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4章 近づく心
1 ゼミ合宿
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撮影はいよいよ中盤に差し掛かっていた。
物語の初め、中谷優人が助教授の須藤静河に指示することが決まり、彼の丁寧でわかりやすい教え方に舌を巻く中。ひょんなことで彼の趣味を知り、ふたりは公私ともに親しくなっていく。
次第に優人の中で生まれた気持ちが恋であることに気付き、それは大きくなっていくと同時に、彼の抱えるものの重さを知ってしまう。
『あの人のことをもっと知りたい』
そう思い悶々とする中で、恒例行事であるゼミ合宿が始まるのだ。
昂世が調べたところ、それは一泊二日で行われる研究進捗発表を兼ねた親睦旅行らしい。大学や所属する研究室によって時間配分が大きく違うものの、基本は楽しく遊んで飲んで帰る旅行だった。
という訳でチーム一行は、その舞台となる晩夏の閑散期を迎えた温泉地にやってきた。
山中にある古い宿場町には、町の中央に大きな湖があって、それを囲うように一帯に観光施設が並んでいた。
その撮影拠点へと向かうロケバスの中で、昂世はひとりため息を付いていた。
「はあ……」
昂世の頭を悩ませていたのは、今回の撮影の肝となる初めての濡れ場のシーンだった。
脚本によると、旅館での飲み会が終わりゼミ合宿一日目が終わるころ。深夜、優人と須藤はある場所でたまたま顔を合わせ、それが契機となり始めて身体を繋げてしまう。
その主導がどちらかというと、まさに優人なのだ。
されるがままに受け入れる須藤を前に、優人は本能のままに押し倒して愛を伝える。
そんな未知のシーンが控えていることを、昂世はすっかり忘れていたのだった。
「宮城くん、どうした?」
そう声をかけたのは、隣の席に座っていた藤波だった。
映画では同期として、現実世界では大先輩として頼りになる彼を前に、昂世はいま頭を悩ませている事を言ってみるべきかと悩んだ。
――藤波さんにこれを相談していいのだろうか。
今昂世を悩ませていたのは、喫緊の課題であるものの、かなりプレイべートな内容だ。
そうしてひとり悶々としていた中で、ふと浮かび上がったのは加納の顔だった。
『詳しくは本人に聞け。あと、ほかにも悩みがあれば先人に聞くのが一番だ』
ただ、今回の話はできることなら当人にはしたくなかった。
本来ならば相手役である水上が最も適役なのだが、どうしても恥ずかしさが勝ってしまい相談できなかったのだ。
ちらりと横の席を見るも、水上は目を閉じ寝息を立てていた。
――今かもしれない。
昂世は意を決して藤波に聞いてみた。
「その……明日のゼミ合宿のシーンがすごく心配で……」
「ああ、確かに撮影期間が決められてるから押せないし、緊張するよね」
実際そうなのだが、聞きたいことは別のことだった。
「それもそうなんですけど……その……」
そうして耳元に顔を近づけ小さな声で言う。
すると藤波は驚いて声を上げた。
「え!宮城くんまさか童貞なの?」
「ちょっと、声がでかいです!」
勘弁してくれ、そう思いながら昂世は藤波を制する。
「まじかー。百戦錬磨感出てるんだけどな。そういうの得意そうな顔に見えるんだけど」
「それはまじで顔だけです。その……これまであんまり恋愛に興味なかったですし、仕事柄いまは絶対駄目じゃないですか。だから経験が全くなくて」
「そうかそうか。確かにそれはどうしようもないよなあ」
大げさに言う先輩に、昂世は小さく小さく頼み込む。
「だから、藤波さんに教えてほしいんです。濡れ場のコツ、みたいな?」
「ははは、なるほどね。濡れ場のそれっぽい見せ方を教えてくれってことね?」
「そうです!お願いします。俺に教えてください」
昂世がそう頭を下げ、自信満々に藤波が口を開いた――そのときだった。
「そうだな……例えば――」
「おい藤波。余計な事すんじゃねえ」
後ろから声を上げたのは加納だった。
藤波はぱっと後ろへ振り返り、それに反論する。
「え、加納先輩、宮城君が困ってるんですよ?それは仲間としてちょっと冷たくないですか?」
すると加納は呆れたように言った。
「お前はそれだから水上にいじられるんだよ。何も知らないピュアさと本能のままに求める野生の顔を監督は求めてるんじゃねえか。濡れ場に見えないリアルなやつを、な」
「……ほう」
「だから変な知識も何もいれねえほうがいいってことよ。そういうことで座長!頑張れよ」
「ええ……」
そう言われてしまえば、どうしようもなかった。
しかし加納が邪魔をしてまで強く言ったということは、きっと監督の求めるものはそれなのだろう。
昂世は再びちらりと水上を見やった。彼は相変わらず目を閉じバスの振動に小刻みに揺られていた。
心配を胸に抱いたまま、窓の外へ視線を向けた。
遠く木々の隙間から覗く湖が、少しずつ近づいていた。
物語の初め、中谷優人が助教授の須藤静河に指示することが決まり、彼の丁寧でわかりやすい教え方に舌を巻く中。ひょんなことで彼の趣味を知り、ふたりは公私ともに親しくなっていく。
次第に優人の中で生まれた気持ちが恋であることに気付き、それは大きくなっていくと同時に、彼の抱えるものの重さを知ってしまう。
『あの人のことをもっと知りたい』
そう思い悶々とする中で、恒例行事であるゼミ合宿が始まるのだ。
昂世が調べたところ、それは一泊二日で行われる研究進捗発表を兼ねた親睦旅行らしい。大学や所属する研究室によって時間配分が大きく違うものの、基本は楽しく遊んで飲んで帰る旅行だった。
という訳でチーム一行は、その舞台となる晩夏の閑散期を迎えた温泉地にやってきた。
山中にある古い宿場町には、町の中央に大きな湖があって、それを囲うように一帯に観光施設が並んでいた。
その撮影拠点へと向かうロケバスの中で、昂世はひとりため息を付いていた。
「はあ……」
昂世の頭を悩ませていたのは、今回の撮影の肝となる初めての濡れ場のシーンだった。
脚本によると、旅館での飲み会が終わりゼミ合宿一日目が終わるころ。深夜、優人と須藤はある場所でたまたま顔を合わせ、それが契機となり始めて身体を繋げてしまう。
その主導がどちらかというと、まさに優人なのだ。
されるがままに受け入れる須藤を前に、優人は本能のままに押し倒して愛を伝える。
そんな未知のシーンが控えていることを、昂世はすっかり忘れていたのだった。
「宮城くん、どうした?」
そう声をかけたのは、隣の席に座っていた藤波だった。
映画では同期として、現実世界では大先輩として頼りになる彼を前に、昂世はいま頭を悩ませている事を言ってみるべきかと悩んだ。
――藤波さんにこれを相談していいのだろうか。
今昂世を悩ませていたのは、喫緊の課題であるものの、かなりプレイべートな内容だ。
そうしてひとり悶々としていた中で、ふと浮かび上がったのは加納の顔だった。
『詳しくは本人に聞け。あと、ほかにも悩みがあれば先人に聞くのが一番だ』
ただ、今回の話はできることなら当人にはしたくなかった。
本来ならば相手役である水上が最も適役なのだが、どうしても恥ずかしさが勝ってしまい相談できなかったのだ。
ちらりと横の席を見るも、水上は目を閉じ寝息を立てていた。
――今かもしれない。
昂世は意を決して藤波に聞いてみた。
「その……明日のゼミ合宿のシーンがすごく心配で……」
「ああ、確かに撮影期間が決められてるから押せないし、緊張するよね」
実際そうなのだが、聞きたいことは別のことだった。
「それもそうなんですけど……その……」
そうして耳元に顔を近づけ小さな声で言う。
すると藤波は驚いて声を上げた。
「え!宮城くんまさか童貞なの?」
「ちょっと、声がでかいです!」
勘弁してくれ、そう思いながら昂世は藤波を制する。
「まじかー。百戦錬磨感出てるんだけどな。そういうの得意そうな顔に見えるんだけど」
「それはまじで顔だけです。その……これまであんまり恋愛に興味なかったですし、仕事柄いまは絶対駄目じゃないですか。だから経験が全くなくて」
「そうかそうか。確かにそれはどうしようもないよなあ」
大げさに言う先輩に、昂世は小さく小さく頼み込む。
「だから、藤波さんに教えてほしいんです。濡れ場のコツ、みたいな?」
「ははは、なるほどね。濡れ場のそれっぽい見せ方を教えてくれってことね?」
「そうです!お願いします。俺に教えてください」
昂世がそう頭を下げ、自信満々に藤波が口を開いた――そのときだった。
「そうだな……例えば――」
「おい藤波。余計な事すんじゃねえ」
後ろから声を上げたのは加納だった。
藤波はぱっと後ろへ振り返り、それに反論する。
「え、加納先輩、宮城君が困ってるんですよ?それは仲間としてちょっと冷たくないですか?」
すると加納は呆れたように言った。
「お前はそれだから水上にいじられるんだよ。何も知らないピュアさと本能のままに求める野生の顔を監督は求めてるんじゃねえか。濡れ場に見えないリアルなやつを、な」
「……ほう」
「だから変な知識も何もいれねえほうがいいってことよ。そういうことで座長!頑張れよ」
「ええ……」
そう言われてしまえば、どうしようもなかった。
しかし加納が邪魔をしてまで強く言ったということは、きっと監督の求めるものはそれなのだろう。
昂世は再びちらりと水上を見やった。彼は相変わらず目を閉じバスの振動に小刻みに揺られていた。
心配を胸に抱いたまま、窓の外へ視線を向けた。
遠く木々の隙間から覗く湖が、少しずつ近づいていた。
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