【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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3章 映画の世界

3 現場の雰囲気

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 水上はその後の撮影で、自分が読んだと言う入門用の理系新書を貸してくれた。

「まだまだ先は長いから」

 実際、彼の言うとおりだった。
 専門用語を多用するシーンは、ゼミのシーン以外にも今後ロケ地でおこなわれるゼミ合宿や学会発表があった。撮影期間の限られているロケで撮影をこなすためにも、学んでおいて損はなかった。
 昂世は撮影の合間や終わった後、別現場での合間にそれを読むことにした。
 自分よりもはるかに忙しい水上がすでにやっていることは、自分にもできると思ったのだ。

 ――少しでも努力して、あの人のいるところに近づきたい。

 昂世の頭にあったのはそれだけだった。


「いやあ、昂世も最近座長らしくなったよなあ」

 ある日の撮影後、車の中で突然波多野がそう言った。その誇らしげな様子に昂世は驚いた。
 主演として座長と呼ばれることはあったものの、まだその肩書きに自分が追いつけていないことを知っていたのだ。
 
「そうですか?」

「ああ。お前には言っていなかったけど、これまで撮影が押せ押せで、次の予定先に結構時間変更の連絡してたんだよ。それが最近は順調で、めっきりなくなったんだ」

 波多野の嬉しそうな様子に、日々の学びが生きてきたのかと思い昂世は嬉しくなる。
 実際、関連書籍と台本を並行して読み進めることで、これまで無意味だった言葉の羅列が意味のあるものとして頭に入る感覚はあった。自分のリテイクも減り、確かにスケジュール通りに撮影は進んでいた。だから――。

「すみませんでした。波多野さんにそんな迷惑をかけていたなんて……」

 すると波多野は困ったように笑って言った。

「昂世、謝るなよ。タレントが仕事に集中してもらえるように動くのが俺の仕事なんだから。お前がしっかり撮影に集中していい作品になれば、また新しい作品に繋がって俺の評価も上がるわけだしな。そういえば、最近は現場の雰囲気もずいぶん変わったよな。合間にみんなで読んでるの、あれなんだ?」

 そう聞かれ、波多野はマネージャーとして外から現場をよく見てくれていることに気付く。

「あれは、脚本に関連する内容の本で、撮影がスムースに進むようにみんなで共有しているんです」

 実際、本を読むようになってから昂世の中で日常生活の見え方も変わった気がした。
 これまで何気なく流れていっていたニュースから、撮影に関連する科学系の話題が耳に入るようになっていたのだ。
 最近、藤波の台詞の中に登場しているものがあったので、本人に共有したところ意外な反応があった。

『宮城くんさ、最近勉強してる?』

『あ、はい。水上さんに言われて関連する本を読んでみたら、結構面白くてはまっちゃって。台詞が前より頭に入るようになったのでよかったです』

『……だろうな。全然違うもん。見ててわかるよ』

 そうなのかと思う昂世を前に、藤波は神妙な面持ちで続ける。

『実際……そうなんだよな。うわべだけなぞるのと、本質を知ったうえで言うのとじゃあ全然違うさ。あのとき、水上さんはお前に言っている風を装って絶対俺に言ってたしなあ』

『え……そうだったんですか?』

 藤波が言ったのは、ゼミ室での撮影のことだった。確かに水上は自分を無視して藤波の役名を呼んでいたことを思い出す。

『今思うとそうなんだよ。俺と水上さんは芸歴で言うと同じくらいで、昔から共演も多い。ただ、今の水上さんが名だたる賞をかっさらう名俳優であるのに対して、俺は未だ子役出身俳優から抜け出せていない。差はそういうところだぞって、きっと伝えたかったんだろうな』

 まさか二人にそんな共通点があったなんて。
 驚く昂世を前に藤波は笑顔で言う。

『……ふう、俺も気合いいれていかないとだよな。座長!ありがとう。これからも頑張ろうな』

『は、はい!よろしくお願いします!』

 それ以降、藤波を初めとする学生役のキャスト達を集めて、時間があるときに勉強会をしているのだった。
 きっとそれが今の現場の雰囲気のよさと、撮影時間の短縮につながっていると思えた。

