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2章 始動
1 吉報
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その日は久しぶりのオフだった。
にも関わらず、朝のまだ早い時間から波多野からの電話が鳴り止まず、昂世は困惑していた。
――普段ならよく休めと言って、オフは絶対に鳴らさないのに。
さてはスケジュールミスか、それともよっぽどのことなのか。昂世はおそるおそる電話に出ることにした。
「……はい」
「昂世!ちょっといいか、ええと、すごい話が来たんだ!」
「えっと、俺、今日オフなのは合ってますよね」
「ああそうだ!安心してくれ。ただ、別のすごい話があって――ああ、今から準備してなるべく早く社長室に来てほしい。頼むよ」
そう言い通話は突然切られた。
波多野の慌て具合はよっぽどで、初めて見るほどだった。
少し前の大きな仕事――朝の戦隊ものが決まったときとは、比べ物にならない慌てぶりだった。だからよくも悪くも、とんでもない案件が待ち構えていることだけはわかった。
最低限の身支度を整え、敷地内の事務所棟へと向かう。
その最上階にある社長室の扉をノックし中に入った。
「宮城です。失礼します」
そこにいたのはこの部屋の主である社長と自分を呼んだ波多野、そして専務や波多野の上司などいわゆるお偉いさん方が勢ぞろいしていた。
やはり何かあったのだ、そう思っていると、昂世に気づいた社長が声をかけてくれた。
「宮城くん!」
呼ばれるままに向かい近づくと、彼らから溢れるどうしようもない嬉しさが伝わってきた。
どうやら今回の呼び出しはいいことらしい。
波多野がごほんと息を整えて口を開く。
「昂世、おめでとう!君の映画の主演が決まったんだ」
「え、映画……ですか?」
一瞬、そう狼狽えるのも訳はなかった。
映画はこれまでの仕事とは違い、ひとつの作品を生み出すまでに膨大な時間と予算、そしてリソースを必要とする大規模なプロジェクトだ。
自分のような若手のぺーぺーに、任せていい仕事でないことは明らかだった。
「えっと……しかも主演ですよね?」
「ああ、そうだ!」
「ドッキリ、じゃないですよね」
「たかがドッキリに僕たちまで来たりしないよ」
社長はそう笑った。確かに、社長も専務も壮大なドッキリのためわざわざ来るほど暇な人間ではなかった。
「それで、今回の作品は監督が有名な人なんだって?」
そんな社長の無邪気な問いに、答えたのは波多野だった。
「そうなんです!最近若手対象の映画賞を受賞した、新進気鋭の監督だそうで……」
「知ってるぞ!次は海外賞狙いにいくレベルの人材だろう?」
上司の、明らかに浮足立った声に昂世は戸惑う。
「なぜそれで俺が……」
すると波多野が満面の笑みを浮かべて答えた。
「それが、監督からの直接オファーなんだよ!サブキャストはオーディションで選ばれたんだけどな」
その言葉に、先日の撮影でΩの男が言っていたことを思い出す。
『最近さ、ちょっと変わった恋愛映画のオーディション受けたりした?』
『すごい話題になるかもって噂があってさ。有名な監督が声をかけてるらしいんだ』
――それにしても、まさか自分が直接オファーを受けるなんて。
昂世が絶句している脇で、社長は興味津々に聞いた。
「……それで、どんな脚本なんだ?」
「それがですね、監督脚本のオリジナル純愛ものだそうで」
「ほう。前回作品からターゲットを随分広げたと見える。話題性もあって、期待大だな」
「そうなんです。しかも、昂世の相手役がもうとんでもない方で……!」
波多野の妖しい笑みに、思わず昂世も口を開く。
「……相手役がいるんですか?」
「ああ、ダブル主演なんだ」
その言葉に肩の力がすっと抜けた気がした。
単独主演とタブル主演では責任の重さが違いすぎた。
――とりあえず、どうにかなりそうだ。
そう昂世がほっとしたのも束の間だった。
波多野が恐ろしいことを言ったのは。
「それがなんと、お前の相手は水上周なんだ……!昂世、やばいだろう?」
水上周。
そう言われた途端、鼻の奥であの甘い匂いが広がった気がした。
心臓がどくんと音を立てる。
〈あいつだ〉
このとき昂世は、顔色を変えないことに全力を注いでいた。だからおそらく、誰も気づかなかっただろう。
相手役が水上周だと言うのなら、誰だって手を上げる。いまをときめく俳優のひとりであるし、誰だって彼と共演したいのだ。
ただ自分の内なる声が、それを全力で否定していた。
これ以上あの人に近づいてしまえば、演技どころではなくなってしまうかもしれない。内なる声に乗っ取られ、あのときのように正気を失って襲いかかるかもしれない――。
昂世の葛藤など思いもしないように、話題は水上周で持ちきりになっていた。
「波多野くん、彼って恋愛ものはやらないんじゃなかったのかい?」
「それが、今回監督が口説き落としたようで」
「はー、その相方が昂世か……それはすごいな」
「絶対に成功させようっていう意気込みが伝わりますね。いやー、ついにこのときが来ようとは……」
周囲がワイワイと盛り上がる中で、昂世はひとり沈黙していた。正直、話自体が突飛である上、あの水上周の相手役をすることも未だ信じられなかった。
――いっそのことドッキリならいいのに。
そう思いながらも、このときは皆を前に笑顔を作りながら喜ぶフリをしたのだった。
にも関わらず、朝のまだ早い時間から波多野からの電話が鳴り止まず、昂世は困惑していた。
――普段ならよく休めと言って、オフは絶対に鳴らさないのに。
さてはスケジュールミスか、それともよっぽどのことなのか。昂世はおそるおそる電話に出ることにした。
「……はい」
「昂世!ちょっといいか、ええと、すごい話が来たんだ!」
「えっと、俺、今日オフなのは合ってますよね」
「ああそうだ!安心してくれ。ただ、別のすごい話があって――ああ、今から準備してなるべく早く社長室に来てほしい。頼むよ」
そう言い通話は突然切られた。
波多野の慌て具合はよっぽどで、初めて見るほどだった。
少し前の大きな仕事――朝の戦隊ものが決まったときとは、比べ物にならない慌てぶりだった。だからよくも悪くも、とんでもない案件が待ち構えていることだけはわかった。
最低限の身支度を整え、敷地内の事務所棟へと向かう。
その最上階にある社長室の扉をノックし中に入った。
「宮城です。失礼します」
そこにいたのはこの部屋の主である社長と自分を呼んだ波多野、そして専務や波多野の上司などいわゆるお偉いさん方が勢ぞろいしていた。
やはり何かあったのだ、そう思っていると、昂世に気づいた社長が声をかけてくれた。
「宮城くん!」
呼ばれるままに向かい近づくと、彼らから溢れるどうしようもない嬉しさが伝わってきた。
どうやら今回の呼び出しはいいことらしい。
波多野がごほんと息を整えて口を開く。
「昂世、おめでとう!君の映画の主演が決まったんだ」
「え、映画……ですか?」
一瞬、そう狼狽えるのも訳はなかった。
映画はこれまでの仕事とは違い、ひとつの作品を生み出すまでに膨大な時間と予算、そしてリソースを必要とする大規模なプロジェクトだ。
自分のような若手のぺーぺーに、任せていい仕事でないことは明らかだった。
「えっと……しかも主演ですよね?」
「ああ、そうだ!」
「ドッキリ、じゃないですよね」
「たかがドッキリに僕たちまで来たりしないよ」
社長はそう笑った。確かに、社長も専務も壮大なドッキリのためわざわざ来るほど暇な人間ではなかった。
「それで、今回の作品は監督が有名な人なんだって?」
そんな社長の無邪気な問いに、答えたのは波多野だった。
「そうなんです!最近若手対象の映画賞を受賞した、新進気鋭の監督だそうで……」
「知ってるぞ!次は海外賞狙いにいくレベルの人材だろう?」
上司の、明らかに浮足立った声に昂世は戸惑う。
「なぜそれで俺が……」
すると波多野が満面の笑みを浮かべて答えた。
「それが、監督からの直接オファーなんだよ!サブキャストはオーディションで選ばれたんだけどな」
その言葉に、先日の撮影でΩの男が言っていたことを思い出す。
『最近さ、ちょっと変わった恋愛映画のオーディション受けたりした?』
『すごい話題になるかもって噂があってさ。有名な監督が声をかけてるらしいんだ』
――それにしても、まさか自分が直接オファーを受けるなんて。
昂世が絶句している脇で、社長は興味津々に聞いた。
「……それで、どんな脚本なんだ?」
「それがですね、監督脚本のオリジナル純愛ものだそうで」
「ほう。前回作品からターゲットを随分広げたと見える。話題性もあって、期待大だな」
「そうなんです。しかも、昂世の相手役がもうとんでもない方で……!」
波多野の妖しい笑みに、思わず昂世も口を開く。
「……相手役がいるんですか?」
「ああ、ダブル主演なんだ」
その言葉に肩の力がすっと抜けた気がした。
単独主演とタブル主演では責任の重さが違いすぎた。
――とりあえず、どうにかなりそうだ。
そう昂世がほっとしたのも束の間だった。
波多野が恐ろしいことを言ったのは。
「それがなんと、お前の相手は水上周なんだ……!昂世、やばいだろう?」
水上周。
そう言われた途端、鼻の奥であの甘い匂いが広がった気がした。
心臓がどくんと音を立てる。
〈あいつだ〉
このとき昂世は、顔色を変えないことに全力を注いでいた。だからおそらく、誰も気づかなかっただろう。
相手役が水上周だと言うのなら、誰だって手を上げる。いまをときめく俳優のひとりであるし、誰だって彼と共演したいのだ。
ただ自分の内なる声が、それを全力で否定していた。
これ以上あの人に近づいてしまえば、演技どころではなくなってしまうかもしれない。内なる声に乗っ取られ、あのときのように正気を失って襲いかかるかもしれない――。
昂世の葛藤など思いもしないように、話題は水上周で持ちきりになっていた。
「波多野くん、彼って恋愛ものはやらないんじゃなかったのかい?」
「それが、今回監督が口説き落としたようで」
「はー、その相方が昂世か……それはすごいな」
「絶対に成功させようっていう意気込みが伝わりますね。いやー、ついにこのときが来ようとは……」
周囲がワイワイと盛り上がる中で、昂世はひとり沈黙していた。正直、話自体が突飛である上、あの水上周の相手役をすることも未だ信じられなかった。
――いっそのことドッキリならいいのに。
そう思いながらも、このときは皆を前に笑顔を作りながら喜ぶフリをしたのだった。
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