【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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4章 近づく心

3 ふたりきりの夜

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「はあっ……はぁっ」

 息を荒らげる昂世の耳に入ったのは、聞き覚えのあるどこか呆れた声だった。

「宮城くん、何やってんの」

「……み、水上さん」

 腕を掴み部屋に引き入れ隠してくれたのは、風呂上がりだろうか浴衣姿の水上周だった。
 どうやら騒ぎに気付いて部屋の外を覗いたところ、逃げ惑っている後輩を見つけたらしい。

 ――ひとまず助かったみたいだ。

 そう思いながら、昂世はきょろきょろと部屋を見回した。
 客室は本当に水上の部屋らしい。テーブルには台本やら別の本やらが散乱していた。その脇に置かれたスーツケースは開かれたままになっていて、よく言えば荷物がすぐに出せるようになっていた。

 ――意外と適当なんだな。

 想像していなかった一面に昂世が驚いていると、不意に水上が口を開いた。

「そこ、座れ」

 それは昂世が始めて生で聞く、彼の怒声だった。
 低く、静かで、いつもとは違うどこか雄々しい言葉遣いに、昂世はぞわりとしたものを感じる。
 言われるがまま机を挟んで対面に正座すると、水上はふうっと息を吐いてから言った。

「……君はなんであんなところにいたんだ?」

「ええと、明日の演技が心配で……眠くなるまで練習しようと思って、外に」

「なぜ部屋の外に出た?出歩くなってマネージャーに言われなかったか?」

 厳しい言葉に、昂世は小さな声で答える。

「……貸切だって聞いていたんで」

「それは客室の廊下までだ」

 水上が言い切ったということは、本当なのだろう。
 きっと波多野が説明していたはずなのに、それどころではなくて言葉が頭に入らなかったのだ。

 ――確かに、不用意に出歩くなって言っていた気がする。

 昂世が顔を上げると、水上の冷ややかな目とばちりと合った。

「君はもっと人気俳優の自覚を持て」

「そんな……俺はまだ水上さんほどじゃ――」

「そう言うと思ったよ。はい、これ見て」

 手渡されたのは水上のスマホだった。
 画面に映っていたのはネットニュースの記事で、少し前に取材を受けた雑誌について書かれていた。
 内容は、人気すぎてこの号だけ品切れとなり、異例の増販が決まったとのことだった。
 コメント欄を見ると、

『顔面国宝すぎる』

『色気やばい~。もう三部買った』

『どこにも置いてないんだけど、どこで買えるの?』

 そんな無数の感想に昂世は動揺した。

 ――まさかそこまで話題になっていたなんて。

 水上は画面を変えて再びこちらに見せた。

「これも見て」

 それはSNSの画面だった。どうやら、ネット上で今日の撮影が広まっているらしい。
 トレンド欄に宮城昂世の名前が上がっているのを見つけ、それを開いてみる。すると、研修旅行先に宮城昂世がいた、みたいな無数の目撃例が上がっていた。
 昂世は申し訳なくなり、思わず頭を下げた。

「……すみません。俺の自覚不足でした。気をつけます」

「反省したならいい。今後は気を付けて」

「……はい」

 昂世はそう頷いて気付いた。水上はどうやらこちらに自覚させるために、わざわざ時間を使ってくれたらしい。
 心の中で感謝していると、水上はどこか冷たい口調で言った。

「まあ、少し落ち着くまでここにいたほうがいい。今のファンは何をしでかすかわからないし」

 その冷ややかな様子に昂世は考える。

 ――昔、アイドルだった時にファンといろいろあったのだろうか。

 水上の若き日――アイドル時代の彼の姿を昂世は知らない。ただ、今の水上の年齢不相応な姿から考えると、若い頃は相当大変だったのではと思えた。
 考えないようにしよう、そう思った途端、静まり返った客室が目の前に迫った。

 旅館の客室に、風呂上がりの水上周とふたりきり。
 昂世の中で、まだ演じていない明日本番のあのシーンが蘇る。

 ――風呂上がりに旅館に……明日のシーンそのものじゃないか。

 水上はというと、まったく気にしていないように見えた。彼は机に伏せていた本を取り窓際の椅子に深く腰かけ、すでに読み始めていた。
 ふと浴衣の下から伸びる白い手足が目に入り、昂世は一瞬どきりとする。視線をなんとか上に持っていくも、次に目に入ったのは艷やかな胸元で。そこから続くほっそりとした白磁のような首筋から頬を見た瞬間――。

 ――あれ?

