28 / 51
5章 自覚
5 内なる声 ※
しおりを挟むこんなにも映画撮影はハードなのか――そう昂世が思うほど、厳しいシーンの撮影は続いていた。
ロケはもちろん後半につれて増えていく台詞量に圧倒されながら、なんとかついて行っているようなものだった。
また想像以上に精神的な負担を感じていたのは、物語が終盤に近づいているからだと思えた。幸せな日常が徐々に終わりを迎えようとしている雰囲気に、役とはいえ気持ちが落ちていくのもしょうがない。
――これじゃあ、同時並行は絶対に無理だ。
昂世はほかの映像の仕事をセーブしてくれた波多野に感謝しながら、ひとり水上の凄さを痛感していた。
彼も主演であるとともに、後半からは激しく息切れするようなシーンも続く。肉体的にも負担がかかる中で他の撮影も同時にこなしていたら、調子を崩しても訳はないと思えた。
今日はそんな彼と久しぶりに身体を触れる撮影だった。
いよいよ終わりに向けて動き始めた物語は、優人と須藤の歯車が少しずつずれるところから始まる。
大学四年の冬を迎え、卒業論文も問題なく書き終える目途がついた頃。優人はあと数か月で自分は卒業し、親元に帰らなけらばならないという現実に気付く。
同時に須藤も自分のとある問題でひとり傷つき優人の前に現れる。その今にも消えてしまいそうな姿を見た優人は思うのだ。
この人を助けてあげたい、守ってあげたい、と。
しかし優人はそこで自分の力のなさに直面してしまう。何もできない学生の身分であることを痛感しながら、かといって辛いことがあった須藤をそのまま放ってはおけない。
須藤のことが好きで大切でたまらない優人は、存在を肯定するように須藤が求めるまま激しく抱くのだ。
この人を幸せにすることができないとわかっていながら、それでもこの人を幸せにできるのは自分しかいないと葛藤しながら――まるでこの人は自分のものだと主張するように。
それが今回昂世に告げられた監督からの要望であり、課題だった。
「……ふぅ」
撮影直前のスタジオには、一発撮り前のあの妙な緊張感が漂っていた。複雑なカメラワークの確認に皆がどたばたする中、昂世は「優人の部屋」の脇でそのときが来るのを待っていた。
するとセットの反対側に水上の姿が見えた。
その様子に昂世は驚いた。遠目で見ても青白くて血色がなく、表情も徹夜したようにやつれた有様だった。
思わず駆け出してしまいたい衝動に駆られるも、脇でメイクさんが動き回る姿が見えて思いとどまる。どうやらこのシーンのための水上の役作りと、メイクさんの力によるものらしい。確かにそれはシーン通りだったので、昂世はひとまず安心した。
もうひとつ、今回の撮影で抱いていた心配事――前回の濡れ場で水上から漂ってきたΩの甘い香りもまったく感じなかった。本能を刺激するあの匂い対策としてすでに多めに薬を飲んでいたからだろうか。それとも前回が特別に甘々のラブラブシーンだったからだろうか。
――気持ちに呼応するように体が反応してしまったのかもしれない。
自分の腕の中で笑う水上が好きすぎて、かすかな匂いにも敏感に反応してしまったかもしれない。
そうして不意に水上のあの股を濡らした姿を思い出した。しかし一瞬であれはたまたまだろうと思う。こちらのことを好きで意識してくれたからではない。
――プロ意識の高い水上さんだ。きっと今日は対策しているはず。
昂世がそう思うのとほぼ同時だった。助監督から声がかけられ、ついに撮影は始まった。
優人はワンルームの外で物音を感じる。
同じ階の酔っ払いがまた部屋を間違ったのか、そう思い扉をおそるおそる開けると、そこにいるのは須藤だ。
見るからにやつれて、何かにすがらなけらば生きていられないような、そんな様子の須藤をすぐに部屋に導く。
『須藤さん……何があったんです――んっ』
言葉を遮るように、須藤に口付けをされる。
そして初めて旅館でしたときのように、まるで本能のままに貪り合い激しく何度も交わしたあと。須藤が自ら服を脱ぎ始めるので、優人も呆然としながら同じようにする。
こんなに積極的な――どちらかというと投げやりな須藤を前に優人は困惑する。しかし彼が深い傷を負っていることを察した優人は、須藤の求めるままに白い裸体の上に乗る。
腕を押さえて、全身へくまなく愛撫を始める。この人をこうして喜ばせてあげられるのは自分だけ、そう思いながら。
そして首筋から胸、ぷっくりと腫れあがった乳首にむしゃぶりつくも、同時に昂世は股間に激しい痛みを感じてしまった。
どうやら自分自身が前張りの中で膨らみ初めたらしい。
――……仕事だ。
そう自分に言い聞かせるも、今回ばかりは難しかった。
それは愛しい人の乳首そのものを口に含んでいる事実と、須藤が自分の与える快感にこれまで見たことのないほど激しく身を委ねていたからだった。
『んっ……あんっ……あぁっ』
そんな卑猥な嬌声に、演技とはいえ今の昂世が反応してしまうのはどうしようもなかった。
また今回これまでとどこか様子が違ったのは、須藤の感じる演技が力強いことだった。
舌を身体に這わせるたび――。
『ひゃんっ』
と声を上げてびくんと腰をのけぞらせて喜ぶのだ。それに思わずこちらが抑え込む力を強くすると、須藤も背中にくいこませた手の力を強くする。
まるで早く来て、と全身が叫んでいるように。
だからこのときまで、昂世は水上の様子がいつもと違うことを確かに感じていた。以前も体調不良と言っていたし、大丈夫かとひそかに心配していた。
それでも演技を続けたのは、水上のこの作品に対する情熱を昂世も理解し、共感していたからだった。
ひととおりの愛撫が終わり、最後の対面座位のシーンだった。
――あとは口付けを交わしながら……もう少しだ。
そう安心しながら、優人が須藤を足の上に迎え入れようとしたそのときだった。昂世の腿に再びとろりと液体が垂れた。
「……っ」
思わず顔に出そうになるも、何とか堪えて腕に須藤を優しく抱きかかえる。顔は見えなかったものの、座った状態で腕を背中にゆっくりと回した途端、須藤はぴくりと身体を震わせた。
――ここをこらえれば終わりだ。
あとは全身で、須藤を大切に思うも助けてあげられない優人の歯がゆい思いを表現して終わりだった。ぎゅっと抱きしめながら、腰を数回動かすだけ。
なのに、なんと水上は濡れそぼった自分の秘孔を優人の股間にぐりぐりと押し付けてきたのだった。まだ撮影中であり、これから激しくそこを動かさなければならないのに――。
ぶちゅ、ぐちょ、ぐちゅ、ぶちょ。
股間が当たるたび鳴ってしまう卑猥な音と、水上から出た愛液でそうなっているという事実が、昂世を次第に朦朧とさせた。
同時に前張り越しに感じる直接的な快感に、昂世は耐えられなくなり思わず耳元で訴えた。
「……んっ……み、水上さん……」
しかしそれは彼の耳に届いていなかった。
だからようやくカットがかかったときには、昂世の中ですでに何かが壊れてしまっていたのだろう。
〈――犯せ〉
ぼんやりと熱に浮かされた頭で響き渡ったのは、恐れていたあの声だった。
その束の間、強烈なΩの香りが水上からぶわりと広がった。脳内を殴られるほどの衝撃を受けながらも、昂世は瞬時に呼吸を止めて冷静を装いながら叫ぶ。
「――すみません!水上さん体調悪そうです!」
そうして脇から駆け寄ってくるスタッフの姿を確認した後、昂世はなんとかスタジオの端へと移動しバスローブを羽織り駆け出した。
その間も脳内に絶えず響いていたのはあの声だった。
〈犯せ〉
〈早く種を付けろ〉
――やめろ。
〈穴がお前を求めていた〉
〈次は必ずものにする〉
――……やめてくれ。
〈俺のΩ〉
〈俺の愛しいあの人〉
〈俺の番うべき――俺の運命〉
内なる声と止まない耳鳴りと同時に、鼓動の音までもが自分にこう訴えていた――水上周が自分の運命だ、と。
昂世は楽屋に駆け込み、自分の鞄から緊急特効薬を取り出して腕に注射した。
――静まれ、静まれ、静まれ。
ものの数秒後、響いていた声は跡形もなく消え去った。そして沈黙の空間に残されたのは、自分と向き合わざるをえなくなった昂世だけになった。
静まり返った控室で、ひとり椅子に腰掛ける。そして額に汗をにじませながら呆然と天を仰いだ。
――身体は、全身であの人が運命であると告げていた。運命。それはあの人とこうなることは決まっていたということ?
その事実は一瞬だけ昂世を喜ばせた。しかしすぐに彼をどん底に突き落とした。
――違う。違うだろう。
あの人を好きになったのは、一緒にすごして心が動かされたからだ。
仕事に情熱を注いでいて、面倒見がよくて。ほかには誠実で、食べることが好きな可愛いところもあって。
そんなあの人を俺は心から望んでいる。αだからΩのあの人を好きになった訳ではない――そう思っていたのに。
運命とは一体どういうことだろう。
俺はまたαに――変えられないこの身体に。
知らないうちに翻弄され、気付かぬうちに心までも乗っ取られていたのだろうか。
41
あなたにおすすめの小説
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
箱入りオメガの受難
おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。
元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。
ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰?
不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。
現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
αが離してくれない
雪兎
BL
運命の番じゃないのに、αの彼は僕を離さない――。
Ωとして生まれた僕は、発情期を抑える薬を使いながら、普通の生活を目指していた。
でもある日、隣の席の無口なαが、僕の香りに気づいてしまって……。
これは、番じゃないふたりの、近すぎる距離で始まる、運命から少しはずれた恋の話。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
あまく、とろけて、開くオメガ
藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。
北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。
ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。
出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。
優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。
勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ──
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。
秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。
番じゃない僕らの恋~俺の唯一だった君~
伊織
BL
高校1年生の蓮(れん)は、成績優秀で運動神経も抜群なアルファ。
誰よりも大切に想っているのは、幼い頃からずっとそばにいた幼なじみのオメガ・陽(ひなた)だった。
初めての発情期(ヒート)──それは、蓮と陽の関係を静かに、でも確実に変えていく。
「陽が、知らない誰かに抱かれるのは嫌だ」
その言葉をきっかけに、陽は蓮だけに身体を預けるようになる。
まだ番にはなれない年齢のふたり。
触れ合えば触れ合うほど、高まる独占欲と焦燥、そして不安。
ただ一緒にいられる今を、大切に過ごしていた。
けれど、優しくあるはずのこの世界は、オメガである陽に静かな圧力を与えていく。
気づけば、陽が少しずつ遠ざかっていく。
守りたくても守りきれない。
アルファであるはずの自分の無力さに、蓮は打ちのめされていく。
番じゃない。
それでも本気で求め合った、たったひとつの恋。
これは、ひとりのアルファが、
大切なオメガを想い続ける、切なくて愛しい学園オメガバース・ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる