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終章
輝く、きみ
しおりを挟むその日、大きな劇場を貸し切ってアカデミー賞の授賞式が行われた。
昂世が出演し水上とダブル主演した映画「まほろばに鳥はもう来ない」は、最終的に最多数の賞にノミネートされ脚光を浴びた。
すでに結果が発表され受賞が決まったのは、作品賞、監督賞、脚本賞、そして水上の助演男優賞だった。ドレスアップした監督やスタッフ、そして黒のベロアのスーツに身を包んだ水上を前に、あとは昂世のノミネートされた主演男優賞の結果発表を残すのみというところだった。
昂世は目の前に広がる光景を眺めながら、どこか夢のようだと思っていた。
豪華な会場の中央、すぐそこにはいわゆるレッドカーペット――赤い絨毯が引かれていて、自分の周りには「まほろばに鳥はもう来ない」スタッフ陣たちが笑顔を浮かべている。
江口も助監督も皆華やかにドレスアップをしていて、そんなきらめく姿もどこか非現実的に思えた。
昂世がそうぼんやりとしていたとき、声をかけたのは水上だった。
「宮城くん、どうしたの?」
「いや、まだあまり現実味がなくて……」
すると水上は呆れるように笑って言った。
「何言ってるの。君の発表はこれからだろう」
そのあとで聞こえてきたのはなぜか加納の声だった。
「おう、そうだそうだ。何もう満足げにしてんだよ」
昂世は思わず振り返る。
「加納さん!いらっしゃっていたんですね」
「おうよ。別作品でな。まあ、今回は水上に譲ったけどな」
どうやら加納は今回別作品で水上と助演男優賞を争ったらしい。
自分はそんな面々と仕事をすることができたのだ――そう感慨にふけりながら、加納に視線を送る。相変わらずスリーピースのスーツが似合っていてダンディだなと思っていたら、突然ばしっと背中を叩かれた。
「――わっ!」
「おい、大丈夫か?お前の発表これからだろう?」
「……まあそうなんですけど、もう十分かな、なんて」
正直に心の内を話すと、加納はなぜか驚いた顔をして言った。
「なんだと?こいつ昔の水上みたいなこと言ってるぞ!」
「……え、そうなんですか」
思わず本人に聞くと、彼は昔を懐かしむように目を閉じながら答えた。
「そういえばそんなこともあった気がするな。あれは確か『天与』のとき――」
すると水上の言葉を遮るように会場は暗くなった。
「おい、いよいよだぞ」
加納に促され姿勢を正して腰かけると、司会アナウンサーの声が会場に響き渡った。
「皆さんお待たせしました。それでは第七十七回アカデミー賞、映えある主演男優賞に輝いたのは……この方です!ノミネート番号二、『まほろばに鳥はもう来ない』主演の……宮城昂世さんです!」
途端会場に響き渡ったのは歓喜の声と、地響きのような拍手だった。
当の本人がまだ実感がわかずに呆然としていると、加納が後ろからまた背中をぱしんと叩いた。
「おい、まじで取ったぞ!座長ほら、早く立ち上がって行け!」
「え……俺ですか」
隣りを見ると、水上が涙を流しながら笑っていた。
「ははは、君以外のほかに誰がいるっているのさ」
「……は、はい」
途端、暗くなった会場で眩いスポットライトが自分に降り注いだ。
その瞬間昂世はようやく実感した。
確かめるように再度水上を見ると、彼は微笑みを浮かべて言った。
「ほら、皆待ってるよ」
すると同じ席に座るまほろばの皆が嬉しそうにこっちを見ながら、立ち上がって拍手をしてくれた。江口や助監督、そして撮影助手などお世話になった面々の笑顔を前に、昂世は思わず立ち上がる。
その背中を優しく押したのは水上だった。
「宮城くん、いってらっしゃい」
「……はい」
水上の微笑みに見守られながら、宮城昂世は歩き始めた。
背後から自分を追いかけるスポットライトの中を。想像もしていなかった、夢にも見なかった真紅の絨毯の上を、一歩一歩進んでいく。
このとき感じたのは高鳴る自分の胸の鼓動と湧き上がる熱、そして無数の人々の視線だった。
ちらりと脇を見れば、仲間たちの熱のこもった視線はもちろん、会場の隅で泣きながら拍手を送る波多野の姿が見えた。
そして無数のカメラと聴衆の眼差しを一身に受けながら、昂世は思った。
今、確かに言えるのは、自分に向けられた視線はどれも「αの宮城昂世」には向けられていないこと。そしてそのすべては、ただの「宮城昂世」に向けられていることだった。
昂世は登壇し選考役員からトロフィーを受け取ったあと、スタンドマイクの前に進み出て再びスポットライトの光を浴びた。
そして歓喜に震える聴衆を前に、ゆっくりと口を開いた。
「……この度は――」
受賞スピーチを始めた宮城昂世の姿を、水上は静かに見守っていた。
そうしながら思い出していたのは、彼と初めて出会ったときのことだった。
「まほろば」の台本読みで初めて顔を合わせたとき。あのとき感じた彼の輝きは、外側だけの表面上のものに思えた。
それが今、トロフィーを手に堂々と語る彼の姿はどうだろう。まるで内側から花開くように、彼の内から放たれる輝きは、滾々と湧き出るように見えた。
スポットライトを浴び、頬に流れたひとすじの涙さえも輝く姿に、水上は思う。
目を奪われるスターとは、彼のような存在なのかもしれない、と。
水上は不意に加納の視線を感じた。
「……加納さん?」
「いや、俺は今とんでもないものを見ているなと思って」
その言葉は、きっと宮城昂世はこれから瞬く間にスターダムを駆け上がり、完璧なスターになる――その始まりの瞬間に立ち会っていることを言っているのだろう。
水上はそう思い口を開いた。
「はい。宮城くんはきっとこれで終わりません。まだ磨かれたばかりの原石……これからが楽しみです」
すると、加納はなぜかぽかんとしたあとで笑って言った。
「はは。そりゃそうだろうよ。……ただ、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだな」
「……え?」
加納の視線はこちらに向けられていた。その
にやりとした笑みは、まるでお前が大事だと言わんばかりに思えた。
まるでふたりだから完璧なスターになれるのだ、そう言いたいように。
「まあいいさ。とにかく、これからもふたりで末永く仲良くな」
「……はい。言われなくてもそのつもりです」
スピーチの終わった会場はすっかり明るくなった。
水上の視線の先には、輝くトロフィーを手に、笑顔でレッドカーペットの上を駆け戻って来る愛しい人の姿が見えた。
「水上さん!」
自分だけに向けられたそのきらきらとした視線を受け止めながら、水上は微笑み、彼の元へ歩き始めた――。
(終)
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