35 / 40
35.それぞれの決断
しおりを挟む
殿下から離れられずにいると、ブラントミュラー卿とフローラさんが私たちの前に現れた。
「リタさん……ごめんなさい」
「フローラさん、何も悪いことをされていないのですから謝らないでくださいな」
彼女は自分の恋心と私への配慮の間で板挟みになっていたのだ。
その気持ちに気付いてあげられなかった事を申し訳なく思う。
「夜会も終わりましたし、帰りましょう」
私はそう言いわけをして、殿下から離れた。殿下に挨拶をし、王城を出て馬車に乗る。
「リタさん、本当に本当に、申し訳ございません!」
フローラさんが高速で何度も頭を下げるので馬車の中なのに私のドレスは風でめくれ上がりそうになる。
「気になさらないでください。夜会の前にお話していたことは、ブラントミュラー卿への気持ちだったのですね。気づけなくて本当にごめんなさい」
「いえ……実は、デザイナーになりたくて乙女候補の辞退を考えていたことをお話したかったんです。今日、私がデザインしたドレスを着たブルームさんを見てやはりデザイナーになりたいと思ったのです……王妃になるとそれがかないませんので……ブラントミュラー伯爵のことは身分が違い過ぎて……最初から諦めていました」
そう、彼女はいつかデザイナーになることを夢見て針子をしているのだった。
私はそのことにも気づけていなかった。彼女の夢を奪いかねなかった。
「申し訳ございません。あなたの夢のことまで気がまわってなかったのです。ヴァルター公爵夫人に口添えしていただきましょう。きっとあなたなら素敵なデザイナーになれますわ」
「リタさん、私、リタさんのおかげで自分に自信を持てました。それに私を過去から救ってくださったのもリタさんです……なのでごめんなさいって言わないでください」
フローラさんが両手を握ってくれると、少し心が落ち着いた。
「私を見つけて手を伸ばしてくださって本当にありがとうございます」
私が見つけた心清き乙女。彼女への対応は足りない事ばかりだったのにもかかわらず、こんなにも素敵な言葉をかけてくれる。
彼女の言葉が私を救ってくれた。
そっと抱きしめると、彼女はこてんと頭を預けてくれる。
(大いなる力よ、彼女はティメアウス王国のヒロインにならなかったけれど、どうか彼女とブラントミュラー卿の物語の中で幸せな道を歩めるように見守ってあげてください)
ルルノア様はヴァルター公爵邸まで送ってくださったのだが、お話があるということで着替え終わると家までまた乗せてくださった。
彼の心遣いに救われた。繁栄の魔法を発動できなかった今、気まずいままヴァルター公爵邸に居続けるのは心苦しかった。
馬車から降りると、こちらにおいで、と言い両手を広げて迎え入れてくれる。
そして、私が子どもの頃にしてくれたように、優しく抱きしめてくれた。
「よしよし、リタの悲しい気持ちがお空の果てまで飛んでいきますように」
「ルルノア様、私はもう子どもじゃありません」
「私にとっては結びの魔法使いはみな大切な子どもです。リタも、もちろんランドルフもですよ。彼があなたを弟子として連れて現れたときは実に感慨深かったものです」
ルルノア様はそう仰って頬に口づけしてくれた。
「花が手元に戻ってきても気を落とさないように。心に不測はつきものです。引き続き、あなたの活躍を期待しております。ランドルフもきっと、どこかであなたを応援しているでしょう」
彼はもう片方の頬にも口づけを落とす。月蒼花の香りがして安心感に包まれる。
天空にしか咲かない、淡い空色の神秘の花で繁栄の魔法を発動させるための力を持っている。
その花を統べるのがルルノア様で。
彼は姿を人に変えているのだ。
彼がお師匠様の名前を口にすると、堪えていた涙がこぼれた。
八方塞がりの今、お師匠様に会いたくてしかたがない。大丈夫だよ、と声をかけて欲しかった。
◇
