悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ

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 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
 玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
 そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
 そう、これは断罪劇。

「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
 殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」

 広間がざわめいた。
 けれど私は、ただ静かに微笑んだ。

(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

 私は知っていた。乙女ゲーム《薔薇の王冠》の悪役令嬢として転生してしまったことを。
 そして、この場が彼女――悪役令嬢アリシアの最期の舞台であることも。
 ゲームではここで処刑され、ヒロインが守られる展開になる。

 でも、私は知っている。ここが分岐点だということを。
 なぜなら――この世界は、私が想像していた以上に「人の心」で揺れ動いているから。

「待て」

 その声が響いた瞬間、空気が一変した。
 人々の視線が揃って動き、声の主を探す。

 立ち上がったのは――第一王子の親友にして、王国最強と謳われる騎士団長、クラウス様だった。
「殿下、どうかご再考を。アリシア嬢はそんな人間ではない。俺がそばで見てきた」

「な、何を言うのだクラウス! 彼女はミリアを虐め――」

「それは虚言です」
 鋭い声が広間に突き刺さった。
「少なくとも、俺の目には一度として、アリシア嬢が不当な行いをした姿など映らなかった」

 どよめきが広がる。
 殿下の顔色が変わった。

 そして――。

「クラウス様のおっしゃる通りですわ」

 今度は、柔らかな声。
 辺境伯令息であり、冷徹と噂される宰相補佐、ヴィルフリートが前へ進み出る。
 彼は銀縁眼鏡の奥で鋭く光る瞳を細め、冷ややかに言い放った。
「この国の司法は、感情や噂で人を裁くのですか? 王太子殿下。ご自身の婚約者を処刑するというのなら、まずは揺るぎなき証拠をお見せいただきたい」

「証拠……だと?」

「えぇ。処刑という最終的な刑罰を下すにあたり、証拠なくしては国家の恥となりましょう。――少なくとも、わたくしの知る限り、アリシア嬢の行いは常に規律と礼節にかなっておりました」

 人々の間から、困惑の声が洩れる。
 断罪劇――その筋書きはここで完全に狂った。

(……ふふ。面白いじゃない)

 私は胸の奥で笑う。
 これが、私が知る「ゲーム」とは違う、この世界の「人間模様」。
 ゲームでは、誰ひとり彼女を庇わず、ただ惨めに散る。
 けれど、現実は――違った。

 クラウス様、ヴィルフリート様。二人が前に出ただけで、空気が揺らぎ、殿下の声が詰まる。

「ふ、二人とも……なぜ、そこまでアリシアを庇うのだ!」
 殿下の叫びは震えていた。

 すると。

「理由? 決まっているだろう」
 クラウス様は剣の柄に手をかけ、堂々と笑う。
「俺は、彼女を信じているからだ」

 その言葉が、大広間を支配した。




 その後も、次々と私を庇う声が上がった。
 同級の侯爵子息たち。舞踏会で何度か共に踊った青年貴族。さらには、王宮の侍女頭までもが一歩前に出て、毅然と声を上げる。

「アリシア様は、常に我ら使用人に優しく接してくださりました」
「ミリア様に陰口を叩いたことなど、一度もございません」

 庇う声が重なれば重なるほど、殿下とミリア嬢の顔は青ざめていく。
 人々の目が、「おかしいのはどちらか」と疑い始める。

 私は、ほんの少しだけ口元を上げた。

「殿下。ご説明を」
 ヴィルフリート様が低く促す。
「処刑を宣告なさった以上、国民に納得のいく理由を示す義務がおありでしょう」

「そ、それは……ミリアが……そうだ、ミリアが証言している! 彼女が嘘をつくはずが――」

「証言だけで人は裁けませんわ」
 私がゆっくりと口を開いた。
 ざわ、と場が揺れる。断罪されるはずの「悪役令嬢」が、怯まずに声を上げたからだ。
「殿下。私は潔白です。もし本当に私に罪があるというのなら、然るべき法廷にて、証拠と証人を揃えた上で審議なさってくださいませ」

 堂々と告げると、殿下は言葉を失った。
 代わりにミリア嬢が震えながら叫ぶ。
「う、嘘よ! アリシア様はいつも私を……虐げて……っ!」

「では、証拠をお出しくださいませ」
 ヴィルフリート様が冷酷に畳みかける。
「虐げられたのであれば、その跡や記録、目撃者があるはずです。……あるいは、虚偽の証言で王国を揺るがそうとした罪に問われますが」

「そ、そんな……!」
 ミリア嬢の顔から血の気が引いていく。

(あぁ……やっぱり。彼女はただの平民。王太子に甘やかされ、周囲に守られているから強気でいられただけ。本当に追い詰められると、こんなにも脆い)

 その様を見て、私は胸の奥で小さく吐息をついた。



 断罪劇は、完全に瓦解した。
 むしろ、庇う声が広がったことで、逆に殿下とミリア嬢の立場が危うくなりつつある。

「殿下、これ以上はご自身の威信を損なわれます」
 宰相が低く進言する。
「ここは一旦、審議を保留にされるべきかと」

「ぐっ……!」
 殿下の拳が震えた。

 そんな中――クラウス様が私に歩み寄り、耳元で囁いた。
「大丈夫だ、アリシア嬢。俺が必ず守る」

 胸が一瞬、熱くなる。
 けれど私は、ただ微笑み返すにとどめた。

(……これで筋書きは完全に変わった。私は処刑されない。けれど、ここからどう動くかが本当の勝負ね)

 断罪は失敗に終わった。
 しかし、その裏で揺れる権力争いと、人々の思惑。
 私はその渦中に放り込まれていく。

 ――悪役令嬢として。
 そして、もう一つの可能性を選ぶ者として。
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