【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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5章 自覚

5 内なる声 ※

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 こんなにも映画撮影はハードなのか――そう昂世が思うほど、厳しいシーンの撮影は続いていた。
 ロケはもちろん後半につれて増えていく台詞量に圧倒されながら、なんとかついて行っているようなものだった。
 また想像以上に精神的な負担を感じていたのは、物語が終盤に近づいているからだと思えた。幸せな日常が徐々に終わりを迎えようとしている雰囲気に、役とはいえ気持ちが落ちていくのもしょうがない。

 ――これじゃあ、同時並行は絶対に無理だ。

 昂世はほかの映像の仕事をセーブしてくれた波多野に感謝しながら、ひとり水上の凄さを痛感していた。
 彼も主演であるとともに、後半からは激しく息切れするようなシーンも続く。肉体的にも負担がかかる中で他の撮影も同時にこなしていたら、調子を崩しても訳はないと思えた。
 今日はそんな彼と久しぶりに身体を触れる撮影だった。

 いよいよ終わりに向けて動き始めた物語は、優人と須藤の歯車が少しずつずれるところから始まる。
 大学四年の冬を迎え、卒業論文も問題なく書き終える目途がついた頃。優人はあと数か月で自分は卒業し、親元に帰らなけらばならないという現実に気付く。
 同時に須藤も自分のとある問題でひとり傷つき優人の前に現れる。その今にも消えてしまいそうな姿を見た優人は思うのだ。
 この人を助けてあげたい、守ってあげたい、と。
 しかし優人はそこで自分の力のなさに直面してしまう。何もできない学生の身分であることを痛感しながら、かといって辛いことがあった須藤をそのまま放ってはおけない。
 須藤のことが好きで大切でたまらない優人は、存在を肯定するように須藤が求めるまま激しく抱くのだ。
 この人を幸せにすることができないとわかっていながら、それでもこの人を幸せにできるのは自分しかいないと葛藤しながら――まるでこの人は自分のものだと主張するように。
 それが今回昂世に告げられた監督からの要望であり、課題だった。

「……ふぅ」

 撮影直前のスタジオには、一発撮り前のあの妙な緊張感が漂っていた。複雑なカメラワークの確認に皆がどたばたする中、昂世は「優人の部屋」の脇でそのときが来るのを待っていた。
 するとセットの反対側に水上の姿が見えた。
 その様子に昂世は驚いた。遠目で見ても青白くて血色がなく、表情も徹夜したようにやつれた有様だった。
 思わず駆け出してしまいたい衝動に駆られるも、脇でメイクさんが動き回る姿が見えて思いとどまる。どうやらこのシーンのための水上の役作りと、メイクさんの力によるものらしい。確かにそれはシーン通りだったので、昂世はひとまず安心した。
 もうひとつ、今回の撮影で抱いていた心配事――前回の濡れ場で水上から漂ってきたΩの甘い香りもまったく感じなかった。本能を刺激するあの匂い対策としてすでに多めに薬を飲んでいたからだろうか。それとも前回が特別に甘々のラブラブシーンだったからだろうか。

 ――気持ちに呼応するように体が反応してしまったのかもしれない。

 自分の腕の中で笑う水上が好きすぎて、かすかな匂いにも敏感に反応してしまったかもしれない。
 そうして不意に水上のあの股を濡らした姿を思い出した。しかし一瞬であれはたまたまだろうと思う。こちらのことを好きで意識してくれたからではない。

 ――プロ意識の高い水上さんだ。きっと今日は対策しているはず。
 
 昂世がそう思うのとほぼ同時だった。助監督から声がかけられ、ついに撮影は始まった。

 優人はワンルームの外で物音を感じる。
 同じ階の酔っ払いがまた部屋を間違ったのか、そう思い扉をおそるおそる開けると、そこにいるのは須藤だ。
 見るからにやつれて、何かにすがらなけらば生きていられないような、そんな様子の須藤をすぐに部屋に導く。

『須藤さん……何があったんです――んっ』

 言葉を遮るように、須藤に口付けをされる。
 そして初めて旅館でしたときのように、まるで本能のままに貪り合い激しく何度も交わしたあと。須藤が自ら服を脱ぎ始めるので、優人も呆然としながら同じようにする。
 こんなに積極的な――どちらかというと投げやりな須藤を前に優人は困惑する。しかし彼が深い傷を負っていることを察した優人は、須藤の求めるままに白い裸体の上に乗る。
 腕を押さえて、全身へくまなく愛撫を始める。この人をこうして喜ばせてあげられるのは自分だけ、そう思いながら。
 そして首筋から胸、ぷっくりと腫れあがった乳首にむしゃぶりつくも、同時に昂世は股間に激しい痛みを感じてしまった。
 どうやら自分自身が前張りの中で膨らみ初めたらしい。

 ――……仕事だ。

 そう自分に言い聞かせるも、今回ばかりは難しかった。
 それは愛しい人の乳首そのものを口に含んでいる事実と、須藤が自分の与える快感にこれまで見たことのないほど激しく身を委ねていたからだった。

『んっ……あんっ……あぁっ』

 そんな卑猥な嬌声に、演技とはいえ今の昂世が反応してしまうのはどうしようもなかった。
 また今回これまでとどこか様子が違ったのは、須藤の感じる演技が力強いことだった。
 舌を身体に這わせるたび――。

『ひゃんっ』

 と声を上げてびくんと腰をのけぞらせて喜ぶのだ。それに思わずこちらが抑え込む力を強くすると、須藤も背中にくいこませた手の力を強くする。
 まるで早く来て、と全身が叫んでいるように。
 だからこのときまで、昂世は水上の様子がいつもと違うことを確かに感じていた。以前も体調不良と言っていたし、大丈夫かとひそかに心配していた。
 それでも演技を続けたのは、水上のこの作品に対する情熱を昂世も理解し、共感していたからだった。

 ひととおりの愛撫が終わり、最後の対面座位のシーンだった。

 ――あとは口付けを交わしながら……もう少しだ。

 そう安心しながら、優人が須藤を足の上に迎え入れようとしたそのときだった。昂世の腿に再びとろりと液体が垂れた。

「……っ」

 思わず顔に出そうになるも、何とか堪えて腕に須藤を優しく抱きかかえる。顔は見えなかったものの、座った状態で腕を背中にゆっくりと回した途端、須藤はぴくりと身体を震わせた。

 ――ここをこらえれば終わりだ。

 あとは全身で、須藤を大切に思うも助けてあげられない優人の歯がゆい思いを表現して終わりだった。ぎゅっと抱きしめながら、腰を数回動かすだけ。
 なのに、なんと水上は濡れそぼった自分の秘孔を優人の股間にぐりぐりと押し付けてきたのだった。まだ撮影中であり、これから激しくそこを動かさなければならないのに――。

 ぶちゅ、ぐちょ、ぐちゅ、ぶちょ。

 股間が当たるたび鳴ってしまう卑猥な音と、水上から出た愛液でそうなっているという事実が、昂世を次第に朦朧とさせた。
 同時に前張り越しに感じる直接的な快感に、昂世は耐えられなくなり思わず耳元で訴えた。

「……んっ……み、水上さん……」

 しかしそれは彼の耳に届いていなかった。
 だからようやくカットがかかったときには、昂世の中ですでに何かが壊れてしまっていたのだろう。

〈――犯せ〉

 ぼんやりと熱に浮かされた頭で響き渡ったのは、恐れていたあの声だった。
 その束の間、強烈なΩの香りが水上からぶわりと広がった。脳内を殴られるほどの衝撃を受けながらも、昂世は瞬時に呼吸を止めて冷静を装いながら叫ぶ。

「――すみません!水上さん体調悪そうです!」

 そうして脇から駆け寄ってくるスタッフの姿を確認した後、昂世はなんとかスタジオの端へと移動しバスローブを羽織り駆け出した。
 その間も脳内に絶えず響いていたのはあの声だった。

〈犯せ〉

〈早く種を付けろ〉

 ――やめろ。

〈穴がお前を求めていた〉

〈次は必ずものにする〉

 ――……やめてくれ。

〈俺のΩ〉

〈俺の愛しいあの人〉

〈俺の番うべき――俺の運命〉

 内なる声と止まない耳鳴りと同時に、鼓動の音までもが自分にこう訴えていた――水上周が自分の運命だ、と。

 昂世は楽屋に駆け込み、自分の鞄から緊急特効薬を取り出して腕に注射した。

 ――静まれ、静まれ、静まれ。

 ものの数秒後、響いていた声は跡形もなく消え去った。そして沈黙の空間に残されたのは、自分と向き合わざるをえなくなった昂世だけになった。
 静まり返った控室で、ひとり椅子に腰掛ける。そして額に汗をにじませながら呆然と天を仰いだ。

 ――身体は、全身であの人が運命であると告げていた。運命。それはあの人とこうなることは決まっていたということ?

 その事実は一瞬だけ昂世を喜ばせた。しかしすぐに彼をどん底に突き落とした。

 ――違う。違うだろう。

 あの人を好きになったのは、一緒にすごして心が動かされたからだ。
 仕事に情熱を注いでいて、面倒見がよくて。ほかには誠実で、食べることが好きな可愛いところもあって。
 そんなあの人を俺は心から望んでいる。αだからΩのあの人を好きになった訳ではない――そう思っていたのに。

 運命とは一体どういうことだろう。
 
 俺はまたαに――変えられないこの身体に。
 知らないうちに翻弄され、気付かぬうちに心までも乗っ取られていたのだろうか。

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