翌日、ブラントミュラー卿とアレクシス殿下が訪ねてきた。
体調が悪かった私を心配してきてくださったのだ。
マクシミリアン殿下も来ようとされていたが、国王陛下に急ぎの仕事を出されてしまい居残りになったそうだ。
胸を撫でおろした。今はまだ、彼に会うと動揺しそうなのだ。
ブラントミュラー卿彼は会うなり謝罪してきた。ご自分がフローラさんと結ばれたことに負い目を感じているのが伝わってくる。殿下から交代の打診があったことを聞いてなおさら責任を感じたらしい。
彼は悪くない。2人の気持ちに気づかず仕事を進めていた私が悪いのだ。
「ブラントミュラー卿とフローラさんの気持ちに気づけていなかったんです。今の私は冷静な判断ができていないので殿下のためにも、代わってもらった方が良い気がするんです」
「……すこしお休みになってからまた探してみるのはいかがでしょうか? 気分転換にまた我が領地のセメスサに来ていただけるのでしたら喜んでご案内いたします。ご迷惑をおかけした償いを何かさせてください」
ブラントミュラー領の領主邸がある街、セメスサ。前に一度、ティメアウスの国中を見て周り乙女候補を探していた際にブラントミュラー卿に連れて行っていただいたことがある。
黒い屋根の建物が並び、統一された美しさがある街並で、朝市に行くと、彼は領民たちに囲まれて次々と食べ物やお土産を持たされていた。
確かに、今度は旅行として行ってみるのも楽しそうだ。しかしそれは、繁栄の魔法が発動してからにしよう。
「お気遣いありがとうございます。それでは私への償いとして、フローラさんのことを一生幸せにしてくださいね」
「もちろんです」
ブラントミュラー卿ならきっとそうしてくれる。協力者として共に行動することが多かったからわかる。
彼は一度目を伏せて考え込む素振りを見せた。
「もし、本当に他の方と交代するのであれば、オスカーにお気をつけください」
「ルートヴィヒ! オスカーに対してなんてことを言うんだ!」
アレクシス殿下は非難めいた声で言うが、本気で怒っているようではなさそうだ。
「殿下の影だからですか?」
「ええ……あの影はとても深い闇を持っています」
気の置けない友人がブラントミュラー卿からそんな風に言われるとさすがに辛いものがある。
他でもない、ブラントミュラー卿が言ったからその言葉の重みを感じる。前に2人が話しているのを見たところだと気の知れた仲のようだったから私が知らないオスカーを知っているのかもしれないけれど……なんだか釈然としない。
「オスカーはこれまでも兄上に代わって私に合いに来てくれた心の恩人だ」
「それが問題なのですよ、殿下。オスカーは特異な存在なのですから」
アレクシス殿下が口を尖らせて抗議する。どうやら、彼もよくオスカーと会っているようだ。
マクシミリアン殿下の代わりに会いに行ったり花を届けたりするのだったら気をつけるべき人物ではないように思えるのだけど……。
特異な存在。確かに、主君の影となる人物は何か一線を画すものがあるのだろう。
それでも、どうして彼に警戒すべきなのかはまだ納得できなかった。
◇
その日の夜、自宅の寝室で本を読んでいたら、カツンと窓に何かが当たる音が聞こえた。開けて下を見ると、オスカーが立っている。彼はいつもの調子でへらりと笑って見せてくる。
いつも通りの表情。そんな顔をされると警戒心が解かれてしまう。ブラントミュラー卿に気をつけるように言われたばかりなのに、見ると彼のお気楽さに縋りたくなる。
たとえ彼が殿下の影であったとしても、私にとっては大切な友人だ。悩み事を打ち明け合う仲で気兼ねなく話せる人。警戒なんてできない。
「誰かさんに元気がないって聞いて様子を見に来たんだよ」
「夜に婦女子を訪ねるなんてどうかしてるわ」
「友だちの心配に礼儀はいらないだろ?」
私のことを誰から聞いたのだろう?
殿下?
それともブラントミュラー卿から?
オスカーは私に、一緒に散歩しようと提案してくる。
こんな真夜中に散歩だなんて、ほんとうにどうかしている。それでも、この苦しい気持ちをどうにかしたくて答えに迷ってしまった。
彼にもう一度名前を呼ばれると、自然と足は玄関に向かった。扉を開けると目の前に彼が立っている。
差し出された手を取る。形の整った長い指に、かたい掌。その手がどことなく殿下の手と似ていた。そう感じたとたん、また胸が痛くなる。
「オスカー、どこまで行くの?」
「着くまで内緒」
明確な形を持ってしまった気持ちは隠し難い。
手を引かれて王宮へと続く隠し通路を抜けると、薔薇園に辿り着く。暗闇でも美しく咲く薔薇たちが迎えてくれた。
闇夜に花々が浮かぶ幻想的な景色に魅せられ、つい見入ってしまう。
そして、薔薇園に漂う甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
(夜の王宮に勝手に入っても大丈夫なのだろうか?)
ふと不安になってオスカーに尋ねてみるが、彼は大丈夫だと言ってくる。こんなときでも相変わらず適当だ。
「夜の薔薇園も素敵ね」
見上げるような薔薇の迷路は、夜に通ると雰囲気が違う。
まるで本当の迷路のように私たちを惑わし、違う世界へと連れて行ってしまいそうだ。
どことなく不安を感じた。それがオスカーに伝わってしまったのか、握られる手に力がこもる。
「……オスカーはどれくらい私のことを知っているの?」
「さあな」
水色の瞳が月明かりに照らされる。彼の気持ちが分からない。
気を遣ってくれているのは確かだけど、なんだか読めない。
視界が開け、白い石でできた噴水が姿を現わす。
迷路に囲まれた、隠されたような場所だ。
「リタは王太子殿下がご執心の特別な魔法使い。殿下のことをどう思ってるんだ?」
「……言えないわ」
「誰も聞いていない場所なら言えるか?」
オスカーがもう片方の手も握ってきた。
見上げて彼の顔を見ると、いつになく神妙な顔で私の覗き込んでいる。
お気楽者で、いつもはへらりと笑っている彼にそんな顔をされると落ち着かない。
目を閉じるように言われてその通りにした。すると、瞼を通して光を感じる。
眩い光。それが消えると、先ほどまで頬を掠めていた夜風が止んでいることに気づく。
「――っ!」
風が止んでいるのではない。恐らく、私たちが建物の中に入ったのだ。
瞼を開けると、大広間のような場所に立っている。
目の前に広がるのは豪奢な装飾の柱や天井だ。中は薄暗く、灯りは窓から入り込む月明かりだけ。
そのような色彩の乏しい状態でもわかる。ここは普通の場所じゃない。
「ここはどこ?」
「離宮の中だよ」
オスカーの答えに耳を疑った。なぜなら、王宮内へは転移魔法では入られなくなっているはずなのだ。
王族の命を狙う者が入り込まないように阻害魔法がかけられているから。
たとえ同じ王宮の敷地内からであったとしても弾かれるはずである。
「オスカー、あなた何者なの?」
「教えてやるよ。もう隠さないと決めたから」
彼はそう言い、指につけていた指輪を外した。
「リタさん……ごめんなさい」
「フローラさん、何も悪いことをされていないのですから謝らないでくださいな」
彼女は自分の恋心と私への配慮の間で板挟みになっていたのだ。
その気持ちに気付いてあげられなかった事を申し訳なく思う。
「夜会も終わりましたし、帰りましょう」
私はそう言いわけをして、殿下から離れた。殿下に挨拶をし、王城を出て馬車に乗る。
「リタさん、本当に本当に、申し訳ございません!」
フローラさんが高速で何度も頭を下げるので馬車の中なのに私のドレスは風でめくれ上がりそうになる。
「気になさらないでください。夜会の前にお話していたことは、ブラントミュラー卿への気持ちだったのですね。気づけなくて本当にごめんなさい」
