【完結】若手アルファ俳優の運命は大嫌いなオメガ俳優でした ~インテグラル・スター ~

上杉

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8章 公開へ

3 混乱の中で

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 謹慎が言い渡された水上は、アドラープロモーション所内のとある会議室の一室で、大森と静かに向かい合っていた。
 水上は顔に穏やかな笑みを浮かべながらも、鋭い視線を向けてこう言った。

「大森、今回の件は……君の仕業だろう?」

 その問いに本人は答えなかった。大森は口元をかすかに歪ませながら、こちらを見ているだけだった。
 水上は強い口調で続けた。

「……黙っていてもわかるさ。今回の件はあまりにもタイミングがよすぎたからな。……宮城くんとクランクアップして、久しぶりにあの家に帰ったあの晩から翌日――たった二日だ。それをずばり予想できたのは、僕のスケジュールを把握していた君以外に考えられない。君が記者に情報を売ったんだろう?」

 すると大森は諦めたようにふっと息を吐いてゆっくりと口を開いた。

「……ああ。確かに売ったのは俺だよ」

 そう言って、どこか悔しそうに下を向いて続けた。
 
「……許せなかったんだよ。お前がこれまで築いたものを、すべて投げ出そうとしてあいつに向かっていこうとする姿が。……確かにあいつは俳優として見込みはあるかもしれない。それはあいつを端から見ていた俺にもわかる。ただ……なぜお前がすべて捨てなければならない?たとえお前とあいつが魂の番だとしても、お前が水上周であることに変わりはないだろう?」

 そうして顔を上げた大森は今にも泣いてしまいそうだった。
 確かに彼の言いたいことも水上にもよく分かった。二十年前から知っている仲で、自分が俳優業に本腰を入れた頃から彼はマネージャーとしてずっと側にいた。
 そのときからずっと、彼は自分のことをΩとして見たことはなかった。目の前に宮城昂世というαが現れるまで、彼はただの「水上周」として自分を支えてくれた。

「周……俺はこれからもお前に水上周でいて欲しかった。それだけなんだ」

 確かに彼があって今の自分がいるようなものだった。
 しかし、例えそうだとしても――暴走して行動した理由が仮に自分を思ってやったことだとしても、許されることと許されないことがあった。

「……ありがとう。だけど、それは今回の映画を台無しにする理由にはならない」

 そう吐き捨てると水上は部屋を後にした。
 背後から大森の呼ぶ声が響いたものの、それを無視し駆け出した。
 謹慎を破ってまで急いで水上が向かおうとしたのは、映画公開記念イベントの行われる会場だった。

 ――やはり……自分が行かなければならない。

 そんな強い思いを胸に抱いたのは、自分がそうしなければ作品と宮城昂世を守れないと思ったからだった。
 記者の鋭い質問や追及は、きっと最も若い宮城昂世に飛ぶだろう。それを防ぐためにも、当事者が行って非難の矛先をこちらに向けなければならなかった。そして自分が製作側はなんの関係もない、そう主張すれば映画の公開は滞りなく進むだろう。

 ――あの作品だけは絶対に公開しなければならない。

 宮城昂世の新たな一面を完全に引き出した、江口監督の話題作。そんな初主演作品が駄目になってしまったら、彼には今後一生不名誉な肩書きが付いて回るだろう。
 与えられた才能もあり努力をする力もある彼を巻き込みたくなかった。
 欲望に負けて身体を繋げてしまった自分がそう言うのは、矛盾していることはわかっていた。しかし自分のせいで宮城の未来を奪ってしまうことだけは嫌だった。

 ――どうにかして守らなければ。

 水上はフードを深く被り公道へ出ると、道行くタクシーを捕まえようとした。しかし時間帯なのか場所が悪いのか、一向に捕まらない。
 そんなときだった。不意に道に面した大型ビジョンが目に入った。
 道行く人たちが足を止めて眺めるテレビ局のその液晶の中には、なんと宮城昂世の姿があった。
 どうやら自分たちの話はすっかり話題になってしまったらしい。ただの映画公開イベントのはずなのにワイドショーで生中継されているらしい。

「くそ……」

 すでにイベント自体は終了しているように見えた。おそらくこうなることを想定して短くしたのだろう。しかしそれは上手くいかず、ステージ上の宮城昂世に記者が詰め寄る形で中継が繋がっている最悪の光景だった。


『……宮城さん、今回の件は社会的にも大きな話題になってます。まず水上さんとは、どういった関係なのでしょうか』

 すると宮城昂世はスタッフの静止を振り切りながら淡々と答えた。

『……尊敬する、大切な先輩です』

 別の記者からは怒声に似た煽り文句が響いた。

『宮城さん!撮影への告発もありましたよ。性搾取ではないかという話、現場にいた当人としてどう思っているんですか?』

 もう現場は人が入り乱れてもみくちゃだった。この混乱の中ではまずいかもしれない――水上はそう心配することしかできなかった。

『確かに……今回の撮影は身体の接触多いものでした。ですか俺はそれを承知で受けましたし、実際今回監督が伝えたいことを映像で表現する上で、必要不可欠だったと思っています』

 やめろ、それでは記者の思うつぼだ――思わず画面の宮城昂世を見て水上が叫びそうになったときだった。なぜか宮城昂世は自分から口を開いた。

『俺からも……いいでしょうか』

 唐突な呼びかけに辺りは静まり返った。
 そのとき、まるで宮城昂世だけが別世界にいるように思えた。
 彼はマイクを握りしめると、静かに――しかしうちに秘めた思いを込めるように口を開いた。

『……この作品は、第二性の存在しない世界を舞台にした物語です。俺も、水上さんも、ほかのキャストもスタッフの皆さんも。それを念頭に置いて必死に作り上げてきました。だから押し付けがましいのですが、この映画を観る側の皆さんにも、誰が作っているとか作っている人の性を気にするよりも先に、演技を――スクリーンに映るものを、映像を見てほしいんです。まずは映画を観てほしいんです。俺が言いたいのは……それだけです』

 そう言うと、彼はお辞儀し爽やかな笑顔を残してひとり壇上から去っていった。
 残されたのはぽかんとした現場だった。
 画面にはようやく我に返ったリポーターと、ワイドショーのキャスターらが反応を見せ始め、大型ビジョンを見つめていた人々もようやく動き始めたところだった。

「宮城くん……やばいでしょ。もう一生ついていく……」

 隣りにいた制服姿の女子高生たちもそう悶え始めたときだった。水上も思わず壁に背中を預けてその場にしゃがみこんでしまった。さっきの宮城昂世の言葉が、胸に刺さって離れなかったのだ。

 まずは映画を観てほしい。話はそれからだ――そんな強いメッセージは、今の自分からすっかり抜け落ちてしまった言葉だった。

「その通り……君の言うとおりだよ」

 自分が伝えなければならなかったその言葉を、宮城昂世があの場で言ってくれたことが嬉しかった。また彼がそれをわかって自分の代わりに言ってくれたことに、水上は心から救われた気がした。

「……あの、大丈夫ですか?」

 道行く人にそう心配されてしまったので、水上は急いで立ち上がった。

「はい、すみません。もう……大丈夫です」

 彼はそう言って笑顔を返した後で、颯爽と事務所へと戻っていった。
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