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1章 きらめく世界
2 宮城昂世
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太陽が顔を出したばかりのすみれ色の空を眺めながら、宮城昂世はプロダクションAZ敷地にある寮の玄関で待っていた。
マスクと帽子の隙間から、まだ冷たい空気が皮膚を刺した。
その覚めるような刺激を感じながら、まさか自分がこんな生活を送ることになるなんて、とぼんやり思う。
昂世は子どもの頃から、自分は何でもできるという自覚があった。
余計な勉強をしなくても成績は常に一位で、身体を動かせば地区大会くらいなら楽々出場。運動部からは引く手あまたで、常に助っ人として争いが起こる日々。
もちろん、容姿もあまり自覚はなかったけれど、告白は小学生の頃から数知れず。手紙で呼び出されることが億劫になるほどだった。
ただこれら全てはαという第二性によるものであることを、昂世は自覚していた。
この世界には二つの性のほかに、三つの性が存在する。
上位数%しか存在しないエリート体質のαと、大半を占める一般的体質のβ、そして発情期を有する希少なΩ。
これら第二性は、生物学的な性以上に現代社会で大きな意味を持っている――そのことをもちろん昂世も理解していた。
一度気になって告白してきた女子に、こう聞いてみたことがある。
『……ねえ、俺のどこが好きなの?』
『えっと……もちろん昂世くんの顔もなんだけど、勉強も運動も何でもできるところかな』
『ふうん』
『ご、ごめん。説明が下手で。えっと……手を抜いてないっていうか……どれもしっかり取り組んでるところがかっこいいっていうか……』
『ふうん……そう』
その後も告白されるたび聞いても、同じような答えが返ってくるばかり。
結局、自分のことを好きだと言った人は皆αが好きだからであって、自分自信を見てくれる人は誰一人としていなかった。
そうしてこの社会に呆然としていたとき。たたみかけるように現れたのが、この事務所のスカウトマンだった。
視界に黒いワンボックスカーが現れたと思えば、それは軽やかに玄関前に止まった。
助手席の窓が空き、運転席から爽やかな笑顔を向けたのはマネージャーの波多野だった。
「昂世、お待たせ!」
「っす」
迎えに来たマネージャーの波多野は、高校で声をかけられたときからの付き合いだ。
あの日、先生や母親に言われるがままこの会社に向かうと、そこには見るからに社長とわかる男性とこの青年――波多野の姿があった。
波多野は二十代後半の爽やかな風貌をしており、タレントのような白い歯と涼やかな目元をした男だ。
芸能界という聞き慣れない単語に驚いていた自分に、なぜか社長より熱い言葉を投げかけたのがこの人だった。
『僕にはわかるんだ。君の本来の輝きが、奥底で眠っているのを』
今思えば、なんてわざとらしくて歯の浮いた台詞だろう。
もちろん何を根拠にと思ったものの、これまでと同じように――誰かに頼まれたときのように――二つ返事で受けることにした。
なぜならいつも大抵のことはどうにかなったから。
勉強といい、部活の助っ人といい、これまで少しやれば何でも自分のものになった。
それはきっと自分がαだからで、同じように芸能界で求められる仕事も簡単にこなせると思ったのだ。
実際そのとおり、今のところ芸能人生は順調だった。
入所当初は演技に歌にダンスに、初めてのことばかりで苦戦することもあった。
なぜここまでさせられるのか、そう思っていたのも束の間、気付けば「2.5次元ミュージカル」のオーディションに受かっていて、デビューが決まっていた。
気付けば逃げ道は完全に塞がれていた。
ただ運がよかったのは、その原作がとんでもない人気作品だったらしい。しかも貰った役が作中きってのイケメンキャラで、初め心配していた評判も蓋を開けてみればよすぎるほどだった。
SNS上では「原作再現率120%」のタグが話題になり、それ以降露出もオファーも一気に増えていった。
車の運転に集中しながら、波多野がよく通る声で聞く。
「昂世、今日の予定はもう頭に入ってる?」
「はい」
「朝の生放送で番宣、そのあと移動して二十代女性向け雑誌のインタビュー、次は『ひねもすの春』の撮影が最後まで――どう?大丈夫?」
「もう頭に入ってます」
「そうか!さすがうちのホープだ!」
生放送にインタビュー、そして深夜枠ではあるがドラマの主演も抱え、売れっ子と呼ばれるまであと少しというところだった。未経験で入所して三年というのは異例の速さらしい。
ただ昂世にとっては正直どうでもいいことだった。
マネージャーの波多野は、物事がうまくいくたびいつも君の力と言って褒めてくれた。しかし、実際のところは言われた通りにやっているだけだった。
自分の力で、できることを淡々とこなしているだけ。
その方向性がたまたま合っているのも、監督やマネージャーから求められていることが手に取るようにわかるのも、それはすべて自分がαだからで――。