「いえ……実は、デザイナーになりたくて乙女候補の辞退を考えていたことをお話したかったんです。今日、私がデザインしたドレスを着たブルームさんを見てやはりデザイナーになりたいと思ったのです……王妃になるとそれがかないませんので……ブラントミュラー伯爵のことは身分が違い過ぎて……最初から諦めていました」
そう、彼女はいつかデザイナーになることを夢見て針子をしているのだった。
私はそのことにも気づけていなかった。彼女の夢を奪いかねなかった。
「申し訳ございません。あなたの夢のことまで気がまわってなかったのです。ヴァルター公爵夫人に口添えしていただきましょう。きっとあなたなら素敵なデザイナーになれますわ」
「リタさん、私、リタさんのおかげで自分に自信を持てました。それに私を過去から救ってくださったのもリタさんです……なのでごめんなさいって言わないでください」
フローラさんが両手を握ってくれると、少し心が落ち着いた。
「私を見つけて手を伸ばしてくださって本当にありがとうございます」
私が見つけた心清き乙女。彼女への対応は足りない事ばかりだったのにもかかわらず、こんなにも素敵な言葉をかけてくれる。
彼女の言葉が私を救ってくれた。
そっと抱きしめると、彼女はこてんと頭を預けてくれる。
(大いなる力よ、彼女はティメアウス王国のヒロインにならなかったけれど、どうか彼女とブラントミュラー卿の物語の中で幸せな道を歩めるように見守ってあげてください)
ルルノア様はヴァルター公爵邸まで送ってくださったのだが、お話があるということで着替え終わると家までまた乗せてくださった。
彼の心遣いに救われた。繁栄の魔法を発動できなかった今、気まずいままヴァルター公爵邸に居続けるのは心苦しかった。
馬車から降りると、こちらにおいで、と言い両手を広げて迎え入れてくれる。
そして、私が子どもの頃にしてくれたように、優しく抱きしめてくれた。
「よしよし、リタの悲しい気持ちがお空の果てまで飛んでいきますように」
「ルルノア様、私はもう子どもじゃありません」
「私にとっては結びの魔法使いはみな大切な子どもです。リタも、もちろんランドルフもですよ。彼があなたを弟子として連れて現れたときは実に感慨深かったものです」
ルルノア様はそう仰って頬に口づけしてくれた。
「花が手元に戻ってきても気を落とさないように。心に不測はつきものです。引き続き、あなたの活躍を期待しております。ランドルフもきっと、どこかであなたを応援しているでしょう」
彼はもう片方の頬にも口づけを落とす。月蒼花の香りがして安心感に包まれる。
天空にしか咲かない、淡い空色の神秘の花で繁栄の魔法を発動させるための力を持っている。
その花を統べるのがルルノア様で。
彼は姿を人に変えているのだ。
彼がお師匠様の名前を口にすると、堪えていた涙がこぼれた。
八方塞がりの今、お師匠様に会いたくてしかたがない。大丈夫だよ、と声をかけて欲しかった。
◇
翌日、ブラントミュラー卿とアレクシス殿下が訪ねてきた。
体調が悪かった私を心配してきてくださったのだ。
マクシミリアン殿下も来ようとされていたが、国王陛下に急ぎの仕事を出されてしまい居残りになったそうだ。
胸を撫でおろした。今はまだ、彼に会うと動揺しそうなのだ。
ブラントミュラー卿彼は会うなり謝罪してきた。ご自分がフローラさんと結ばれたことに負い目を感じているのが伝わってくる。殿下から交代の打診があったことを聞いてなおさら責任を感じたらしい。
彼は悪くない。2人の気持ちに気づかず仕事を進めていた私が悪いのだ。
「ブラントミュラー卿とフローラさんの気持ちに気づけていなかったんです。今の私は冷静な判断ができていないので殿下のためにも、代わってもらった方が良い気がするんです」
「……すこしお休みになってからまた探してみるのはいかがでしょうか? 気分転換にまた我が領地のセメスサに来ていただけるのでしたら喜んでご案内いたします。ご迷惑をおかけした償いを何かさせてください」
