裏のパン屋さんで人生やり直し中です。~「悪役」なんて、もう言わせない!~

虹湖🌈

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第26話 審査員の熱視線と、嵐を呼ぶ(かもしれない)王子様

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 王都大博覧会初日の熱狂が冷めやらぬ中、アトリエ・フィオナのブースの前に現れた審査員バッジの紳士。彼は、フィオナの焼いた「月の雫のカンパーニュ」を手に、その深い香りを確かめるように目を閉じていた。
「素晴らしい…実に素晴らしい。このパンには、作り手の魂が込められている。マドモアゼル、失礼ながら、このパンの製法について、そして貴女のパンへの想いについて、少し詳しくお聞かせ願えませんか?」
 その真摯な問いかけに、フィオナは緊張しながらも、自分の言葉で誠実に答えた。前世の記憶の断片、レオン親方の教え、そして何よりも、パンを食べる人の笑顔を願う気持ち。
「フィオナ様のパンはですね、食べると心がぽっかぽかして、なんだか涙が出そうになるくらい、優しい味がするんです!」
 隣では、エリィが目をキラキラさせながら、審査員に熱弁を振るっている。
「そ、そうだ!まさに魔法のパンなんだ!…まあ、俺は昔、フィオナの試作品でよく腹を壊したがな…いや、それは昔の話で!」
 ルーカスが余計なことまで口走りそうになり、フィオナに肘で小突かれる。マルセルは、その全てのやり取りを冷静に観察しつつ、審査員の表情の微細な変化から、彼の評価が極めて高いであろうことを確信していた。
 紳士は、フィオナとエリィの話に深く頷き、「興味深い…実に興味深いお話でした。貴女方のパンは、この博覧会に新しい風を吹き込んでいますな」と満足げに微笑んで立ち去った。その背中を見送りながら、フィオナは大きな手応えを感じていた。

 その審査員の言葉は、瞬く間に他の客にも伝わったのか、「アトリエ・フィオナ」のブースは、二日目、三日目と、連日黒山の人だかりとなった。
「フィオナ様、カンパーニュがもうすぐ焼き上がります!」
「ルーカスさん、そちらのデニッシュタワー、補充をお願いします!」
「マルセル様、予約のお客様がいらっしゃいました!」
 フィオナ、エリィ、ルーカス、マルセルの四人は、息つく暇もないほどの忙しさだったが、その顔には充実した笑顔が浮かんでいる。彼らの連携は日に日にスムーズになり、どんな困難も(時にはエリィがパンの数を間違えたり、ルーカスが釣銭を盛大にぶちまけたり、フィオナが緊張のあまりお客様にパンの焼き加減について哲学的な問いかけを始めたりする小さなハプニングはあったものの)チームワークで乗り越えていった。

 そんな中、ひときわ異彩を放つ一団が、フィオナのブースに挑戦的な視線を送ってきた。胸に大きな薔薇のコサージュをつけ、絹のフリルを幾重にも重ねた派手な衣装に身を包んだ男…自称「パン界の革命児」ジャン・ピエール・デュポンとその取り巻きである。
「フム、君が噂の『路地裏のパン屋のマドモアゼル』かね? ボクの芸術的かつ宇宙的スケールで焼き上げられた『コズミック・カオス・ブレッド』の前では、君のその素朴すぎるパンなど、まるで道端の石ころ同然だヨ!」
 ジャン・ピエールは、孔雀のように胸を反らし、一方的にライバル宣言をしてきた。フィオナはきょとんとするばかりだが、ルーカスは「何だと、このキザ野郎!」と一触即発の雰囲気に。しかし、当のジャン・ピエールは、こっそり列に並んで「月の雫のカンパーニュ」を買い求めると、一口食べて「…ふ、ふん!ま、まあ、悪くはないじゃないか…(小声)」と、誰にも聞こえないように呟いていたのを、エリィはちゃっかり聞き逃さなかった。

 レオン親方はというと、毎日違う時間帯に、違う帽子とサングラス(しかし、その厳ついオーラは隠しきれていない)で現れ、フィオナのパンをまるで抜き打ち検査でもするかのように全種類制覇しようとしているかのようだった。そして必ず「…まだまだだな。基本がなっとらん」などとブツブツ呟いては去っていくのだが、その手にはしっかりとパンの袋が握られている。マリーさんは毎日、栄養満点の特製スープと、レオン親方の昔の博覧会での武勇伝(と赤面ものの失敗談)を差し入れてくれ、フィオナたちを励ました。

 そして、博覧会も中盤に差し掛かったある日の午後。
 ひときわ大きな歓声と人々の視線を集めながら、アトリエ・フィオナのブースに近づいてくる一団がいた。その中心にいるのは――リリアンヌ嬢を伴った、ライアス王太子だった。彼の表情は、以前王城の茶会で会った時よりも、ずっと穏やかで、そしてどこか楽しげに見える。
「フィオナ・ヴィルヘルム。君のパンの評判は、私の耳にも届いている。今日も、あの『月の雫のカンパーニュ』と、『希望のプチ・コローヌ』をいただこうか」
 ライアスは、ごく自然な口調で注文した。その親密な雰囲気に、周囲の客たちは「まさか、王太子殿下とあのお店の店主は、懇意の仲…!?」と色めき立つ。
 ルーカスは、ライアスに対して「ちっ…」と露骨に舌打ちをし(フィオナに脇腹を抓られた)、マルセルは冷静に(しかし内心では様々な憶測を巡らせながら)二人分のパンを包み始めた。
「フィオナ様!王子様も、フィオナ様のパンのファンなんですね!」
 エリィだけが、いつものように屈託のない笑顔でライアスに話しかける。
 ライアスは、エリィの純粋な笑顔に一瞬虚を突かれたように目を丸くしたが、やがて小さく頷くと、「…ああ、そうかもしれんな」と呟いた。

 そして、パンを受け取ったライアスは、フィオナに向き直り、周囲の喧騒が嘘のように静まり返る中で、こう切り出したのだ。
「フィオナ。君のパンの力、そして君自身の真摯な姿勢は、多くの者の心を動かしている。それを、もっと公の場で、正式な形で示してみる気はないだろうか?」
「…と、申しますと?」
「近々、王宮主催で、王都の料理人や菓子職人、そしてパン職人を集めた味比べの催しが開かれる。そこで、君のパンを披露し、その実力を正当に評価してもらうのだ。いわば…貴族たちが注目する中での、真剣勝負だ」
 ライアスの言葉は、穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持っていた。それは、事実上の「公式な試食対決」への誘い――いや、挑戦状だった。
 その真意は一体何なのか? フィオナの答えは?
 ルーカスは「ふざけるな!またフィオナを厄介事に巻き込む気か!」と今にも飛び出しかけ、マルセルは冷静な表情の裏で高速でメリット・デメリットを計算し、エリィはハラハラしながらもフィオナの顔をじっと見つめる。
 フィオナは、ライアスの真っ直ぐな、そしてどこか期待を込めたような瞳を見返し、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で、その挑戦に答えようとしていた。
 大博覧会の熱気は、新たな波乱の予感を孕んで、さらに高まろうとしていた。
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