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4章 近づく心
6 いざ本番 ※
しおりを挟む翌日、ついに撮影本番を迎えたふたりは、浴衣の上に白いバスローブを羽織りそのときが来るのを待っていた。
今日の撮影は、旅館の一部を貸し切って行われていた。現場の部屋に面した廊下に、ふたりは腰かけ待機していた。
迫る時間を前に昂世は緊張を感じながらも、自分がどこか落ち着いていことに気付いた。なぜだろうと考える必要もなく、それは昨日の水上の指導があったからだと思えた。
あの後、昂世はふらふらしながらも無事に部屋に戻り、倒れるように眠った。
ひとりで出す時とはまるで違う幸せな感覚が残ったままで、眠りに落ちるのは心地よかった。実際、朝目覚めた後もその喜びは身体に残っていて、身体も頭も軽くすっきりとしているのに、宙に浮いている心地がした。
だからこうして本人を前にして、あのときを思い出させる甘い香りがしないか、気が気でなかった。
すでに前張りをしてもらっていたので、不意に勃ってしまったらそれは剥がれて現場に迷惑をかけてしまう。
しかし薬を多めに飲んだせいか、となりの水上から香るものはなかった。
ちらりと隣りに座る彼を見ると、いつもと同じように落ち着いた表情を浮かべていた。仕事に向けられた冷静な横顔は、凛々しく格好よく、頼りがいのある先輩のものだった。
「ふたりとも、少しいいですか?」
慌ただしい現場の中で、そう声をかけてきたのは監督の江口だった。
「大丈夫です」
そう答えた水上を前に、笑顔で監督が伝えた内容はとんでもないものだった。
「今回のシーンなんですが、できる限りワンテイクで撮りたいと思っているんです」
「えっ」
昂世が思わず声をあげてしまったのも無理はなかった。
映画の基本は、撮影した複数のカットを組み合わせて仕上げる。だから大抵の撮影では、シーンを短く区切り、同じシーンを別パターンとして、何回もさまざまなカメラで撮影することが多い。その後監督のイメージにあった画を編集して上手く繋げるという訳だ。
今回監督が希望したワンテイクということは、最初から最後まで演技を一度も止めずに撮影するということになる。
確かに、演じる側は流れを止めずに撮影できるので、リアルさを追求したいと言う監督の声は叶うだろう。
ただ失敗すれば最初からやり直しで、イメージと違えば最初から最後まで何回も取り直しとなってしまう。それではフレッシュな演技は完全に失われる。
ということは、監督は失敗なしの一度きりでやれと言っているようなものだった。
絶対無理だ――そう思う昂世の前で、水上は腕を組んでしばし考えた後で言った。
「……かなり厳しいと思いますが、俺たちふたりならきっと監督の欲しいものが撮れると思います」
昂世がその発言に驚き水上を見ると、視線で「大丈夫だろう?」と合図されてしまった。
それはきっと昨日の一件もあったからだろう。ただ水上がそう言うのなら、きっとできる気がした。
「……やります」
それに監督は嬉しそうに礼を言うと、ついに撮影は始まったのだった。
本当に旅館の一室を借りて組まれたその場所は、人ひとりが泊まるのに十分な広さの質素な部屋だった。
ふたりが昨日泊まったような豪華な部屋ではなく、もの悲しさすら感じる淋しい場所。そんな現場を前に、昂世は緊張以上にぞくぞくとした期待を感じていた。
それはこの密やかな場所で、これから自分たちが煌々と輝く生を表現できるという、ある種の喜びだろうか。
沈黙があたりをすっかり包みこんだあと。
監督の合図があって、部屋にふたりがなだれ込むところから撮影は始まった。
まず部屋の入口で水上の身体を抱きしめるように包みながら、リハーサル通りにもつれ合いながら部屋へと向かう。
そして開いた襖の柱に水上の背を押し当て、昨日水上にされたように、こちらから何度も情熱的に口付ける。
角度を変えて、水上が目を閉じ快楽に溺れゆく表情をカメラが撮ったあと。閉ざされた口を舌でこじあけ侵入し中で絡めあい、口全体を齧るように覆う。
それを繰り返すたび、もう一回、もう一回と彼を無意識で求める自分がいることに気付いた。
――まるでこの人の今は自分だけのものだと、身体が言っているみたいだ。
須藤はト書きのとおり、それに対してされるがままだった。
昨日の水上の姿がまるで嘘のようで、処女のように身体を強張らせ必死に愛を受け取ろうとしているように見えた。
その姿を前に、庇護欲のような感情が湧き上がるのを感じ、昂世は自分を落ち着かせる。
――今は優人だ。撮影に集中しろ。
冷静に自分に言い聞かせながら、優人はもう一度壁に須藤の背を押しつけ、口を貪った。そして腰砕けになったところを支えながら、須藤を布団の上へと転がした。
涙目で息も絶え絶えの須藤がこちらを見上げ、弱々しい眼差しを向けた瞬間。すぐさま上に覆い被さり、愛しい眼差しを向けたあとで、また口を再度塞ぐ。
角度を変え、口内すべてを愛するようにまさぐったあと。その延長のように、次は首筋を舐め始める。
『あっ』
そう声が漏れて、須藤がぴくりと身体を反らしたあとは、徐々に愛撫を下へ下へと下ろしていく。
だらしなく肉のついた胸の柔らかさを味わうように舐め、そして、鮮やかに張り上がった乳首を大胆に舌で撫でる。
このときカメラが寄ることがわかっているので、隠さないように面で撫で回すように。
須藤がひん、と声を上げたら舌は腹へ、そして――。
『ま、待って!』
須藤はそう上半身を起こし、手で秘部を隠そうとする。その手を押さえながら、彼の又の間に顔を寄せていく。
カメラがこちらの背中へ回った瞬間――須藤は一瞬ぴくりと痙攣したあとで、優人の頭を気持ちよさそうに触り始める。それを合図に、須藤のものをまるで口淫するかのように、頭を上下に動かした。
『んっ……あぁっ……き、気持ちいい』
須藤はそう言って快楽に翻弄される。今頃は頭を仰け反らせて、両足のつま先をきゅっと縮こめて喘いでいるのだろう。
今はそんな須藤の背中側からカメラが回っているところだ。
昂世は頭を上下に動かしながら、ここまで順調だと思った。
本来、ここで一旦カットがかかるはずだった。しかしその声が聞こえないということは、皆集中してそのことを忘れているのだろう。いいものが撮影できているに違いない。
――あとは、脱力した須藤を再び押し倒し、彼の眼鏡を外してキスだ。
須藤が一度大きく身体を仰け反らせたので、それを合図に優人は上半身を起こした。そして呼吸を乱す須藤の前に覆い被さると、眼鏡を優しく取り背中を布団に転がして、自分は正常位の体勢を取った。
昨日とは逆の立場だった。
須藤が下で、優人が上。昨日自分を押し倒して翻弄した男が、今は別人の顔で目の前にいた。
昨晩の余裕のある笑顔ではなく、とろんとして今にも襲われてしまいそうな須藤に、昂世は自分に言い聞かせた。
――これは演技だ。
水上周が演じている、須藤静河の顔。
そう、いま自分が身体を繋げようとしているのは、水上周ではなく須藤静河なのだ。
その瞬間思ってしまった。
水上周ならこのときどんな表情をするのだろうか、と。
途端、下半身にぴくりと刺激が走り、むくむくと勃ち上がる気配があった。前張りが剥がれそうになり、昂世は必死に水上のことを頭から捨て去ろうとする。
――これは仕事で、抱く演技だ。この人は須藤静河で、水上周ではない。
身体を近づけ、口付けを交わす。同時に自身の股間を須藤の局部に押し当て、腰を振り始める。
前張りをした局部の皮膚が触れ合って、昨晩のような湿った感覚はないことに気付いた。どうやら穴まできちんと塞がれているらしく、愛液は溢れていなかった。
その途端、少しだけ自分が残念に思っていることに気付き戸惑った。
自分も水上もこうしているのは、ひとつの作品のためなのに。昨日だって同じで、彼が応えてくれたのは俺のためじゃくて、この作品のためなのに――。
それでも自分の下で喘ぎ始めた須藤を見ていたら、たまらなく愛しい気持ちがこみ上げた。
まるで自分だけがいま身体を繋げるふりをすることを許されていて。自分だけが、この快楽に溺れる顔を見る権利を与えられているように思えた。
このとき、昂世の中に生まれていたのはひとつの確信だった。
やっぱり自分はこの人のことがたまらなく好きで。この人を尊敬し、心から求めているということだった。
『ゆ、優人』
今にも達しそうな須藤がそう名を呼んだ。
その瞬間昂世は思った。
優人ではなく、昂世と呼ばれたい。
そして、水上周が快楽に溺れる本当の顔がみたい、と。
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