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6章 運命を前に
4 Ωの人生
しおりを挟む数日前に採血した血液検査の結果が出たとのことで、水上と大森は特別診察室で医師との面談を受けることになっていた。
医師が現れ、大きなモニターに表を示しながら語り始める。
「――おまたせしました。水上様の今回の結果からですね、簡潔に申し上げますといわゆる『魂の番』との接触が明らかとなりました」
途端、隣りの大森が息を飲んだ気配を感じた。医師は続ける。
「これまで水上様は、Ωによる身体的特徴が顕在しなかったとのことですが、特異的なαとの接触により、Ωの機能が誘発されたようです。こちらを見て下さい。血液中の成分組成が大きく異なっています。これまで非常にβに近い状態だったものが――このように、完全にΩの組成へと変化しています。これは驚くべき結果です」
その結果を聞きながら、水上は自分がこれまで感じていた身体の変化が腑に落ちた。
指先から頭のてっぺんまで、宮城昂世を求めるように変わってしまった身体。
全身は触れられた途端に電流が走ったように鳥肌が立ち、そこが熱を持って喜びに震える。同時にこれまで少しも生殖器として機能していなかった後ろが、柔らかく緩んでくぱくぱとひとりでに口を開き始める。しまいにははやく、はやくと自分を満たしてくれるものを急かすように、涎を流し始めるのだ。
そんなあられもない変化をもたらした宮城昂世が『魂の番』である――その納得と同時に、未だ信じられないという驚きもあった。
――まさか自分にそんな人が現れるなんて。
水上は想像もしていなかった。Ωのまま生きなくてはいけない人生から逃れて、現実から目をそらすようにこの業界に入ったようなものだったのに。こんなところで運命の相手に出会えるなんて。
宮城昂世の存在は、ようやく本当の自分を肯定されたように思えた。
「魂の番」という存在は、出会えた瞬間相思相愛となることが分かり、一生幸せとなるという、迷信にすぎない。
Ωにとって「目の前にぶらさげた人参」のような、かすかな希望だ。そんな奇跡じみた存在が、本当に身体はもちろん心までも満たしてくれるとは――。
「すみません。俺はβなのであまりわからないのですが、水上の身体はまだヒートのような状態が続いているのでしょうか?」
大森の問いに医師は丁寧に答える。
「外に対する誘発作用――すなわちフェロモンに関しては、すでに止まっており影響はありません。ただ、該当のαの存在を感じた場合、薬で抑制していても誘発される可能性はあるでしょう。また回数を重ねるにつれその影響は大きくなると思われます。水上さんの症状は――今も身体に熱っぽさを感じていると思いますが、それはαの方と番うまで続く慢性的な症状となります」
ということはあと一回残っている最期の濡れ場のシーンで、この身体は再び燃え上がるような熱を感じ宮城昂世を全身で誘うということだ。
互いに正気を保っていられるか心配だったが、逆にそれがちょうどいい映像になるのでは――そう思っている自分がいることに気付き、水上は苦笑する。
「特別な職業ですから事情がお有りと思います。しかし、この状態になったΩにとって身体への負担は大変大きい。万が一似たフェロモンの受容体を持つαが近くにいた場合は、襲われる危険もございます。お相手が近くにいらっしゃる場合は、ぜひ番うこともご検討下さい」
「それは無理――」
「わかりました」
「周!?」
驚いたのはマネージャーの大森だけでなく、医師も同じように見えた。水上と大森、ふたりの意見がまるっきり異なった姿を前に、医師はごほんとひとつ息を吐きこう言った。
「……水上さん、今すぐに決める必要はありません。ただΩである水上さんのご負担を考えますと、なるべく早くお決めになることをおすすめします。会社とお相手とよくご相談してお決め下さい。今後も接触が続くとのことですので、強めの抑制剤をお出ししておきます」
薬を受け取って送迎車に乗り込んだと同時に、大森は水上に向かって静かに言った。
「周……何を考えているんだ」
「こうなったらって……ずっと決めていたんだ」
「そんなこと許されない!お前は何を考えているんだ。宮城と番うだなんて……会社が許すわけがないだろう!」
そのとおり、会社側として言いたいこともわかる。それでも――。
「……でもあの子は、俺の出すフェロモンにあてられて苦しんでる。それに対してすごく申し訳ないと思うと同時に、込み上げる愛しさもある。宮城くんが自分の運命だなんて……今でも信じられないくらい嬉しいんだ。あんな素晴らしい子が……まさか自分の魂の番だなんて」
光を放つような目を引く容姿を持ち合わせながら、素直で純真で透明な水のように澄んだままの宮城昂世。
彼が肉体的に証明された自分の相手である事実に、喜ばないものはこの世にいないだろう。
「周……これまで一緒にやってきたじゃないか。なんで今さら番おうなんて……。なぜこれだけ言っているのにわからないんだ!」
今さら――その言葉に水上は思わず声を荒らげる。
「大森……それはこっちの台詞だ。会社にはすごく感謝している。アイドル時代からここまで育ててもらって、Ωの俺にしたいことをやらせてくれて。だから社長たちにはもちろん僕から言うさ。その責任が僕にはあると思う。ただなぜ、今お前に僕の選択を否定されなければならない。人生の歩き方を指図されなくてはならない?」
「周……」
「……今さら、だって?これまで俺がΩとして機能していなかったことは、お前が一番よく知っていたはずだろう?それが今『ようやく』なんだ。ようやく俺は魂の番に出会って、自分に向き合うことができる。それなのになぜお前に僕の可能性を縛られなくてはいけない?僕ができそこないのΩだって決めつけて縛っているのは、君じゃないのか大森?」
「――違う!俺はお前のことを思って」
「黙ってくれ!Ωでない何も知らないお前に言われたくない。僕の人生は僕に決めさせてもらう!」
車内は嫌な沈黙で満たされた。
気付けば外は雨が降っていた。涙のように降り注ぐそれは、ふたりが乗り込んだ車を冷たく濡らしていた。
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