15 / 51
3章 映画の世界
3 現場の雰囲気
しおりを挟む水上はその後の撮影で、自分が読んだと言う入門用の理系新書を貸してくれた。
「まだまだ先は長いから」
実際、彼の言うとおりだった。
専門用語を多用するシーンは、ゼミのシーン以外にも今後ロケ地でおこなわれるゼミ合宿や学会発表があった。撮影期間の限られているロケで撮影をこなすためにも、学んでおいて損はなかった。
昂世は撮影の合間や終わった後、別現場での合間にそれを読むことにした。
自分よりもはるかに忙しい水上がすでにやっていることは、自分にもできると思ったのだ。
――少しでも努力して、あの人のいるところに近づきたい。
昂世の頭にあったのはそれだけだった。
「いやあ、昂世も最近座長らしくなったよなあ」
ある日の撮影後、車の中で突然波多野がそう言った。その誇らしげな様子に昂世は驚いた。
主演として座長と呼ばれることはあったものの、まだその肩書きに自分が追いつけていないことを知っていたのだ。
「そうですか?」
「ああ。お前には言っていなかったけど、これまで撮影が押せ押せで、次の予定先に結構時間変更の連絡してたんだよ。それが最近は順調で、めっきりなくなったんだ」
波多野の嬉しそうな様子に、日々の学びが生きてきたのかと思い昂世は嬉しくなる。
実際、関連書籍と台本を並行して読み進めることで、これまで無意味だった言葉の羅列が意味のあるものとして頭に入る感覚はあった。自分のリテイクも減り、確かにスケジュール通りに撮影は進んでいた。だから――。
「すみませんでした。波多野さんにそんな迷惑をかけていたなんて……」
すると波多野は困ったように笑って言った。
「昂世、謝るなよ。タレントが仕事に集中してもらえるように動くのが俺の仕事なんだから。お前がしっかり撮影に集中していい作品になれば、また新しい作品に繋がって俺の評価も上がるわけだしな。そういえば、最近は現場の雰囲気もずいぶん変わったよな。合間にみんなで読んでるの、あれなんだ?」
そう聞かれ、波多野はマネージャーとして外から現場をよく見てくれていることに気付く。
「あれは、脚本に関連する内容の本で、撮影がスムースに進むようにみんなで共有しているんです」
実際、本を読むようになってから昂世の中で日常生活の見え方も変わった気がした。
これまで何気なく流れていっていたニュースから、撮影に関連する科学系の話題が耳に入るようになっていたのだ。
最近、藤波の台詞の中に登場しているものがあったので、本人に共有したところ意外な反応があった。
『宮城くんさ、最近勉強してる?』
『あ、はい。水上さんに言われて関連する本を読んでみたら、結構面白くてはまっちゃって。台詞が前より頭に入るようになったのでよかったです』
『……だろうな。全然違うもん。見ててわかるよ』
そうなのかと思う昂世を前に、藤波は神妙な面持ちで続ける。
『実際……そうなんだよな。うわべだけなぞるのと、本質を知ったうえで言うのとじゃあ全然違うさ。あのとき、水上さんはお前に言っている風を装って絶対俺に言ってたしなあ』
『え……そうだったんですか?』
藤波が言ったのは、ゼミ室での撮影のことだった。確かに水上は自分を無視して藤波の役名を呼んでいたことを思い出す。
『今思うとそうなんだよ。俺と水上さんは芸歴で言うと同じくらいで、昔から共演も多い。ただ、今の水上さんが名だたる賞をかっさらう名俳優であるのに対して、俺は未だ子役出身俳優から抜け出せていない。差はそういうところだぞって、きっと伝えたかったんだろうな』
まさか二人にそんな共通点があったなんて。
驚く昂世を前に藤波は笑顔で言う。
『……ふう、俺も気合いいれていかないとだよな。座長!ありがとう。これからも頑張ろうな』
『は、はい!よろしくお願いします!』
それ以降、藤波を初めとする学生役のキャスト達を集めて、時間があるときに勉強会をしているのだった。
きっとそれが今の現場の雰囲気のよさと、撮影時間の短縮につながっていると思えた。
「――今では、台詞のひとつのひとつの言葉の意味をみんなが理解しているんで、文脈で言い間違うことがかなり減りました。それで全体のリテイク数も減っている訳です」
「そうか、なるほどな。いやあ……水上周とのダブル主演って聞いて心配だったけど、本当に話を受けてよかったよ」
波多野のそんな言葉に、昂世は思わず昔を思い出す。
――社長と専務たちお偉いさんの前で、断る雰囲気など皆無だったような。
「え……あのときは絶対受けろっていう顔してましたよね?」
すると当時を懐かしむように波多野は語る。
「確かにさ、俺も話を聞いたときは嬉しかったけど、水上周はストイックで演技に対して厳しい人っていう話をずっと聞いていたからさ。実際、現場にいるお前を見てたら心配になったし。けど今は安心してるってことさ。本当、お前の実力だよ」
この人にもそんな迷いや心配があったのだと昂世は思う。
初めて会ったとき、あれだけ熱弁して自分をこの世界に呼び込んだ人だ。ああ言ってくれた陰に、人ひとりに人生を賭けさせることへの葛藤があったのだろうか。
「波多野さん……ありがとうございます」
彼の選択が間違っていなかったことを証明するためにも、頑張らないといけないと昂世は思った。
波多野が心配した水上周との関係は、今のところ良好どころかよすぎるほどだった。
昂世にとって水上は波多野以外に最も信頼でき、心から尊敬できる存在になっていた。本を借りて以来同じ話題ができたふたりの間では、最近水上がはまったSF映画の話で持ちきりだった。
素人同然から俳優としてひた走る昂世には、この世界に同期どころか友人もいない。だから映画や演技の話を同じ熱量で共有し、感想を言い合う存在は初めてだった。
――高校のときの友人が今の俺を見たらきっと驚くはず。
昔の自分は、αだからと持ち上げられてそれに見合ったフリをしていた。そんな過去の自分を思い出して昂世は笑う。
きっと今の自分が本当の自分なのだ。
そう思うと、この世界に入ってよかったと心から思えた。
別日の撮影前、昂世はメイクを終えて現場に移動する最中に、水上を見かけ思わず声をかける。
「水上さん、おはようございます」
「ああ宮城くん、おはよう」
そうしたのは昂世の頭の中に、先日水上に薦められて見た映画の感想があふれかえっていたからだった。
「いま時間ありますか?」
「え、あるけどどうしたの?」
「いや、大したことじゃないんですけど、水上さんに薦められて見たイーガン監督の映画……すごくよくて」
すると水上の瞳がぱっと明るくなる。
「あれ観た?どうだった?まずさ、映像すごいよね。CGまったく使ってないらしいよ」
「え?本当なんですか?飛行機が思いっきり空港に衝突してましたけど?」
「それがさ、中古の飛行機を買い付けて撮影したってメイキングブックに書いてあったんだよね」
「はー、そんな規模で撮影するんですね!やっば」
「本当、すごい世界だよね」
ほかにもまだまだ話すことはあった。しかしふたりのあいだにぱっと現れたのは助監督で、こちらを鋭い目付きで見て言った。
「ちょっと、楽しそうなのは何よりですけど撮影はじまりますよ!」
「はは、すみません。宮城くん、またあとでじっくり話そう」
「はい!」
一緒に仕事をする時間はもちろん、気付けばこのような撮影の合間の時間もかけがえのない時間だと昂世は思うようになっていた。
この日の撮影も無事時間内に終わり、まだ昼下がりの早い時間だったので昂世は無意識に水上の姿を探した。
しかし楽屋にもどこにも見当たらなかった。
ちょうど帰り支度を終えた加納を見かけたので、声をかけてみる。
「加納さん、お疲れさまでした。水上さんって、もう帰られましたか?」
「ああ。また一本二時間ドラマの撮影が急遽決まったみたいで急いで帰っていったよ。さすが、売れっ子だよなあ」
「……そうですか」
――もっと話したかったのに。
そう思い、昂世は自分に言い聞かせる。
――俺と話す時間なんてあるわけないだろ。あの人は今をときめく俳優だぞ。
それでも。
少しでも長くあの人と一緒にいたい。そう思い始めている自分がいることに、彼はまだ気づいていなかった。
32
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
箱入りオメガの受難
おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。
元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。
ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰?
不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。
現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
あまく、とろけて、開くオメガ
藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。
北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。
ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。
出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。
優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。
勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ──
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。
秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
番じゃない僕らの恋~俺の唯一だった君~
伊織
BL
高校1年生の蓮(れん)は、成績優秀で運動神経も抜群なアルファ。
誰よりも大切に想っているのは、幼い頃からずっとそばにいた幼なじみのオメガ・陽(ひなた)だった。
初めての発情期(ヒート)──それは、蓮と陽の関係を静かに、でも確実に変えていく。
「陽が、知らない誰かに抱かれるのは嫌だ」
その言葉をきっかけに、陽は蓮だけに身体を預けるようになる。
まだ番にはなれない年齢のふたり。
触れ合えば触れ合うほど、高まる独占欲と焦燥、そして不安。
ただ一緒にいられる今を、大切に過ごしていた。
けれど、優しくあるはずのこの世界は、オメガである陽に静かな圧力を与えていく。
気づけば、陽が少しずつ遠ざかっていく。
守りたくても守りきれない。
アルファであるはずの自分の無力さに、蓮は打ちのめされていく。
番じゃない。
それでも本気で求め合った、たったひとつの恋。
これは、ひとりのアルファが、
大切なオメガを想い続ける、切なくて愛しい学園オメガバース・ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる