シナモンと葡萄酒と白銀の魔杖

柳葉うら

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4夜目のためのお話:元賢者は白銀の魔杖を捨てたい

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「わあ、ロシュフォール団長。約束通り、今日も来てくれたんですね。――ところで、どうしてそんな怖い顔をしているんですか?」
「表の看板についている、あの杖……」

 ランベルトはワナワナと肩を震わせている。
 
「あー、あれは白銀の魔杖です。ちょうどいい置き場がなかったのであそこにつけました」
「け、賢者の証になんてことを!」

 静かな冬の夜。王都の片隅で、騎士団長のランベルト・フォン・ロシュフォールの声が響き渡ったのだった。
 普段は落ち着いた声で話すランベルトだが、戦場を駆け巡る騎士らしく、咄嗟に出た声は大きかった。普段は勇敢なシリウスでさえ、驚いてカウンターの後ろに隠れてしまったほどだ。

「だって……何度も魔法兵団の詰所に置いていっても、家に帰ったら戻ってきているんですよ? 邪魔なので外に出すしかありません」
「魔杖は自分の持ち主にふさわしい主人を選ぶんです。だから主人らしくしてください」

 魔杖の持ち主に選ばれた者だけが賢者になる。
 そのため貴族たちは平民のエーファが賢者になるのを妨害できなかった。
 
 たとえエーファが賢者を辞めようと、魔法兵団の団長がそれを認めようと、魔杖にとっては関係ない。
 よって、エーファは書類上では賢者を辞めているが、実質はまだ氷晶の賢者だ。
 
「もういらないのに……」

 唇を尖らせるエーファだが、ランベルトに睨まれて引っ込めた。
 
「不要なはずがありません。騎士の剣と同様に、魔法使いにとって魔杖は己の分身みたいなものでしょう?」
「さすが、剣と結婚する意気込みの騎士団長様は道具への愛が重いですね」
「剣と結婚すると言った覚えはありません」
「もはやそうなる勢いで縁談を断っていると聞いています」
「それは……やむをえず……。騎士団長として王国を守っている以上、どうしても妥協できないことがあるんです」
 
 ――ランベルト・フォン・ロシュフォールは生真面目ゆえになかなか婚姻が成立しない。
 その噂を、ランベルト本人はそれなりに重く受け止めている。しかし次こそと思えど、やはり上手くいかない。
 
「騎士団長をする私が、王国に忠誠を誓ったというのに他者にまで忠誠を誓うわけにはいかないでしょう。それに私は魔物討伐に駆けつけなければならないのだから、自分を大切にしてほしいと主張する者とは一緒にいれない。他にも――」

 過去の縁談で色々あったらしい。ランベルトの口が止まらない。
 
「口先だけでも『君に忠誠を誓う』とか『君が一番大切だ』って言ってあげればいいじゃないですか」
「偽りの心を持ちたくないので」
「もはや単なる我儘なのでは……」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も。貴族って大変ですねぇ」
 
 エーファは逃げるようにカウンターの向こう側に移動する。
 
 ランベルトは溜息をつくと、外に出てしまった。ややあって戻ってきた彼の手には、看板から取り外された白銀の魔杖が握られていた。
 エーファの肩程の背丈がある魔杖は、ランベルトが持ってもやはり大きい。

 わざわざこんなものを持って魔法を使う必要があるのかと、エーファはいつも不満に思っていた。
 事実、この魔杖は大掛かりな魔法を使う時に補助をしてくれるものの、普段はただの飾りなのだ。騎士にとっての勲章と変わらない存在なのである。
 
「ああっ、看板を壊すなんて酷い……騎士団に通報しますよ!」
「生憎ですが、私がその騎士です」

 ランベルトはポケットから絹のハンカチを取り出すと、魔杖を丁寧に拭く。ややカピカピだった魔杖が本来の滑らかな触り心地に戻ると、エーファに手渡した。
 
「いいですか? この魔杖はあなたの努力を認めてくれる存在なのです。決して無下にしてはいけません」
「別に……努力なんてしていないです」
 
 エーファは両手で受け取ると、小さく溜息を零した。
 大切な『お嬢様』は戻ってこないのに、やたら美しく輝く銀色の魔杖はいつだってエーファのもとに帰ってくる。
 
「そんなことはありません。賢者は生まれ持った魔力量の多さだけで選ばれるわけではないと知っているはずです」
「はぁ……、ロシュフォール団長って本当にお節介ですよね」
「よく言われます」
「生真面目でお節介で頑固で融通が利かないって言われますよね?」
「……この二日間で、随分と容赦がなくなっていますよ」

 どうしてこの騎士団長様は、お節介なのだろう。放っておけばいいのに、わざわざ彼が取りに行かなくてもいいのに、エーファが捨てようとしているものを綺麗にして持って来てくれる。
 
 生真面目で頑固だが――それに負けないくらい公正で思いやりがあるからこそ、彼の周りにはいつも人が集まる。
 
「私は他の魔法使いたちのような高い志で鍛錬してきたわけではありません。魔法使いになったのだって、お嬢様が無理やり私を入団させたからですし……」
「そのわりには、隊長に昇りつめるまで功績を積んだではありませんか」
「だって、貴族どもがバカにしてくるのが許せなかったんです。それに、優秀な魔法使いになればお嬢様が王妃になった暁には専属護衛に任命してもらえる可能性があったので、選んでもらうために必死でした」
「驚くほど動機が不純ですね」

 ランベルトは思わず天を仰いだ。
 ふた言目には『お嬢様』と言うのだ。もはや狂いではなく病か呪いではないかと疑ってしまう。

「……それほど元アーレンベルク公爵令嬢を想っているのに、追放された彼女の行方を探さなかったのですか?」
「もちろん、探しましたよ。……だけど、お嬢様にかけていた追跡魔法が断ち切られていたから追えなかったんです」
「追跡魔法を……」

 ランベルトは絶句した。エーファ・ヘルマンのお嬢様に対する執着は彼の予想をはるかに上回っていたのだ。
 つまるところ、彼はエーファの行動に引いていた。

「情報屋に探らせましたが、収穫がありませんでした。ううっ……お嬢様不足で眩暈が……」
「……それはいけませんね。今日はもう店を閉じて休んでください」
「いえ、そういうわけには――」
「ケーキは全て私が買い取りますのでご安心を」

 そう言い、ランベルトはまたもやありあまるほどのおつりが出る金額を払うのだった。

「えっ……こんなにいっぱい食べるんですか?」
「使用人たちへの差し入れにします」
「えっ……持って帰れるんですか? えっ……」

 エーファは戸惑いながらも、促されるままケーキを箱に詰めてランベルトに渡す。
 カフェ銀月亭始まって以来初となる売り切れ御礼だ。
 
「明日もまた来ます」
「ま、まいど……」

 仮にも次期公爵家の当主が、馬車も使わずにケーキを持ち運んでいるなんて妙な光景だ。
 エーファは茫然とした表情で、両手いっぱいのケーキ箱を持った美丈夫の後姿を見送った。
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