【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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2章 始動

4 心配

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 その後無事読み合わせは終わり、最後に進行スケジュールが配られたところではお開きとなった。
 次からは、いよいよ撮影だった。
 配られた日程表によると、どうやらまずは実際の大学構内で撮影をするらしい。ロケでよく使われる都内の大学が舞台と聞き、昂世は少しだけ嬉しくなった。
 高校二年で声をかけられて以来、そのままこの業界に入ったので、大学は縁遠い場所だった。
 今も運よく仕事が貰えていて、大学に行くことなんて考えたこともない。ただ、クラスメイトたちが進学した大学に、興味がないわけではなかった。

 ――大学ってどんな感じなのだろう。

 夢のキャンパスライフというけれど、高校とはどう違うのだろうか。どんな生活を送っているのだろうか。
 そうしてよく考えれば、この業界に入って以来、友人たちとは疎遠になっていることに気づいた。だから進学した彼らが大学でどんなことを学んでいるのかも、どんな生活をしているのかもわからなかった。
 ふと隣りを見ると、いまだ渡されたレジュメを真剣な眼差しで眺める水上の姿があった。
 くたびれた研究者風の装いは、どうみても助教授役そのものだった。

 ――この人は……きっと完璧にこなすんだろうな。

 実際、水上は数クール前に医療ドラマで医局の外科医を演じていたばかりだ。大学の助教授も似たようなものなので、きっと容易く演じるのだろう。
 昂世がそう思っていたときだった。水上はなぜかこちらに顔を向け、目が合ってしまった。

「……どうしたの?」

 その自然な眼差しに、昂世はどきりとする。何か言わなければ、そう思い口ごもりながらも答える。

「いや、その……水上さんはさすがだなって。少し前の『探偵外科医ムラト』の清水役みたいに、助教授の雰囲気がもうすでにできあがってるじゃないですか。……すごいです」

「……それは嬉しい褒め言葉だね。ありがたく頂戴しておくよ」

 しかし彼の言葉は、あまり嬉しそうには聞こえなかった。淡々と反射的に口から出たような、そんな気がした。

 ――俺は気分を害することを言ってしまっただろうか。

 昂世がそう気にしていると、水上は口を開いた。

「……宮城くんは確か舞台でデビューして、今は映像作品メインで出てるんだっけ」

「はい」

「映画の撮影は……初めてだよね」

「……その通りです」

 昂世は心の中で驚いた。

 ――まさか今をときめく名俳優が、若手の自分のことも把握しているなんて。

 水上はそんなことなど知らずに、微笑みながら続ける。

「……そっか。ここまでの規模の撮影はなかなか経験できないから、俺も楽しみなんだよね」

 どうやらこの人レベルでも、今回の撮影は相当なものらしい。
 だからなのか、水上の言葉に当たり障りなく同意するはずだったのに、なぜかぽろりと言葉が溢れてしまった。

「……心配なんです」

「えっ?」

 水上の反応があり、昂世は自分が無意識に言ってしまったことに気づいた。

「……あれ?俺、今なんか言いました?」

「うん。今、心配って言ったね」

 昂世は軽く笑って誤魔化した。
 ただうっかり言ってしまった以上、続きを言わない訳にはいかなかった。水上は興味津々と言うように、眼鏡越しに視線を送っている。

「……その、水上さんの言った通り、俺は映画に出演経験もないうえ、今回が初めての主演で。ましてや大学生経験も役もなくて……それで結構心配で」

「なるほど。それは確かに心配だね」

 そう言い、納得するような謎の微笑みを浮かべたので昂世は気になった。
 この表情はどんな意味だろう、そう気にしていると、脇からひょいと長身の男が現れた。
 フルオーダーであろうスリーピースのグレーのスーツをまとい、白髪混じりの髪をきちんと後ろに撫で付けている。
 日に焼けた肌に刻み込まれた皺が、表情を豊かに見せている彼は、「渋おじ俳優」と評判の加能隆平かのうりゅうへいだった。

「水上、新人いじめてんのか?」

「……ははは。なわけないでしょ」

 その笑いは、今まで水上が見せたどんなものとも違って見えた。
 少年のように純粋な笑顔に一瞬気を取られるも、昂世もふたりの間に必死に割り込む。

「加納さん!宮城昂世と言います。今回はどうぞよろしくお願いします」

「お、座長じゃねえか。今回の撮影は大変だと思うが、期待しているぞ。頑張れよ」

「はい。ありがとうございます!」

 画面越しで見ていた加納は、すらりとした長身と迫力のある演技に定評があった。そのため昂世もどこか畏怖していたものの、こうして相対してみるとその印象は一変した。
 チャーミングな笑顔と、雄々しい言葉とは反対の穏やかな口調に、昂世は思わず安心した。
 加納は室島むろしまという、所属ゼミの大学教授役として主要キャストに名を連ねている。そのため彼とはよく絡むことが事前にわかっていたので、やりやすそうでよかったと安心した。

「――んで、我らが座長は何が心配なんだって?」

 その言葉に昂世は驚く。
 どうやらさっきの言葉は加納にも聞かれていたらしい。それにさらりと答えたのは水上だった。

「宮城くん、大学生経験ないんだって」

「……そうなのか?それは意外だな。まあ、今回は大学が舞台みたいだし、あのモラトリアム感が出せるかどうかが重要なとこだよな。……そうだ。お前も行かせてもらえばいいんじゃねえか?」

「…………え?」

 行かせてもらう――その言葉を理解しようとしたところで、加納は何故かスタッフ陣の方へずかずかと向かい始めた。

「おーい、監督!」

「か、加納さんっ!?」

 思わず呼び止めようとした所、水上に腕を捕まれてしまう。

「水上さん?」

「大丈夫。加納さんに任せておきなよ。……むしろ君にとってはいい機会じゃないか?どうせロケ地での事前打ち合わせとして下見は必ずあるんだから、それに主演が同行したって問題はない。ね」

「え……」

 水上は耳元でぼそりと続ける。

「……それに、機会があるなら僕も事前に雰囲気を味わっておきたいし、君もそのギラッギラオーラを消す練習、したほうがいいんじゃない?」

 ギラッギラオーラという単語も気になったが、それより昂世が反応したのは「僕も」という言葉だった。

「えっ…………まさか水上さんも来るんですか?」

「そりゃあ、当たり前でしょ」

 なにが当たり前なのだろう。主演俳優がロケの下見に同行なんて、聞いたこともなかった。
 曲がりなりにも若手で一番の売れっ子と呼ばれる自分と、あの水上周が大学へ紛れ込むのだ。バレて人が集まったら大変なことになってしまう。
 だからその日は半信半疑だったにも関わらず、実際それは確かなものになり――後日、波多野経由で公式に連絡が来てしまった。
 制作陣からは、ロケの下見と衣装合わせを確認できると思いがけない感謝の言葉があった。

 ――まさか自分の言ったあの一言からこんな大事になるなんて。

 なぜぽろりと気持ちが出てしまったのだろうか。
 そうため息を付く昂世の頭に浮かんでいたのは、水上のあのすべてを見通すような静かな眼差しだった。



    
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