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7章 終わりの足音
5 幸せのとき ※
しおりを挟む昂世が意識を取り戻したときには、ベッドに倒れ込むように横になっていた。
心地いい疲労感があって身体を起こすと、全身いたるところが体液まみれになっていることに気付く。
不意に隣に視線を向けると、ぐしゃぐしゃになったベッドには、全裸の水上周の姿があった。
自分と同じように身体のあちこちがどろどろに汚れていたものの、目は穏やかに閉じられていて、小さな寝息を立てていた。
昂世はすっきりとした頭で昨晩のことを思い出した。
水上に言われるがままこの場所にやってきて、衝動のままに身体を重ねた。待ちに待ったふりではない本当の行為は、どれだけ気持ちよかっただろう。
離れることがおかしい、そう身体が訴えるように欲望のままひたすら愛し合い続けた。だからこそ身体も心もすっかり満たされていて、今は妙な満足感と達成感があった。
昂世はふとベッドから降り、周囲を見回した。
どうやら呼ばれたこのマンションは水上のすまいらしい。
カーテンの隙間から差し込む朝日が部屋を穏やかに照らしていた。明るくなった寝室には、昨晩気付かなかった水上のものがたくさんあった。
所狭しと積まれた書籍や台本、そして散乱した書類。また数少ないものの服が辺りに散らされていて、それらの全てが水上周の忙しさを物語っていた。
「やっぱり……あなたはすごいです」
昂世は小さく呟くと、少年のように純粋な顔で眠る水上の頭を撫でた。柔らかな黒髪に手を添わせると、水上は気付いたように瞼を動かし、ややあって目を開けた。
「宮城……くん?」
「すみません……起こしましたか」
すると幸せそうな微笑みを浮かべて言った。
「いいよ、起きる……おはよう」
「はい、おはようございます」
水上はぐっと伸びをして身体を起こすと、ベッドに腰掛けていた昂世の身体に寄りかかった。
その子どものような年上とは思えない姿に、なんてかわいい生き物なのだろうと昂世は思う。
――きっとこの姿は自分しか知らないだろう。
仕事命の彼が見せる甘い姿。昂世は今という幸せを実感したものの、ふと視界に入った時計を見て現実に引き戻された。
「――水上さん、今日の予定は?」
すると彼は欠伸をしながら言った。
「……実はさ、オフをもらったんだよね。だから――一緒にいられるよ」
そうはにかみながら再び身体を寄せてきたので、昂世も思わず抱きしめようとする。ただ、次の瞬間互いにぎとぎとの身体が触れた。
「……水上さん、まずはお風呂もらってもいいですか?」
「ははは……そうだね。そうしようか」
広い風呂場はあまり使われていないようにみえた。男二人が余裕で入れる広さの湯舟にお湯を張り、汚れを落としてからふたりで浸かる。
昂世は温かなお湯にほっこりしながら、中谷優人の部屋のシーンのことを思い出していた。
狭いワンルームの湯船の中、足が触れあうような中で撮影したあのとき。向き合って、触れる肌にどきりとして夢見心地だったあの時間は仕事だった。
それが今、現実の話になった。
水上は白いうなじを向けてこちらにもたれるように腕の中にいて、ふたりで温かな湯舟にまったりと浸かっている。
――なんて、幸せなのだろう。
昂世がそう思っていると、水上がぽつりと言った。
「幸せだね」
昂世はその白い背中をぎゅっと抱きしめて答えた。
「…………はい。撮影のとき、もう十分すぎるくらい幸せだったんですけど、まさか現実になるなんて……」
「そっか。そうだよね」
温かくて、気持ちは心から安らいでいて。肌に触れるなめらかな感触と水上の甘い香りに、次第に昂世の股間がむくむくと起きあがった。それが柔らかな尻に食い込み始めたとき、水上は振り返って言った。
「……宮城くん」
湯気の中、火照った顔でふたりは口付けを交わそうとした。しかしそれを邪魔するかのように昂世のお腹が音を立てて、ふたりは笑う。
「……何か食べてからだね」
「…………すみません」
その後は、冷蔵庫の中にあるものをふたりで適当につまんだ。そうして食欲が満たされたあと、そのままリビングのソファで水上を押し倒してセックスをした。
昼間からする行為は開放感と背徳感があって、たがが外れたように何度も身体を重ね合った。
そのあとも片づけをしながらキッチンで立ったままして。再び寝室に戻ってからも日が暮れるまでたっぷりと愛し合って――。
昂世は、何も考えずに水上を求め続ける自分に徐々に呆れ始めていた。
いまの二人には珍しくオフという誰にも邪魔されない共通の時間があった。だからこのゆったりとした雰囲気の中で、今回の撮影の反省とか、次の仕事のこととか話したいと思っていたのに――。
なのに身体は少しもそれを許さなかった。ふたりともこれまで抑えていたものを吐き出すように、身体を重ね続けていた。
実際、水上は愛を注ぎ込むたび嬉しそうな顔をして、もっとと身体を寄せた。その姿は演技のとき以上に脳に直接響くなにかがあって、昂世は止めることが出来なかった。
それは身体だけでなく心も同じだった。
目の前にいるのは互いに愛を伝え合った存在であり、尊敬してやまない人物だ。そんな人と実際にまぐわい愛し合える幸せとは、なんて尊いのだろう。
昂世は優人の気持ちがわかった気がした。
自分にとって、水上の隣がまほろばなのだ。夢のように幸せで、居心地のいいかけがえのない場所――。
ずっとこの人の側にいたい、身体を重ねるたびそんな願いがこみ上げた。
日が暮れて、ようやく互いに身体が落ち着いた頃。ふたりは空腹を感じてコンビニへと向かった。もちろんマスクを付けて帽子を被って、変装をしたつもりだった。
しかしこのとき、ふたりはすっかり幸せに酔いしれていたのだろう。
だから仲睦まじげに寄り添って、ぎゅっと手を繋いで隣りを歩くことも。後ろからその姿を見つめ、シャッターを押す人がいたことも。
ふたりは何一つ気付いていなかった。
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