宮城昂世自身が世間に認められ必要とされている訳ではないことを、本人が誰よりもよく理解していたのだった。
マスクと帽子の隙間から、まだ冷たい空気が皮膚を刺した。
その覚めるような刺激を感じながら、まさか自分がこんな生活を送ることになるなんて、とぼんやり思う。
昂世は子どもの頃から、自分は何でもできるという自覚があった。
余計な勉強をしなくても成績は常に一位で、身体を動かせば地区大会くらいなら楽々出場。運動部からは引く手あまたで、常に助っ人として争いが起こる日々。
もちろん、容姿もあまり自覚はなかったけれど、告白は小学生の頃から数知れず。手紙で呼び出されることが億劫になるほどだった。
ただこれら全てはαという第二性によるものであることを、昂世は自覚していた。
この世界には二つの性のほかに、三つの性が存在する。
上位数%しか存在しないエリート体質のαと、大半を占める一般的体質のβ、そして発情期を有する希少なΩ。
これら第二性は、生物学的な性以上に現代社会で大きな意味を持っている――そのことをもちろん昂世も理解していた。
一度気になって告白してきた女子に、こう聞いてみたことがある。
『……ねえ、俺のどこが好きなの?』
『えっと……もちろん昂世くんの顔もなんだけど、勉強も運動も何でもできるところかな』
『ふうん』
『ご、ごめん。説明が下手で。えっと……手を抜いてないっていうか……どれもしっかり取り組んでるところがかっこいいっていうか……』
『ふうん……そう』
その後も告白されるたび聞いても、同じような答えが返ってくるばかり。
結局、自分のことを好きだと言った人は皆αが好きだからであって、自分自信を見てくれる人は誰一人としていなかった。
そうしてこの社会に呆然としていたとき。たたみかけるように現れたのが、この事務所のスカウトマンだった。
視界に黒いワンボックスカーが現れたと思えば、それは軽やかに玄関前に止まった。
助手席の窓が空き、運転席から爽やかな笑顔を向けたのはマネージャーの波多野だった。
「昂世、お待たせ!」
「っす」
迎えに来たマネージャーの波多野は、高校で声をかけられたときからの付き合いだ。
あの日、先生や母親に言われるがままこの会社に向かうと、そこには見るからに社長とわかる男性とこの青年――波多野の姿があった。
波多野は二十代後半の爽やかな風貌をしており、タレントのような白い歯と涼やかな目元をした男だ。
芸能界という聞き慣れない単語に驚いていた自分に、なぜか社長より熱い言葉を投げかけたのがこの人だった。
『僕にはわかるんだ。君の本来の輝きが、奥底で眠っているのを』
今思えば、なんてわざとらしくて歯の浮いた台詞だろう。
もちろん何を根拠にと思ったものの、これまでと同じように――誰かに頼まれたときのように――二つ返事で受けることにした。
なぜならいつも大抵のことはどうにかなったから。
勉強といい、部活の助っ人といい、これまで少しやれば何でも自分のものになった。
それはきっと自分がαだからで、同じように芸能界で求められる仕事も簡単にこなせると思ったのだ。
実際そのとおり、今のところ芸能人生は順調だった。
入所当初は演技に歌にダンスに、初めてのことばかりで苦戦することもあった。
なぜここまでさせられるのか、そう思っていたのも束の間、気付けば「2.5次元ミュージカル」のオーディションに受かっていて、デビューが決まっていた。
気付けば逃げ道は完全に塞がれていた。
ただ運がよかったのは、その原作がとんでもない人気作品だったらしい。しかも貰った役が作中きってのイケメンキャラで、初め心配していた評判も蓋を開けてみればよすぎるほどだった。
SNS上では「原作再現率120%」のタグが話題になり、それ以降露出もオファーも一気に増えていった。
車の運転に集中しながら、波多野がよく通る声で聞く。
「昂世、今日の予定はもう頭に入ってる?」
「はい」
「朝の生放送で番宣、そのあと移動して二十代女性向け雑誌のインタビュー、次は『ひねもすの春』の撮影が最後まで――どう?大丈夫?」
「もう頭に入ってます」
「そうか!さすがうちのホープだ!」
生放送にインタビュー、そして深夜枠ではあるがドラマの主演も抱え、売れっ子と呼ばれるまであと少しというところだった。未経験で入所して三年というのは異例の速さらしい。
ただ昂世にとっては正直どうでもいいことだった。
マネージャーの波多野は、物事がうまくいくたびいつも君の力と言って褒めてくれた。しかし、実際のところは言われた通りにやっているだけだった。
自分の力で、できることを淡々とこなしているだけ。
その方向性がたまたま合っているのも、監督やマネージャーから求められていることが手に取るようにわかるのも、それはすべて自分がαだからで――。
宮城昂世自身が世間に認められ必要とされている訳ではないことを、本人が誰よりもよく理解していたのだった。
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