冷徹王子に捨てられた令嬢、今ではその兄王に溺愛されています

ゆっこ

文字の大きさ
5 / 5

5

しおりを挟む
 アルトゥール王の言葉が、夜の静寂に溶けていった。
 「私はもう、後戻りする気はない」――その声音の深さに、胸の奥が震えた。
 彼の青い瞳は真剣で、迷いがなかった。
 その視線の奥に映るのは、ただ私ひとり。

 けれど――。

「……陛下、私は……」

 何かを言おうとしたが、言葉が喉に詰まる。
 思えば、あの日からずっと逃げ続けていたのかもしれない。
 裏切られた痛み、捨てられた悲しみ、そして――新しく芽生えた温かさ。
 それらをすべて抱えて生きるのが、怖かった。

「私のような者が、王の隣に立つなど……」

 そう口にした瞬間、アルトゥール王の指が私の唇に触れた。
 優しく、しかし決して退かない力で。

「誰がそんなことを言った?」
「……私です」
「なら、今日からその言葉は捨てろ」

 静かな声。
 けれど、その響きはまるで誓いのように強かった。

「私は王として生きてきた。だが今、王という立場を越えて君を求めている。
 それは、“愛”と呼んでもいいのだろうな」

 息が詰まる。
 まっすぐすぎるその告白に、涙が溢れそうになった。

「……そんな……もったいないお言葉です」
「もったいなくなどない」

 アルトゥール王は一歩近づくと、私の両頬を包み込み、ゆっくりと額を合わせた。
 その温もりが、心の奥の氷を溶かしていくようだった。

「私は、君の笑顔が見たい。それだけだ」

 ――ああ、この人は本当に、優しい。
 王としての冷静さの裏に、こんなにも深い愛情を秘めているなんて。

 その夜、私は初めて彼に心からの笑みを見せた。


 それから数日後、王都は静かに揺れていた。
 噂は瞬く間に広まり、「王が隣国の令嬢を正妃に迎えるらしい」という話が城中を駆け巡った。

 反対する声も当然あった。
 「他国の令嬢を王妃にするなど前例がない」
 「政略として不安定すぎる」
 しかし、アルトゥール王は一歩も退かなかった。

 議会の場で、彼は毅然と宣言した。

『私は王である前に、一人の人間だ。
 人を愛することを罪とするならば、その国こそが間違っている』

 その言葉が広間に響いた瞬間、誰も口を開けなくなった。
 王の真摯な覚悟に、人々は次第に沈黙し、そして頭を垂れた。



 その日の夕暮れ。
 私は王の執務室に呼ばれた。
 扉を開けると、そこには窓辺に立つアルトゥール王の姿。
 沈みゆく陽光が金の髪を照らし、神々しいほどに美しかった。

「……陛下」
「リリア。来てくれたか」

 彼は微笑みながら、私の方へ歩み寄った。

「君の意思を、もう一度聞かせてほしい」
「私の……意思?」
「君がこの国に留まり、私と共に歩む覚悟があるかどうか」

 胸が高鳴った。
 この瞬間を、どれほど恐れ、そして待ち望んでいたことだろう。

 私は深く息を吸い込み、まっすぐに彼を見上げた。

「はい。……私は、この国に残ります。
 そして、陛下の隣に立たせていただきたい」

 アルトゥール王の瞳がわずかに揺れ、そして柔らかな笑みが零れた。

「ありがとう、リリア」

 その瞬間、彼の腕が私を抱きしめた。
 強く、けれど優しい抱擁。
 心臓が彼の鼓動と重なって、ひとつになったように感じた。

「君がいてくれれば、私はどんな困難も恐れない」
「私も……陛下の力になりたいです」
「もう、“陛下”ではない。アルトゥールと呼んでくれ」

 耳元で囁かれたその声に、頬が一気に熱くなる。
 それでも、勇気を出して口にした。

「……アルトゥール様」

 その名を呼んだ瞬間、彼が満足そうに微笑んだ。

「よく言えた」

 そして――唇が重なった。

 優しく、けれど確かな温度を持つ口づけ。
 世界が止まり、時間さえも消えたようだった。
 これまでの痛みも孤独も、すべてが報われるような温もりだった。



 それから季節が巡り、春が訪れた。
 王都の大聖堂には白い花が敷き詰められ、鐘の音が鳴り響く。

 今日、私は王妃となる。

 純白のドレスに身を包み、鏡の前で小さく息を整えた。
 胸の奥にはまだ緊張と不安が渦巻いている。
 けれど、そのすべてを包み込むように、アルトゥール――いいえ、私の夫となる人が傍にいてくれる。

「美しい……。リリア、まるで光そのものだ」
「からかわないでください」
「からかってなどいない。本心だ」

 穏やかな笑みと共に差し出された手。
 その手を取ると、指先から伝わるぬくもりに、涙が滲んだ。

「私は、幸せです」
「私もだ。……君に出会えた奇跡に、今でも感謝している」

 そう言って彼は私の額にキスを落とした。

 扉が開き、祝福の声が響く。
 私は一歩を踏み出した。
 人々の視線が集まる中、アルトゥールが優しく微笑みながら私の手を強く握る。

「リリア・フォン・エルステイン。
 この瞬間より、そなたを私の正妃として迎えよう。
 命ある限り、愛し、守り、共に生きることを誓う」

 その誓いに、私は涙を堪えながら応えた。

「アルトゥール・レオナード王。
 この命に代えても、あなたの傍に生きることを誓います」

 再び鳴り響く鐘の音。
 その音の中で、私たちは互いに見つめ合い、静かに微笑んだ。


 夜。

 祝宴が終わり、二人きりになった部屋。
 窓の外には満月が浮かび、穏やかな光が差し込んでいる。

「……やっと、二人だけですね」
「長い一日だったな」

 アルトゥールが笑う。
 私は彼の胸にもたれながら、そっと囁いた。

「思えば、すべてが遠い夢のようです。
 あの日、冷たく捨てられた時は……もう誰にも愛されないと思っていました」
「だが、君は愛された。そして今、私に愛されている」
「ええ……。アルトゥール様に」

 彼の指が私の顎をそっと持ち上げ、唇が再び重なる。
 今度は長く、深く、すべてを包み込むような口づけ。

「リリア。君が私の王妃であることを、誇りに思う」
「私も、あなたの妻であることを誇りに思います」

 その夜、二人の間にはもう言葉はいらなかった。
 互いの想いが、静かにひとつに溶け合っていった。



 ――そして、数年後。

 春の庭園で、私は一人の小さな男の子の手を引いて歩いていた。
 金の髪に青い瞳。アルトゥールによく似た、私たちの息子。

「お母様、今日はお父様、遅いの?」
「ええ、国の仕事があるの。でもすぐ帰ってくるわ」
「じゃあ、お花を摘んでおく!」

 息子が駆け出すのを見守っていると、背後から優しい声が響いた。

「花を摘むなら、母上にも一本頼むよ」
「アルトゥール様……!」

 振り返れば、変わらぬ微笑みを浮かべた王が立っていた。
 彼はそっと私の肩を抱き、囁く。

「君と出会ったあの日から、私はずっと幸せだ」
「私もです。あなたがいてくれたから、ここまで来られました」

 風が吹き、白い花びらが舞う。
 その中で、私たちは手を取り合い、互いに笑い合った。

 ――冷徹王子に捨てられた令嬢は、今では王に愛され、国に祝福されている。
 もう、過去の涙は風に消えた。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

調香師見習いを追放されましたが、実は超希少スキルの使い手でした ~人の本性を暴く香水で、私を陥れた異母妹に復讐します~

er
恋愛
王宮調香師見習いのリリアーナは、異母妹セシリアの陰謀で王妃に粗悪な香水を献上したと濡れ衣を着せられ、侯爵家から追放される。全てを失い廃墟で倒れていた彼女を救ったのは、謎の男レオン。彼に誘われ裏市場で才能を認められた彼女は、誰にも話していなかった秘密の力【魂香創成】で復讐を決意する。それは人の本性を香りとして抽出する、伝説の調香術。王太子妃候補となったセシリアに「真実の薔薇」を献上し、選定会で醜い本性を暴く。

婚約破棄されましたが、隣国の大将軍に溺愛されて困ってます

有賀冬馬
恋愛
「君といると退屈だ」 幼い頃からの許嫁・エドワルドにそう言われ、婚約破棄された令嬢リーナ。 王都では“平凡で地味な娘”と陰口を叩かれてきたけれど、もう我慢しない。 わたしはこの国を離れて、隣国の親戚のもとへ―― ……だったはずが、なぜか最強でイケメンな大将軍グレイ様に気に入られて、 まさかの「お前は俺の妻になる運命だ」と超スピード展開で屋敷に招かれることに!? 毎日「可愛い」「お前がいないと寂しい」と甘やかされて、気づけば心も体も恋に落ちて―― そして訪れた国際会議での再会。 わたしの姿に愕然とするエドワルドに、わたしは言う。 「わたし、今とっても幸せなの」

「お前とは釣り合わない」と振られた令嬢、国一番の英雄に溺愛される

ほーみ
恋愛
社交界の中心ともいえる、王宮の大広間。そこに、令嬢アリシア・フェルナーは立っていた。  彼女の金色の髪は絹のように輝き、薄紫のドレスがその華奢な体を包む。だが今、その瞳には静かな怒りと哀しみが宿っていた。 「……アリシア・フェルナー嬢。婚約の破棄を申し渡す。君と私とでは、釣り合わない」  そう告げたのは、王国貴族の筆頭ともいわれるユリウス・グランハルト侯爵令息だった。

婚約破棄?はい喜んで!私、結婚するので!

うさぎ鈴
恋愛
婚約破棄?はい喜んで!丁度結婚するから都合いいし?そして少女は一匹の竜とともに精霊王の森へ向かう。それまでに明らかになる真実とは?短編なので一話で終わります。また、小説家になろうでも投稿しています。

【完結】婚約解消を言い渡された天使は、売れ残り辺境伯を落としたい

ユユ
恋愛
ミルクティー色の柔らかな髪 琥珀の大きな瞳 少し小柄ながらスタイル抜群。 微笑むだけで令息が頬を染め 見つめるだけで殿方が手を差し伸べる パーティーではダンスのお誘いで列を成す。 学園では令嬢から距離を置かれ 茶会では夫人や令嬢から嫌味を言われ パーティーでは背後に気を付ける。 そんな日々は私には憂鬱だった。 だけど建国記念パーティーで 運命の出会いを果たす。 * 作り話です * 完結しています * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...