【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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5章 自覚

4 葛藤

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 水上がバスローブをまとったまま控室に戻って数分後。ノックをして部屋に入ってきたのはマネージャーの大森だった。彼は水上に詰め寄ると、開口一番にこう言った。
 
「周…………最近大丈夫か?」

 その心配しながらもどこかいぶかしむ様子の声色に、水上は思わず返す。

「突然どうしたんだ?」

「突然も何も、お前……顔がいつもとまるで違うぞ。それで本当に大丈夫なのか?」

 そう静かに追及され、水上は何を言われているのか理解した。一瞬返答に困った後でこう口を開く。

「はは。そりゃあ役が役だからね。俺からこれまで感じたこともない、中谷優人の人生を惑わすような色気が出てるってことだろう?それなら別にいいじゃないか。役者冥利に尽きるね」

「……でも!あいつは絶対にαだぞ。もしものことがあったら……どうするつもりなんだ」

 声を荒らげる大森に向けて、水上は無言で視線だけ返しながら思った。

 ――そんなこと、言われなくてもわかりきっている。

 宮城昂世がまとう無言の圧力のような、独特な空気。それは人間界の頂点に君臨するαが発するものであり、自分たちΩを肉体的に屈する者の持つ特別なオーラだった。
 水上はそれを以前にも感じたことがあった。とある大御所歌謡曲歌手とすれ違った時、自然と頭を下げて思わずそこにひれ伏しかねない、強力な存在感を感じた記憶があった。
 それと比べると、宮城昂世はまだまだ未熟だった。しかしいつか大きな輝きを放つ原石であることに変わりはないと思えた。

 ――だからだろうか。

 確かに、心のどこかでその片鱗を期待している自分がいるのは事実だった。
 華やかな見た目とは異なり、普段は穏やかでおとなしい性格の宮城昂世。そんな彼と共に仕事をするにつれ、小さな期待は無意識のうちに徐々に大きくなりつつあった。
 演技の指導やなんてことない話をするとき彼の見せる笑顔よりも――動物的な激しい感情を見せる瞬間を、今か今かと求めている自分がいた。

「大森、大丈夫だ。お前は心配しすぎだよ。もう何度も彼とは身体を近づけた。君も知ってるだろう?濡れ場は今回でもう二度目だけど、お互い一度もそうはならなかった。……そもそも俺の身体は発情しないし、彼もきちんと薬で抑えている。だから仕事上なんの問題もないし、もし俺が彼に噛まれたとしても番にはならないから安心してくれ」

 そう言いながら、まるで自分に言い聞かせているみたいだと水上は自分を笑った。
 αとΩ。理性で制御することのできない、本能的な衝動を秘めたふたり。本性を互いに薬で抑えながら、この社会の中で生きる姿はなんて滑稽なのだろう。
 ただ、自分たちがそこまでして仕事をする価値がこの映画にはあった。監督の思い描く映像は、きっと本能レベルの何かが求められていると思えた。
 男同士という性別を超えた愛を育む優人と須藤のあいだには、本能にあらがおうと苦悩する表情が尽きない。それは引き寄せ合うαとΩ同士が、必死に抵抗する今の自分たちとまるで同じのように思えた。
 大森は考え込んだあとで、震える声で言った。

「だけど、その「もし」が起きてしまったらどうする?お前の俳優人生は一貫の終わりだぞ……!」

「お前はそう思うか?」

「ああ。水上周にはΩのレッテルが貼られて、今後そういう役しか来ないかもしれない。それはお前が昔一番嫌だったことじゃないか!」

 水上は黙った。
 確かに大森の言う通りだった。Ωとして機能不全でありながらもΩそのものの中性的な見た目に、若き日の自分がどれだけ悩まされただろう。
 Ωへ向けられる好奇な視線から逃げるために、姉の応募したオーディションに参加したのは必然だったとも思えた。
 芸能界に行けば、今の自分ではない誰かになれる気がした。当時の自分は、たとえ一瞬でもΩのこの身体から逃れたかったのだ。

「周……お前はΩから逃げるためにこの世界に入って俳優になったんだろう?もうお前はアドラープロモーションの看板なんだ。自分で築いてきたものを、今さらすべて壊すっていうのか?」

 大森の言葉は、あまりにも正論だった。
 ジェンダーレスをうたい寛容になりつつあるこの世界でも、何かあればスキャンダラスに取り上げられるのは常だった。特にこれまで不祥事を起こしたことのない自分と、若手で一番勢いがあると言われている宮城昂世だ。互いに大きな影響は避けられないだろう。
 もちろん、水上はそれを頭ではきちんと理解していた。しかし同時にそれ以上に身体から伝わる強い衝動も感じていた。

「……最近、考えるんだ。宮城くんに身体を触れられて、覆い被さられていると……この子とならって」

「周!」

「あの子がいると、あの子に近づくと俺は少しだけど濡れるんだ。身体が反応していることがわかる。α

 今も、後ろの穴から流れる液は止まっていなかった。椅子の座面がじっとりと濡れたままだった。

「――そうして自分の嫌いだったものに戻っていくのが分かっているのに、あの子に反応している自分が特別に思えて嬉しくなるんだ。αの彼にあんな顔をさせてるΩの自分を、前より好きになれそうなんだ」

 そう言うと、大森は唖然として言葉を失ったように見えた。彼は下を向いてしばらく沈黙した後で、絞り出すように口を開いた。

「周…………お前があいつの人生を壊すかもしれないんだぞ」

 その痛烈な言葉にも、今の水上は容易く返すことができた。

「……駄目だな俺は。あの子を独り占めできるならそれでもいいと、最近思ってしまうんだ」

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