冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ

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――鐘の音が、王都を裂いた。

 朝焼けを告げる鐘ではない。
 それは、敵襲を知らせる緊急の警鐘。
 王宮中の人々が息を呑み、走り出す音が廊下に響いた。

「陛下! 城下で反乱軍が蜂起いたしました! 旗印は……レオン殿下の紋章でございます!」

 衛兵の報告に、私の血の気が引いた。
 ついに、彼が動いたのだ。
 アルトリウス陛下――いいえ、“アルト”の金の瞳がわずかに細められる。

「……やはりな。思ったより早かったか」

「陛下、どうか安全なお部屋へお下がりください!」

「私は逃げぬ。王が城を離れてどうする。クラリス、そなたも私の傍を離れるな」

 強い声に、私は頷くしかなかった。
 恐怖はあった。だがそれ以上に、この人の隣にいたいという気持ちが勝っていた。

 彼の命を守る。それが、今の私の全てだ。



 王宮は緊迫していた。
 反乱軍は城下の門を突破し、一部が王城の外壁に迫っているという。
 しかしアルトは静かに戦略を指示していた。
 その姿はまるで嵐の中の灯台のように、揺るぎない。

「北門に近衛を集中させよ。奴らの狙いは“王”ではない、“象徴”だ」

「象徴……?」

「クラリス。奴らは、お前を狙う」

「わ、わたくしを……?」

 信じられず、思わず声が震えた。
 だが、アルトの目は真剣そのものだった。

「お前が私の隣に立つことを、国中が知っている。弟はそれを利用するつもりだ。お前を奪えば、私を揺さぶれると考えている」

 その言葉に、心が凍りついた。
 だが次の瞬間、アルトは私の手を取った。
 熱を帯びた掌の温もりが、恐怖を溶かしていく。

「安心しろ。必ず守る。……たとえ、命を懸けても」

 その瞳の奥に宿る光は、王としての責任ではなかった。
 ――男として、愛する人を守ろうとする光。

「……アルトさま」

「この戦いが終わったら、言おうと思っていたことがある。だが、今ここで伝えよう」

 彼は一歩、私に近づき、囁くように言った。

「クラリス。私はお前を、王妃として迎えたい」

「っ――」

 時が止まったようだった。
 心臓の音が、鼓膜を叩く。
 アルトの顔が近い。金の瞳に、私が映っている。

「だが今はまだ、王としてではなく、“ひとりの男”としての願いとして受け取ってほしい」

 そう言って、彼は私の額に唇を寄せた。
 触れるだけのキスなのに、涙が溢れそうになった。
 ――ずっと、誰かにこんなふうに必要とされたかった。

「アルトさま……必ず、生きてください。わたくしも、あなたの隣で戦います」

「……愚か者め。だが、そこが愛おしい」

 微笑みながら、彼は私を抱き寄せた。
 その瞬間、城の外で轟音が鳴り響いた。
 戦いの火蓋が切られたのだ。



 数刻後。
 王城の防衛線は混乱の中にあった。

「北門突破! 敵兵が中庭に侵入!」

「負傷者多数です!」

 報告が次々と飛び交う。
 アルトは冷静に指示を出しながらも、私を庇うように立ち続けていた。

「陛下! このままでは危険です、退避を!」

「退く場所などない。ここが我が国の心臓だ」

 彼はそう言い、剣を抜いた。
 金の装飾が施されたその剣は、王家の象徴――“暁の刃”。
 戦場で振るう姿は、まるで神話の英雄そのものだった。

「アルトさま、どうかお下がりを!」

「クラリス、私に命令するな。……だが、お前は私の側を離れるな。それが唯一の約束だ」

「はい……!」

 私も覚悟を決めた。
 手には、護身用に渡された短剣。
 震える手を抑えながら、アルトの背中を見つめた。

 ――この背中を、絶対に失わない。



