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6章 運命を前に
1 魂の番
しおりを挟むあのあとの事は、昂世の記憶にあまり残っていなかった。映像が問題なく使えると監督から判断があり、撮影が終わってすぐに帰ったことくらいだろうか。
ただ数日後、マネージャーの波多野経由でスケジュールの変更が通知された。公には水上の体調不良が理由とのことだった。
あの日以来どこかぼんやりとしていた昂世は、それを聞いた瞬間、思わずあの現場にいたαの波多野にこう確認してしまった。
「波多野さんも……あの日気付きましたか?」
あれだけ強いΩの香りだ。現場にいる人皆が感じていてもおかしくはなかった。
しかし波多野の答えは的を得ていなかった。
「え?水上周の不調の理由?働きすぎじゃないのか?」
そう言われ、波多野が自らαであってβみたいなもの、と言ってたことを思い出した。
「――なら、他の人達はなんて言ってましたか?」
「他の人達?ああ、水上周が倒れてお前が叫んだときは、皆何があったのかって動揺してたけど……あれだけ忙しい人だからしょうがないっていう感じじゃないか?皆同情してるよ」
その返答に、どうやらあの強烈なΩの匂いはβの皆に届いていないらしい。あれだけ強いものならば、αだけでなくβも少しはあてられてるはずなのに。
途端、昂世はあの内なる声を思い出した。
〈俺の運命〉
――あの声は運命って言ってたけど……まさか。
思い付いたのは、人と人との運命的な繋がりを示す都市伝説レベルの言葉「魂の番」だった。αとΩが互いに一目見た瞬間に相思相愛になるという、にわかには信じられない話だ。
ただ初めて水上とすれ違ったあのとき。強く響いた声と匂いがそうだというのなら。「魂の番」は本当に存在していて、フェロモンが自分だけに作用したのも、そういうことかもしれなかった。
昂世は、仕事の合間に少し調べてみることにした。今日は雑誌の撮影やインタビューが多かったので、その待ち時間にスマホで十分調べられると思ったのだ。
するとどうやら「魂の番」は伝説ではなく、確かに存在することが明らかになった。
どちらかというと伝承というよりは医学的な話だった。
Ωの放つフェロモンの化合物の構造と、それを受容するαの受容体の構造が百パーセント合致する――そんな極めて稀な状況を指すらしい。
元はと言えばフェロモンは生物学上遺伝的に遠いものと交配するための仕組みで、この「魂の番」もその一部らしい。しかしあまりに巡り合う確率が低いため、伝説のように語られているとのことだ。
検索して辿り着いた論文によると、確かにこの世に数組は存在していて、番うことによる身体的なメリットは絶大だそうだ。
――精神安定、肉体的機能亢進……あの人と俺は、これなのかもしれない。
触れ合うたび互いの身体が反応し求めあって、最終的に薬では抑えきれないまでになった。結果的に水上はヒートのような状態になり、自分もそれに引きずられてしまった。
あのときのことを思い出すと、今でも胸が疼き、股間がひとりでに反応した。
あの濡れた前張りの奥の、満たされることを待つ穴にいれたい。そして早くあの人と繋がりたい――まるで身体があの人を呼んでいるように思えた。
しかしそんな身体の歓喜の声に対して、心はぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
冷静な思考は熱くなる身体とは対照的に、冷ややかに現実を突きつけた。
水上がああやって濡れるのも、自分がαだからだ。そして遺伝子で決められた運命の相手「魂の番」だからであって、心から好きだからではない。
あの人に名前で呼んでもらって、あの人に心から大切だと言われたい。そんなささやかな願いは、自分自身に真っ向から否定されてしまったのだ。
翌日、急遽別シーンの撮影とのことで、とある居酒屋の広間でゼミ飲み会の撮影が行われた。将来のことについて同期の三隅に渋々話すシーンなので、隣りには藤波がいて同じ現場には加納もいた。
「宮城くん、最近大丈夫?」
藤波に心配そうに声をかけられ、昂世は思わず数刻前のリテイクの嵐を思い出して謝る。
「……すみません、ご迷惑おかけして」
「何言ってんの!水上さんも体調不良みたいだけど、宮城くんも大概だよ。顔色悪すぎ」
「そうですか?」
――確かに、最近メイクさんにいろいろと塗られてる気がする。
以前よりも入念に仕上げられてるのは、周りからそういう風に見えているのだろうか。
そういえばあの日以来頭はぼんやりとしていて、身体はだるく外見まであまり気が回っていなかった。
昂世がそう思っていたとき、後ろから声が飛んできた。
「――何かが足りないんだろうよ」
突然割り込んできたのは、次のシーンで絡みのある室島役の加納だった。
「先輩。いまの宮城くんに足りないものだと……休息?それともリフレッシュ……とか?」
「……同じじゃねえか」
加納の静かなつっこみに思わず昂世は笑う。
「はは……確かに足りないかもしれません」
そうごまかしながらも、自分ではとっくにわかっていた。
ぽっかりと空いてしまっているのは心の穴だ。
これを埋められるのは、きっとこの穴を開けた水上周以外にありえない、昂世はそうひとり確信していた。
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