冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ

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 ――「お前のような女に、俺の隣は似合わない」

 その言葉を最後に、婚約者であった第二王子レオンハルト殿下は私を冷たく突き放した。
 私、クラリス・エルデンは侯爵家の令嬢として、幼い頃から王子の婚約者として育てられた。
 しかし、ある日突然彼は平民出の侍女に恋をしたと言い出し、私を「冷酷で打算的な女」だと罵ったのだ。

 涙も出なかった。
 あまりに理不尽で、あまりに一方的で、怒りも悲しみも通り越して、ただ虚しさだけが残った。

 ――そして私は、王宮を追われるようにして去った。

 その後、私の運命を大きく変える人物に出会うとは、このとき思いもしなかったのだ。



「……エルデン侯爵令嬢、か。確かに聡明そうな瞳をしている」

 静寂を破ったのは、低く落ち着いた声だった。
 金色の瞳が、真っすぐに私を見つめる。
 この方こそ――アルトリウス・レグナード国王陛下。
 レオンハルト殿下の実兄であり、この国の王。

「陛下が、わたくしなどに何の御用で……?」

「お前が王宮を追放されたと聞いた。あれは不当なことだ。弟の独断であり、王として見過ごすわけにはいかぬ」

 その言葉に、胸がきゅっと締めつけられる。
 慰めではなく、事実として告げられた声だった。

「……お気遣い、痛み入ります」

「私は気遣っているわけではない。お前のような者を追い出すなど、国にとって損失だと言っているのだ」

 彼の金の瞳には、揺るぎない信念の光があった。
 それだけで、長く冷え切っていた心が少しだけ温かくなった気がした。



 それからというもの、私はアルトリウス陛下の勅命により、宮廷顧問として王城に再び呼び戻された。
 文官たちの間では「追放された令嬢が、国王の庇護で復帰した」と噂になったが、そんなことはどうでもよかった。

 彼の隣に立ち、彼の声を聞き、彼の考えを知るたびに、心が満たされていく。
 ――あの冷たい王子の隣では、感じることのなかった安らぎ。

「クラリス、こちらの文書を確認してくれ。お前の意見を聞きたい」

「はい、陛下」

 呼ばれるたびに胸が高鳴る。
 穏やかな微笑を浮かべる彼の横顔に、いつの間にか視線を奪われていた。
 だが、そんな自分の気持ちに気づくのは、もう少し先のことになる。



「……やはりお前は聡明だな。誰も気づかなかった税改正の盲点を見抜くとは」

「恐縮です。陛下のお力添えがあればこそです」

「謙遜もほどほどにしておけ。私はお前を評価している」

 ふと、彼の指が私の手の上に触れた。
 書類を渡そうとした瞬間、軽く指先がかすっただけなのに――心臓が跳ねた。

「っ……失礼いたしました」

「謝るな。私が触れた」

 淡々とした声なのに、どこか甘い響きを帯びていて。
 頬が熱くなる。視線を逸らそうとしても、彼はその金の瞳で私を見つめ続けた。

「クラリス。お前は弟とは違う。……私は、軽率に人を捨てたりはしない」

 静かに告げられたその言葉に、胸の奥の氷が解けていくのを感じた。
 ――私は、ようやく救われたのかもしれない。



 しかし、平穏は長くは続かなかった。

 ある日、王城の門にあのレオンハルト殿下が現れたのだ。
 隣には、彼が選んだあの侍女――いや、今は「王太子妃」と呼ばれている女が立っていた。

「クラリス、久しいな」

 嘲るような微笑み。その視線には、かつて婚約者だった者への思慕など微塵もない。

「お久しゅうございます、殿下」

「ずいぶん出世したようだな。兄上の側近とは」

 軽く笑う声に、私は何も返さなかった。
 そのとき、王座の間の扉が開き、アルトリウス陛下が現れた。

「――レオン、貴様がこの場に足を踏み入れるとはな」

 低く響く声。
 その瞬間、空気が一変した。

「兄上、冷たくなさいますな。少し話をしに来ただけですよ。……弟が愛した女を、兄が拾うとは、ずいぶん趣味が悪い」

 レオンの言葉に、周囲が凍りつく。
 だが、アルトリウスは一歩も引かなかった。

「私は“拾った”のではない。お前が見捨てた宝を、正しく国に返しただけだ」

 そう言って、陛下は私の手を取った。
 その手は温かく、力強い。
 周囲の視線が集まる中、私は息を呑んだ。

「兄上……彼女は、私の――」

「もう“お前の”ではない。彼女は私の隣にいる。……それがすべてだ」

 堂々とした声に、レオンの顔が歪んだ。
 私はただ、震える唇を噛みしめた。
 あのとき私を捨てた人が、今、初めて敗北の表情を浮かべている――。



 その日の夜。
 王の執務室で、私はひとりの女性として彼と向き合っていた。

「……陛下、あのように公の場でおっしゃるなんて」

「事実を述べただけだ。私はお前を傍に置くと決めた。それを公にも示した」

 彼の声は低く、しかし確固たるものだった。
 胸が高鳴る。だが、同時に怖くもある。
 彼は国王。私は、元王子の婚約者。
 ――簡単に愛してはいけない立場だ。

「……私は、陛下に迷惑をかけたくありません」

「迷惑だと? お前がいなければ、私は息をすることすら窮屈だ」

 その言葉に、時が止まった。
 そして次の瞬間、彼が私の頬にそっと触れる。

「クラリス。お前を初めて見たときから、私は決めていた。……この手を、二度と離さぬと」

「陛下……」

 距離が近い。息が触れる。
 金の瞳が、私だけを見ている。
 唇が触れそうになった瞬間――

「陛下! 至急お伝えしたいことが!」

 扉が勢いよく開かれ、宰相が飛び込んできた。
 私たちは慌てて離れ、私は顔を真っ赤にして頭を下げる。
 陛下は喉の奥で小さく笑った。

「……続きは、また後でだな」

 そう囁く彼の声が、甘く耳に残った。



 それから数日。
 私は再び、レオン殿下の策略に巻き込まれることになる。
 王と私の関係を暴こうと、宮廷中に根も葉もない噂を流したのだ。

「“王の愛妾”ですって? 失礼にもほどがありますわね!」

 怒りに震える私に、アルトリウスは静かに言った。

「放っておけ。真実は必ず残る」

 彼の言葉に救われる。
 だが、その優しさが――次第に恋心を抑えられなくしていくのだ。

 夜、彼の書斎の灯りが遅くまで消えないと知るたび、私はそっと扉の前で立ち止まる。
 扉を開ければ、彼の隣に行ける。
 でも、それは“臣下”としてではなく、“女”としての一歩になってしまう気がして――。

 私は、まだ踏み出せない。



 それでも、心は確実に彼に惹かれていた。
 手を取られるたび、名前を呼ばれるたび、もう冷徹な弟王子のことなど頭の片隅にも残っていない。

 けれど、アルトリウス陛下の瞳の奥にもまた、秘めた影があることを私はまだ知らなかった。
 ――弟への贖罪と、王として背負う孤独。
 そして、私に向けられた“愛”が、国を揺るがすほどのものになることも。
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