 昂世は違和感に気付き思わず聞く。

「こんなときまで役作りですか?」

「……え?」

「いや、その眼鏡、須藤のものですよね?」

 すると水上は嬉しそうに答えた。

「ああ、これ?僕本当は視力悪くてさ。これは衣装さんが選んでくれたものなんだけど、撮影が楽になるし度を入れてもらったんだよね。ちょうど眼鏡を新しくしようと思ってたから、タイミングよくてずっとかけてる訳」

 きらりと輝く銀縁は、お世辞にもお洒落とは言えなかった。ただ水上にぴったりだと昂世は思った。役者一筋の真面目な彼が、普段からお洒落でいる必要はない。むしろ、そうであってこそ水上周だと思った。
 ここに来て彼の素を知ったようで、昂世はひとり嬉しくなった。しかしなぜか水上は怪訝な顔をして言った。

「それより、突っ立ってないで座ってくつろぎなよ」

「は、はい……」

 言われたとおりにしようとするも、それは簡単そうで難しいことだった。尊敬する人の前で、しかもその人が今晩泊まるであろう部屋で、一体どうやってくつろげばいいのだろう。
 昂世が戸惑っていると、水上は笑った。

「なんでそんなにがちがちなの。背中叩いてあげようか」

「すみません……お願いします」

「いや、冗談だよ。本当にどうしたの?昼は元気だっただろう?」

 真剣に心配し始めた水上を前に、昂世は申し訳なくなった。自分でもおかしくなっていることなんて、とっくに分かっているのだ。恥ずかしいなんてもう言っていられる状況ではなかった。

 ――もう、なんとでもなれ。

 昂世は意を決して口を開いた。

「俺…………実はやったことなくて」

「それは、何を?」

「その……濡れ場もそうですけど、性行為そのものもと言いますか……」

「それは宮城くん本人が?」

「……はい」

 すると水上は一度思考停止したようにフリーズした。そして表情を変えずにぽつりと言う。

「そうか……意外だったな。てっきりやりまくってるとばかり思っていた」

 なぜみんなそんなことばかりいうのだろう――昂世はそんな気持ちを堪えて言う。

「それ、藤波さんにも言われたんですけど、俺そんな顔してますか?」

「ははは、ごめんごめん。見るからにモテる見た目してるからさ。謝るよ」

 不意にあの少年のような無邪気な笑顔が見えた。その瞬間、自分の顔が一気に赤くなるのがわかった。水上からぱっと顔を背けると同時に、胸を打つ鼓動が早くなるのを感じた。

 ――これは、やっぱり恋なのだろうか。

 恥ずかしいのも、何をしてるのか気になって見てしまうのも。視線がそらせないのも、この人のことが好きだからなのだろうか。

 そうして昂世が視線をちらりと戻ろうとしたときだった。不意にさっきよりも緩んだ胸元が目に入ってしまった。
 途端ふわりと漂ってきたのは、これまで少しも感じていなかったΩの匂いだった。久しぶりに鼻に届いたそれは、下半身を直接刺激するような言葉にならない甘い香りがした。

 ――まずい。

 そう思ったときには、すでに昂世自身は天を仰いでいた。
 ぐっと下着を押し上げ痛いほどに張り上がったそれは、浴衣の上からでもわかるほどだろう。
 思わず隠そうと体の向きを変えるも、こういうときに気付くのがこの人なのだ。

「宮城くん、さすが若いね。疲れマラ?」

 そのストレートな表現に昂世は動揺する。

 ――こ、この人はっ……。

 誰のせいでと複雑な思いでいる中、水上はまるで鼻をかめと言わんばかりに軽く言い放った。

「出しときなよ」

「……へっ?」

 すると気付かない内に近寄っていた水上の手が伸ばされた。骨ばった腕に身体を引き寄せられた瞬間、匂いがぶわっと強くなり、昂世は思わず腰を引いて身を離す。

「えっ?今ですか?大丈夫です!部屋に戻ってから自分で処理するんで――」

「それ……収まるの?」

「…………無理です」

「ふふっ。即答じゃん」

 しょうがないだろう、昂世はそう吹っ切れたくなった。
 とにかく言葉にならないくらい今の状況がやばいのだ。
 浴衣からはちらちらどころか剥き出しの素肌が覗いているし、部屋にはむせかえるほどΩの香りが立ち込めていた。さらに風呂上がりだからなのか、水上の火照った顔はいつもよりも艶っぽく、須藤の眼鏡も相まって直接身体に訴えるなにかがあった。

「思う存分ここで出してから戻りなよ」

「思う存分ってなんですか……」

 そう弱々しく言うと水上は真剣な表情で言った。 

「明日前張りはするけど、そこまで大きくなられると正直邪魔だし剥がれる確率も上がる。まあ明日は俺だからなんと思わないけど、今後濡れ場の相手に対するマナーみたいなものだと思って、前日は必ず空にしといたほうがいいよ」

 大きいし、邪魔。
 
 その言葉にショックを受けるも、水上が言っていることは理解できた。
 恋愛作品は、必ず相手がいるものだ。長い撮影を終えいい作品にするためには、信頼関係を築けるかが非常に大切だと思えた。

「ふ、風呂場借ります」

 昂世はそう言って、そそくさとバスルームへ向かったのだった。


 
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