「平民とでも結婚すれば?」と捨てられた令嬢、隣国の王太子に溺愛されてますが?

ゆっこ

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 朝、窓を開けると、やわらかな陽射しと夏の風が部屋を満たしていた。

 ヴァルディア王国での暮らしにも、セレナはすっかり馴染んでいた。侍女たちとも信頼関係ができ、王宮内の貴族たちからも、ひとりの“賓客”として丁重に扱われている。だが何より――

(レオンハルト殿下のそばにいられる時間が、毎日を輝かせてくれる)

 彼が微笑んでくれるだけで、胸の奥がふわりと温かくなる。

 そう、これはもう――恋に他ならなかった。

「セレナ様、今朝のご予定ですが……」

「はい?」

「殿下が、散歩をご一緒したいとのことです」

「……また、ですか?」

 嬉しいという気持ちと、困ったという気持ちが入り混じる。

 実はここ数日、殿下は“理由をつけて”毎朝セレナのもとを訪れていた。

「昨日は庭園のバラの香りを嗅ぎに」

「その前は、鯉の餌やり」

「そのまた前は、朝焼けの空が綺麗だから、と」

 侍女のレナは口を押えて笑いをこらえている。

「……殿下、きっとお時間を作ってくださっているのですね」

「はい。誰が見ても、惚れておられますよ」

「レナっ……」

「うふふ」



「おはよう、セレナ。今日も朝から君に会えて嬉しい」

「……おはようございます、殿下。お忙しい中、わざわざありがとうございます」

「僕の一日の始まりは、君の笑顔から始めたいからね」

 レオンハルト殿下は、まるでそれが当たり前のように微笑んだ。

 そうやって甘い言葉をさらりと言うくせに、決して強引ではない。

(……ずるいお方だわ)

 その優しさに、どれだけ救われてきたことか。

「今日は、湖まで馬車で行ってみないか?」

「湖、ですか?」

「この季節、水辺はとても涼しいし、景色も綺麗なんだ。君にぜひ見せたくて」

「……はい。ご一緒させていただきます」

 自然に、心からの笑みがこぼれた。



 湖畔へと続く道は、森の中を抜けていく穏やかな旅だった。

 馬車の中、揺れるカーテンの向こうから射す光が、セレナの髪を照らす。

 レオンハルトはその様子を見つめ、ぽつりと呟いた。

「君は……まるで月の光みたいだ」

「……え?」

「太陽のように強く照らすんじゃなくて、静かに優しく寄り添う。誰かの夜を明るくしてくれる」

「……そんなふうに言われたの、初めてですわ」

「本当のことを言ってるだけさ」

 その言葉が、あまりにまっすぐで、目をそらしたくなった。

 なのに目をそらせば、彼の視線が余計に意識されて――もう、顔から火が出そうだった。

「……殿下は、ずるいお方ですわ」

「そうかな?」

「はい。私の心を簡単にかき乱して、責任は取ってくださいね」

「……それはつまり、僕に責任を取らせてくれるということ?」

「~~っ! 冗談ですわ!」

「僕は本気だったけど?」

 その日、セレナの心はずっと騒がしかった。

 湖に着いても、手を繋がれても、夕暮れの風が吹いても、レオンハルトの優しさがずっと胸をくすぐっていた。


 王宮に戻ったあと。

 セレナが部屋で一息ついていると、ノックの音がした。

「失礼します。国王陛下より、明日のお茶会にセレナ様をご招待したいとのお達しです」

「……国王陛下から……?」

 突然の招待に、セレナは思わず背筋を正した。

 これまでにも国王夫妻とは何度か対面していたが、今回は“個人としての招待”。つまり――

(私が、王太子妃として相応しいかどうかを、正式に判断される……ということ)

 心臓が大きく脈打った。

 けれど、逃げるつもりはなかった。

 この国で出会った人々の優しさ、レオンハルトの想い――そのすべてに、応える覚悟はできていた。






 そして翌日。

 王妃とのお茶会は、思っていたよりも穏やかな雰囲気だった。

 優美なドレスに身を包んだ王妃は、セレナに微笑みかけた。

「ようこそ、セレナ嬢。レオンから話はたくさん聞いておりますわ」

「もったいないお言葉です。お招きいただき、光栄に存じます」

 会話は紅茶とともに、穏やかに流れていった。

 だが、ふいに王妃がふっと瞳を細める。

「レオンが、こんなにも感情を見せるようになったのは初めてなの。あなたのおかげですわね」

「……そんな、私にはもったいないお言葉です」

「あなたを見ていると、心から安心できます。真面目で、誠実で、自分を過小評価せず、でも驕ることもない」

 セレナは、黙って頭を下げた。

「レオンは、これまでずっと“誰にも頼らずに生きる”よう育てられてきました。でも今は、あなたといるときだけ、肩の力が抜けている」

「……」

「王太子妃というのは、ただ政略的に適していれば良いというものではありませんの。どれだけその人の隣で、自然体でいられるかが、大切なのです」

 その言葉に、セレナは静かに目を閉じた。

(自然体……)

 確かにレオンハルトのそばにいると、私は“自分”でいられる。

 媚びることも、無理をすることもなく、ただ自然に笑っていられる。

「セレナ嬢。どうかこれからも、あの子の心を守ってやってくださいな」

「……はい。全力で、務めさせていただきます」





 その日の夜。

 部屋に戻ったセレナは、少しぼんやりと空を見上げていた。

(私は……いつから、こんなに満たされているのだろう)

 かつてあれほど拒絶されたのに、今はこうして――

 再びノックが響く。

「セレナ。少しいいかな?」

「レオンハルト様……?」

 レオンハルトは、いつもより少しだけ真剣な顔をしていた。

「母と話したって、聞いた」

「はい。とても優しい方でした」

「母は、僕が誰と一緒にいるか、いつも心配していたんだ。……でも今日、君と会って、心から安心したって」

「……私も嬉しかったです。お母様のような方に認められるなんて」

 ふたりの距離が、また少しだけ近づく。

 見つめ合う時間が、ゆっくりと流れる。

 そして――

「セレナ。君が隣にいてくれるだけで、世界が変わって見える。……このまま、僕の隣にいてくれないか?」

「……はい」

 その一言が、レオンハルトの瞳を潤ませた。

 抱き寄せられて、肩にそっと額を乗せられる。

「君を幸せにする。必ず」

 その誓いが、心に深く響いた。

 ――誰かに捨てられた記憶も、今はもう過去。

 これからは、この人とともに、未来を築いていく。

 それが、セレナの新たな願いとなっていた。
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