 やがて、王城の大扉が激しく叩かれた。
 木が軋み、金具が悲鳴を上げる。
 そして、その向こうから、聞き慣れた声が響いた。

「兄上ぇ! まだ玉座に座っているのですか!」

 レオンの声。
 冷たく笑う声が、扉越しに響く。

「今降伏すれば、命だけは助けてやりますよ。……その女を引き渡すなら、ね」

「貴様……!」

 アルトの瞳に、烈火のような怒りが宿った。
 次の瞬間、扉が破られ、黒装束の兵がなだれ込む。
 私たちはその場で包囲された。

「クラリス、下がれ!」

「いいえ、わたくしも戦います!」

 叫んだ瞬間、敵の刃が振り下ろされ――
 それを、アルトが身を挺して防いだ。
 火花が散り、金属の音が耳を打つ。

「アルトさまっ!」

「大丈夫だ。……私を信じろ!」

 その声に応えるように、私は短剣を構えた。
 恐怖を押し殺し、襲い来る兵士の腕を払う。
 手に伝わる衝撃に足が震えたが、それでも退かない。
 彼の背中を守るために。



「……兄上、実に見苦しい。そんな女のために、王の威厳を捨てるとは」

 レオンが現れた。
 剣を片手に、私たちを見下ろすように立っている。
 その瞳には、かつての冷徹な輝きが戻っていた。

「お前こそ愚かだ。己の嫉妬に国を巻き込むとは」

「嫉妬? 違いますよ兄上。私は“正義”を成しているだけです。……王座は、本来、私のものだった」

 狂気にも似た声。
 レオンの剣が、月光のように輝いた。
 次の瞬間、彼が一気に間合いを詰め――アルトの剣と激突した。

 金属音が耳を裂く。
 火花が散り、互いの力がぶつかり合う。

「兄上、あの女のせいで王位を捨てる気ですか!」

「王位よりも重いものを、私は手に入れた」

「……!」

「クラリスという名の“光”だ」

 その言葉に、レオンの顔が歪む。
 まるで心臓を刺されたような表情で、彼は怒号を上げた。

「ならば、その光ごと――消してくれる!」

 レオンが振り下ろした刃が、私へと向かう。
 目を閉じたその瞬間、鋭い風を切る音がして――
 アルトの剣が、それを受け止めていた。

 火花が散り、刃が砕ける。
 そして次の瞬間、アルトの剣がレオンの腕をはねた。

「ぐっ……あぁぁっ!」

 血飛沫が宙を舞う。
 レオンは後退し、倒れ込んだ。
 周囲の兵たちは動揺し、次々に剣を捨てた。

「戦意を失った者は捕らえよ。無駄な殺生はするな」

 アルトの声は静かで、しかし誰よりも威厳に満ちていた。
 その姿に、誰も逆らう者はいなかった。



 戦いが終わり、王城にはようやく静寂が戻った。
 私はその場に膝をつき、震える手を見下ろした。
 指先には、まだ戦いの感触が残っている。

「クラリス……無事か?」

 アルトが駆け寄り、私の頬をそっと撫でた。
 その指の温かさに、涙がこぼれる。

「怖かった……でも、アルトさまがいたから、戦えました」

「お前は強い。誰よりも」

「いいえ、わたくしは……あなたがいるから、強くなれるのです」

 言葉が途切れた瞬間、彼の唇が私の涙を拭うように触れた。
 何も言わず、ただそのまま抱きしめられる。
 戦いの後の静けさの中で、二人の鼓動だけが重なった。

「……もう二度と、離さない」

「はい。わたくしも、離れません」

 それが、互いの誓いになった。



 だがその数日後――

 宮廷に届けられた一通の報告が、再び運命を狂わせる。

「陛下……王弟レオン殿下が、牢を破って逃亡しました」

 その報告を聞いた瞬間、アルトの顔から血の気が引いた。
 そして、私の胸の中にも、再び冷たい恐怖が芽生える。

 ――あの人は、まだ終わっていない。

 新たな陰謀の影が、再び王と私を包み込もうとしていた。
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