ブラントミュラー領の領主邸がある街、セメスサ。前に一度、ティメアウスの国中を見て周り乙女候補を探していた際にブラントミュラー卿に連れて行っていただいたことがある。
黒い屋根の建物が並び、統一された美しさがある街並で、朝市に行くと、彼は領民たちに囲まれて次々と食べ物やお土産を持たされていた。
確かに、今度は旅行として行ってみるのも楽しそうだ。しかしそれは、繁栄の魔法が発動してからにしよう。
「お気遣いありがとうございます。それでは私への償いとして、フローラさんのことを一生幸せにしてくださいね」
「もちろんです」
ブラントミュラー卿ならきっとそうしてくれる。協力者として共に行動することが多かったからわかる。
彼は一度目を伏せて考え込む素振りを見せた。
「もし、本当に他の方と交代するのであれば、オスカーにお気をつけください」
「ルートヴィヒ! オスカーに対してなんてことを言うんだ!」
アレクシス殿下は非難めいた声で言うが、本気で怒っているようではなさそうだ。
「殿下の影だからですか?」
「ええ……あの影はとても深い闇を持っています」
気の置けない友人がブラントミュラー卿からそんな風に言われるとさすがに辛いものがある。
他でもない、ブラントミュラー卿が言ったからその言葉の重みを感じる。前に2人が話しているのを見たところだと気の知れた仲のようだったから私が知らないオスカーを知っているのかもしれないけれど……なんだか釈然としない。
「オスカーはこれまでも兄上に代わって私に合いに来てくれた心の恩人だ」
「それが問題なのですよ、殿下。オスカーは特異な存在なのですから」
アレクシス殿下が口を尖らせて抗議する。どうやら、彼もよくオスカーと会っているようだ。
マクシミリアン殿下の代わりに会いに行ったり花を届けたりするのだったら気をつけるべき人物ではないように思えるのだけど……。
特異な存在。確かに、主君の影となる人物は何か一線を画すものがあるのだろう。
それでも、どうして彼に警戒すべきなのかはまだ納得できなかった。
◇
その日の夜、自宅の寝室で本を読んでいたら、カツンと窓に何かが当たる音が聞こえた。開けて下を見ると、オスカーが立っている。彼はいつもの調子でへらりと笑って見せてくる。
いつも通りの表情。そんな顔をされると警戒心が解かれてしまう。ブラントミュラー卿に気をつけるように言われたばかりなのに、見ると彼のお気楽さに縋りたくなる。
たとえ彼が殿下の影であったとしても、私にとっては大切な友人だ。悩み事を打ち明け合う仲で気兼ねなく話せる人。警戒なんてできない。
「誰かさんに元気がないって聞いて様子を見に来たんだよ」
「夜に婦女子を訪ねるなんてどうかしてるわ」
「友だちの心配に礼儀はいらないだろ?」
私のことを誰から聞いたのだろう?
殿下?
それともブラントミュラー卿から?
オスカーは私に、一緒に散歩しようと提案してくる。
こんな真夜中に散歩だなんて、ほんとうにどうかしている。それでも、この苦しい気持ちをどうにかしたくて答えに迷ってしまった。
彼にもう一度名前を呼ばれると、自然と足は玄関に向かった。扉を開けると目の前に彼が立っている。
差し出された手を取る。形の整った長い指に、かたい掌。その手がどことなく殿下の手と似ていた。そう感じたとたん、また胸が痛くなる。
「オスカー、どこまで行くの?」
「着くまで内緒」
明確な形を持ってしまった気持ちは隠し難い。
手を引かれて王宮へと続く隠し通路を抜けると、薔薇園に辿り着く。暗闇でも美しく咲く薔薇たちが迎えてくれた。
闇夜に花々が浮かぶ幻想的な景色に魅せられ、つい見入ってしまう。
そして、薔薇園に漂う甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
(夜の王宮に勝手に入っても大丈夫なのだろうか?)
ふと不安になってオスカーに尋ねてみるが、彼は大丈夫だと言ってくる。こんなときでも相変わらず適当だ。
「夜の薔薇園も素敵ね」
見上げるような薔薇の迷路は、夜に通ると雰囲気が違う。
まるで本当の迷路のように私たちを惑わし、違う世界へと連れて行ってしまいそうだ。
どことなく不安を感じた。それがオスカーに伝わってしまったのか、握られる手に力がこもる。
「……オスカーはどれくらい私のことを知っているの?」
「さあな」
水色の瞳が月明かりに照らされる。彼の気持ちが分からない。
気を遣ってくれているのは確かだけど、なんだか読めない。
視界が開け、白い石でできた噴水が姿を現わす。
迷路に囲まれた、隠されたような場所だ。
「リタは王太子殿下がご執心の特別な魔法使い。殿下のことをどう思ってるんだ?」
「……言えないわ」
「誰も聞いていない場所なら言えるか?」
オスカーがもう片方の手も握ってきた。
見上げて彼の顔を見ると、いつになく神妙な顔で私の覗き込んでいる。
お気楽者で、いつもはへらりと笑っている彼にそんな顔をされると落ち着かない。
目を閉じるように言われてその通りにした。すると、瞼を通して光を感じる。
眩い光。それが消えると、先ほどまで頬を掠めていた夜風が止んでいることに気づく。
「――っ!」
風が止んでいるのではない。恐らく、私たちが建物の中に入ったのだ。
瞼を開けると、大広間のような場所に立っている。
目の前に広がるのは豪奢な装飾の柱や天井だ。中は薄暗く、灯りは窓から入り込む月明かりだけ。
そのような色彩の乏しい状態でもわかる。ここは普通の場所じゃない。
「ここはどこ?」
「離宮の中だよ」
オスカーの答えに耳を疑った。なぜなら、王宮内へは転移魔法では入られなくなっているはずなのだ。
王族の命を狙う者が入り込まないように阻害魔法がかけられているから。
たとえ同じ王宮の敷地内からであったとしても弾かれるはずである。
「オスカー、あなた何者なの?」
「教えてやるよ。もう隠さないと決めたから」
彼はそう言い、指につけていた指輪を外した。
1
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結】 先祖返りでオーガの血が色濃く出てしまった大女の私に、なぜか麗しの王太子さまが求婚してくるので困惑しています。
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
「僕のお嫁さんになって」と求婚してきた大国の王太子アルフォンソ(9歳)を、「大きいものが良く見えるのは、少年の間だけよ。きっと思春期になれば、小さくて可愛いケーキみたいな女の子が好きになるわ」と相手にしなかった小国のオーガ姫ヘザー(10歳)。しかし月日が流れ、青年になっても慕ってくるアルフォンソを信じてみようかな?と思い始めたヘザーの前に、アルフォンソを親し気に愛称で呼ぶ美しい幼馴染が現れて……
異世界転生したら、推しキャラの隣で料理を作ることになりました。
ふわふわ
恋愛
乙女ゲーム「聖なる光と運命の恋」の大ファン、ヒカリは、ある日、事故に遭い、ゲームの世界に転生してしまう。しかも、転生先は、大好きなイケメン騎士団長アランの隣! 混乱するヒカリだったが、そこで出会ったアランの優しさに心を奪われ、この異世界で生きる決意をする。
転生前の記憶とゲームの知識を活かし、持ち前の料理の腕前を披露することに。アランをはじめ、騎士団の仲間たちに美味しい料理を振る舞ううちに、彼らとの距離は縮まっていく。
しかし、この世界は、ゲームと全く同じではない。アランの過去には、秘密が隠されており、その秘密は、この世界の運命を左右するかもしれない。
ヒカリは、アランの力になりたいと強く願う。そして、料理を通して、人々の心を繋ぎ、笑顔を届けることを決意する。
果たして、ヒカリは、アランを守り、彼の心の闇を照らすことができるのか? 料理と愛が織りなす、異世界ファンタジー、開幕!
見どころ:
推しキャラとの甘くて美味しいラブコメ: 転生先で、憧れのアランと急接近! 料理を通して、二人の関係はどのように変化していくのか、ドキドキの展開!
食欲をそそる料理描写: 異世界の食材を使った、見た目も美しい料理が続々登場! 見ているだけでお腹が空いてくる、グルメ要素満載!
個性豊かな仲間たち: 騎士団の仲間たち、そして、魅力的な友人たちとの友情も見逃せない!
アランの秘密と、世界の運命: 異世界には、様々な困難が待ち受けている。アランの抱える秘密とは? ヒカリは、その秘密を解き明かし、世界を救うことができるのか?
料理で紡ぐ希望の物語: 料理を通じて、人々の心を繋ぎ、笑顔を届ける。読めば、きっと心が温かくなる、感動のストーリー!
学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜
織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。
侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。
学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。
【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。
そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。
最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。
そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。
上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。
貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。
実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、
上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。
そこで知ったルーカスの秘密。
彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。
元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。
戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。
シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。
所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。
そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。
心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。
けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。
シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか――
※他サイトでも公開しています
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる