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7章 終わりの足音
3 最後の演技
しおりを挟む長きに渡る撮影は、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
『まほろばに鳥はもう来ない』その撮影のフィナーレを飾るのは、図らずしもふたりの愛のシーンになった。
物語の最終盤。昂世演じる中谷優人は水上演じる須藤静河を心から愛しているものの、とある現実に打ちのめされてついに将来と向き合う決断をする。
そして須藤との関係を終わらせる決意をするも、それをどうしても本人に言うことができない。いよいよ季節は春を迎えてしまう。
伝えられないまま、ついに卒業式の前日。優人は、身体を重ねるのも会うのも本当に最後――そう心に決めながら最後の行為に及ぶ。場所はふたりが初めて身体を近づけたホテル――序盤に酔っ払った須藤を介抱するシーンがある――その場所だった。
豪華でない、広くもない、ただのツインのビジネスホテル。初めてふたりで入ったときは別々で使っていたが、今回はひとつの上でまぐわうのだ。
現場からはいよいよ最後という晴れやかな空気と同時に、十分な緊張感も伝わってきた。スタッフ皆の鼓動が聞こえてくるのではという中、それを見つめる昂世は落ち着いていた。
あれだけ心配していた頭痛も動悸も全くなく、隣りに水上がいるにも関わらず身体は沈黙を決めたようだった。
むしろいい緊張がほとばしっていて、撮影に集中できるような気がした。昂世は思った。
――気は心からと言うけれど……やっぱりあの声も自分の心の声だったのだろうか?
αだからと自分で自分を縛っていた声があの脳内に響く声だったとしたら、水上がその呪縛から解き放ってくれたようなものだった。今も声は聞こえず、水上から香る匂いもごくわずかだった。
隣りの水上もいつも通りだった。
真剣な眼差しで現場を見つめる横顔は、冷静で頼れるベテラン俳優のものだった。
――大丈夫。この人となら、このシーンもきっと最高のものにできる。
そんな確信とともに、いよいよ最後の撮影は始まった。
ワイシャツとスーツ姿の水上が、ベッドの上に仰向けで横たわっている。その上に服を着たままの昂世が覆い被さるように馬乗りになる。
水上と目が合って、お互い頷きあったあと。照明が固定され、ついに監督の合図が聞こえた――。
優人は横たわる須藤のワイシャツのボタンを、上からひとつひとつ丁寧に外していく。それが終わって須藤の胸が剥き出しになったあと、須藤の腰のベルトに手をかけカチャリと外し、ズボンを脱がせる。
このシーンは優人の名残惜しさと、何としても最後の光景を目に焼き付けなければという強い思いを、指先と背中で表現しなければならない。
丁寧に、丁寧に。壊れ物を扱うように。あらわになった身体に繊細に指を沿わせていく。
『今日は……ずいぶん優しいな』
その言葉に、優人は答える。
『…………気の、せいです』
このとき、これが最後という現実が優人に迫っていて、嫌で苦しくて今にも泣きたくなってしまう。その表情を隠すように、須藤への愛撫を始めるのだ。
もちろん、須藤はこれが最後だなんて思っていない。だから、いつもと少し違う、そんな感じで優人に身体を委ねている。
『んっ……ああっ……』
須藤の吐息が漏れるたび、優人の中で決断が揺らいでしまう。
『――嫌だ、嫌だ、嫌だ』
その気持ちを何とか振り切るように。須藤に気付かれまいと、自分も服をばさりと脱いで、須藤の尻に自分のものをあてがう。
『……挿れますね』
そして須藤の中に侵入して、ひとつになって。温かく、優しく包まれた途端。また優人の中で何かが込み上げてしまう。
思わず、こぼれ落ちそうになる涙をこらえようと、目を閉じ天を仰ぐ。すると須藤は繋がったままの状態で、心配そうに聞く。
『大丈夫?何かあった?』
それに対し優人は少しだけ沈黙したあとで――。
『…………気のせいですって………いつもと同じです。何も変わりません』
そう言って優しく動き始めるのだ。
変わらずにあなたを愛してる、そう須藤を想いながら。
『ふっ……んんっ……もっと、激しく……あっ――』
徐々に須藤の嬌声が聞こえ始め、優人はそれを五感すべてで記憶しようと必死に腰を動かす。
『須藤さん………………愛してます』
『うん……っ……俺も…………』
そしてふたりの目が合って、繋がったまま口付けを交わして――。
『――もう、こんなにも誰かを愛することは、一生ないだろう』
そう思う優人の頬に、一筋の涙がこぼれて――。
「カット!」
こうしてすべての撮影が終わったのだった。
「宮城昂世さん、そして水上周さん、最後までありがとうございました!これにて『まほろばに鳥はもう来ない』クランクアップです!」
盛り上がるスタッフに囲われ花束をもらい、監督からも感謝の言葉をもらったあと、昂世は波多野とともに現場をあとにした。
「昂世、最後までよく頑張ったな。とりあえず疲れただろう?今日から三日間連休を取ってある。これが最後になるかもしれないから、ゆっくり休めよ」
波多野はにやりと笑いながら言うと、寮の玄関前に昂世を降ろし手を降って帰っていった。
車の背後がすっかり見えなくなったあと、昂世は静かに歩き出した。向かう先は寮の中の自分の部屋――ではなかった。
守衛さんに挨拶をしてそのままプロダクションAZ敷地内から出る。人通りの少ない夜の歩道を歩き、近くのタクシー乗り場へと向かった。
少し待って現れたタクシーに乗り込み、運転手にスマホを見せて言う。
「すみません、ここへ向かってもらえますか?」
乗り込んだタクシーは、東京のきらびやかなネオンの中、車や人の無数の往来の中を分け入るように進んでいった。
そうして向かった場所はとある高層マンションだった。地下のエントランスで指定された番号を入力すると、自動ドアが開いて中へと導いた。
エレベーターに乗り、辿り着いた階の奥へと進む。そしてとある部屋の前で、チャイムを押して待った。
少しあって、扉がガチャリと開いた。
「……待ってたよ」
昂世はふわりと笑顔を浮かべたあとで、躊躇なく扉の中へと入っていった――。
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