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5章 自覚
2 片鱗
しおりを挟むいよいよ撮影は物語後半に差し掛かっていた。
ゼミ合宿のあの夜。気持ちを伝え合い、お互い好きだとわかった優人と須藤は、日常に戻り再び実験に励みながら卒業論文に着手する。脚本上の季節は秋を迎えており、いよいよ卒業が視野に入ってくる時期だ。
今日の午前はそんなゼミシーンの撮影だった。
教授である室島や藤波の演じる三隅などゼミ生がそろう中、優人は研究の進捗発表を行う。今回は須藤の指導を受けているため、進捗は順調でみんなに優人の頑張りが認められることになる。そこで冬に遠方で行われる学会に参加してみないかと声をかけられるシーンだった。
撮影はスムーズに進み、なんていうことなく終わった。ほっと一息つく昂世に声をかけてきたのは、室島役の加納だった。
「おう座長、元気そうだな」
「はい!本当に皆さんのおかげでここまで来てる感じです」
「それはよかった。最近お前さんの目付きが違うからよ」
そのどちらともとれる不穏な言葉に、昂世は思わず聞く。
「え?それは……褒めてます?」
「……当たり前だろ。前より優人に自信が付いた感じが出ているのが分かる。役の中の優人とお前が同調してるのか、監督の策略通りなのか……。まあいい意味のぎらぎら感が出てきてるってことだ。特に水上を見てる時の視線なんかな。あれは完璧だ」
「う……」
べた褒めされるも、昂世は素直に喜べなかった。実際、須藤を見る視線は意識したものではなかった。
無意識に水上をそんな眼差しで見ていることに気付き、昂世は焦る。加納はそんなことなど知らず、昂世の肩を軽く叩いて言った。
「……褒めてんだよ。前の宿の濡れ場のシーンも、新しい一面が引き出せたってお前のマネージャーが喜んでたしな」
「……そうなんですか?」
「ああ。いい作品に巡り合えてよかったな」
それは完全に加納の言う通りだった。
この撮影に呼ばれたおかげで、自分がどれだけこの場で学びたくさんのものを得ただろうか。昂世は思わず笑顔で頷いた。
「そうですね。この現場は本当に新しいことばかりで……いい学びの場になりました。もちろん、いい先輩にも恵まれましたし」
「おっ俺も含めてくれてんのか?それはありがとよ」
はつらつと笑う加納と別れ、その日の撮影は無事終了――それが当初の予定だった。
しかし控室に戻り波多野に告げられたのは、これから急遽移動して、午後からスタジオでの撮影をするとのことだった。
「昂世、大変だが急遽変更が決まったんだ。大丈夫か?」
「俺は全然大丈夫ですけど……どうしてこんな急に」
「水上さん側からの要望らしい」
――また急な仕事が決まったのだろうか。
昂世はそう思いながら頷いた。
「……ならしょうがないですね。で、どのシーンを撮るんですか?」
「それがさ、来週撮る予定だったあの優人の部屋のシーンなんだ」
そう言われた昂世は、密かに喜びが燃え上がるのを感じた。というのも優人の部屋のシーンは、久しぶりの全裸でのラブシーンだったからだ。
シナリオでは、優人は学会を視野に入れると同時に、いよいよ卒業というわかりきった別れが見えてきていることに気付く。それは須藤にとっても同じで、そんなふたりは時間を惜しむように身体を貪り合って、誰もいない研究室やホテルでもことを成すのだ。
それら短いシーンは着衣のまま腰をふったり、抱き合って無数の口づけを交わすような短いカットばかりだった。だからこれから撮影するシーンは、久しぶりに全裸で行われる濡れ場で――昂世はどれだけこの日が来ることを待ち望んでいただろう。
今回の撮影は前回と異なり、すっかり愛の行為に手慣れた優人と、心を完全に開いて甘い顔をする須藤のカットをじっくり撮影するのだ。
――あの人と、また肌を触れ合うことができる。
しかも今度はふたりの互いへの愛が溢れるような、とびっきり甘いシーンだ。それを思うと、優人を羨ましいと思いながらも楽しみで身体が震えた。
あの初めての濡れ場を撮影して以来、昂世の身体はどこかおかしかった。不意に水上のあられもない姿を思い出すことも多く、毎晩自分を慰めるほどだった。
「よし、昂世。ハードだが、今日は最後まで乗り切ろう」
「……はい!任せてください」
ふたりは控室から次のスタジオへと移動を始めた。その後ろ姿を、帰り支度をした藤波と加納が見つめていた。
「宮城くん――ていうか優人ですかね?最近すっかり垢ぬけましたね」
藤波の言葉に、加納は静かに頷いた。
「……そうだな。お前も気付いたか。最近はまとうものが見るからに変わった」
「やっぱりですか?前よりも芯の強さというか……野生の獣みたいな、言葉では表現できない鋭い感じがしてきましたよね。これからの厳しい現実を突きつけられる優人に、本当にぴったりじゃないですか!」
その言葉に加納は答えなかった。
「……先輩?」
「……いや、なんでもない。さ、俺たちは帰るぞ」
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