「――今では、台詞のひとつのひとつの言葉の意味をみんなが理解しているんで、文脈で言い間違うことがかなり減りました。それで全体のリテイク数も減っている訳です」
 
「そうか、なるほどな。いやあ……水上周とのダブル主演って聞いて心配だったけど、本当に話を受けてよかったよ」

 波多野のそんな言葉に、昂世は思わず昔を思い出す。

 ――社長と専務たちお偉いさんの前で、断る雰囲気など皆無だったような。

「え……あのときは絶対受けろっていう顔してましたよね?」

 すると当時を懐かしむように波多野は語る。

「確かにさ、俺も話を聞いたときは嬉しかったけど、水上周はストイックで演技に対して厳しい人っていう話をずっと聞いていたからさ。実際、現場にいるお前を見てたら心配になったし。けど今は安心してるってことさ。本当、お前の実力だよ」

 この人にもそんな迷いや心配があったのだと昂世は思う。
 初めて会ったとき、あれだけ熱弁して自分をこの世界に呼び込んだ人だ。ああ言ってくれた陰に、人ひとりに人生を賭けさせることへの葛藤があったのだろうか。

「波多野さん……ありがとうございます」

 彼の選択が間違っていなかったことを証明するためにも、頑張らないといけないと昂世は思った。

 波多野が心配した水上周との関係は、今のところ良好どころかよすぎるほどだった。
 昂世にとって水上は波多野以外に最も信頼でき、心から尊敬できる存在になっていた。本を借りて以来同じ話題ができたふたりの間では、最近水上がはまったSF映画の話で持ちきりだった。
 素人同然から俳優としてひた走る昂世には、この世界に同期どころか友人もいない。だから映画や演技の話を同じ熱量で共有し、感想を言い合う存在は初めてだった。

 ――高校のときの友人が今の俺を見たらきっと驚くはず。

 昔の自分は、αだからと持ち上げられてそれに見合ったフリをしていた。そんな過去の自分を思い出して昂世は笑う。
 きっと今の自分が本当の自分なのだ。
 そう思うと、この世界に入ってよかったと心から思えた。

 別日の撮影前、昂世はメイクを終えて現場に移動する最中に、水上を見かけ思わず声をかける。

「水上さん、おはようございます」

「ああ宮城くん、おはよう」

 そうしたのは昂世の頭の中に、先日水上に薦められて見た映画の感想があふれかえっていたからだった。

「いま時間ありますか?」

「え、あるけどどうしたの?」

「いや、大したことじゃないんですけど、水上さんに薦められて見たイーガン監督の映画……すごくよくて」

 すると水上の瞳がぱっと明るくなる。

「あれ観た?どうだった?まずさ、映像すごいよね。CGまったく使ってないらしいよ」

「え?本当なんですか?飛行機が思いっきり空港に衝突してましたけど?」

「それがさ、中古の飛行機を買い付けて撮影したってメイキングブックに書いてあったんだよね」

「はー、そんな規模で撮影するんですね!やっば」

「本当、すごい世界だよね」

 ほかにもまだまだ話すことはあった。しかしふたりのあいだにぱっと現れたのは助監督で、こちらを鋭い目付きで見て言った。

「ちょっと、楽しそうなのは何よりですけど撮影はじまりますよ!」

「はは、すみません。宮城くん、またあとでじっくり話そう」

「はい!」

 一緒に仕事をする時間はもちろん、気付けばこのような撮影の合間の時間もかけがえのない時間だと昂世は思うようになっていた。

 この日の撮影も無事時間内に終わり、まだ昼下がりの早い時間だったので昂世は無意識に水上の姿を探した。
 しかし楽屋にもどこにも見当たらなかった。
 ちょうど帰り支度を終えた加納を見かけたので、声をかけてみる。

「加納さん、お疲れさまでした。水上さんって、もう帰られましたか?」

「ああ。また一本二時間ドラマの撮影が急遽決まったみたいで急いで帰っていったよ。さすが、売れっ子だよなあ」

「……そうですか」

 ――もっと話したかったのに。

 そう思い、昂世は自分に言い聞かせる。

 ――俺と話す時間なんてあるわけないだろ。あの人は今をときめく俳優だぞ。

 それでも。
 少しでも長くあの人と一緒にいたい。そう思い始めている自分がいることに、彼はまだ気づいていなかった。


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