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5章 文化祭は波乱万丈 side.新汰
3 文化祭当日
しおりを挟む必死に準備に取り組んでいると、あれよあれよという間に当日だった。
三組の出し物の準備はほぼ終わっている。会場にはそれぞれ催し物の用意がされ、あとは当日の役割分担だけだった。
俺に与えられた仕事は校内での呼び込みだった。どうやらコンテストの準備があるからと言って、当日の負担を減らしてくれたらしい。
正直、ありがたいけれどそんなに期待されても困る。俺は柳と理久の言葉を信じて、本当にステージの上に突っ立っているだけのつもりなのだから。
浴衣姿で看板を持って歩くだけでいいから――そう俺に言ってくれたのは牧田だった。牧田も一緒に呼び込みをしてくれるらしく、声掛けやチラシ配りは牧田が担当してくれるらしい。
「うわ……かっこいい~!」
早速、浴衣に着替えさせられた俺を見た牧田はそう唸るように言った。
確かに、深い紺の地にさまざまな太さの銀の縦ラインが入った浴衣は、男目から見てもシックで格好いい。誰が選んだかはわからないが、落ち着いていて大人っぽく見えることだろう。
「ありがとう、牧田。牧田も浴衣似合ってるよ。髪飾りと合っていてすごくいい感じだ」
淡い黄色の地に白と黄のスイセンがあしらわれた浴衣を身に着けた牧田は、学生のフレッシュな雰囲気がよく出ていた。
それに彩りを与えているのがヘアアレンジだ。アップスタイルに、さらにそこにしゃらりと揺れるかんざしが加わって、大人びた印象がプラスされている。
すると牧田はなぜか納得するように言った。
「……本当?やっぱりセンスいい人が選んでくれたただけあるね。さ、気を取り直して私たちも頑張ろっか!」
すでに文化祭は始まっていて、校内には外部からたくさんの人たちが出入りをしていた。学生や保護者に加え、ほかの学校の生徒や地元の人たちの姿も見える。
そんな学校全体が盛り上がる様子を前に、俺は少し憂鬱になっていた。
文化祭の大トリである例のコンテストは、玄関前に作られたメインステージで行われる。
これだけ人が多い中で晒し者にされるというわけだ。それを思えば、誰が同じ状況でも心配になるだろう。
正直、コンテストで何をするかもわかっていないので、俺はまったく準備をしていない。クラスメイトたちもそれで大丈夫と言うから、俺はそれを信じることにしたのだが。直前になって不安は少しずつ大きくなっていく。
同時に思い浮かんだのは理久のことだった。
文化祭が始める前、俺に策があると理久は言っていた。けれど結局コンテスト名簿に名前は見つからなかった。
また最近忙しさから少しも会えてもおらず、理久が何をしようとしているのかもわからない。
「本当に……大丈夫か?」
俺の心配は勝手に口から漏れて独り言になっていた。
隣りで呼び込みをしていた牧田がそれに気付き、なぜか神妙な面持ちになる。
「西脇くん……ごめんね」
「……え、突然何?」
「それはもう、例のコンテストの話」
「あ、ああ。それか」
どうやら強引に誘った牧田も牧田で、悪いことをしている自覚はあったらしい。
それにしても、人にお願いされたりしない限り強引に事をなすことのない牧田がどうして――。
そうして俺は気付いてしまった。もしかしたら、牧田と例のジンクスには繋がりがあるのかもしれない、と。
「……私、とある子に頼まれちゃって。本当は断るつもりだったんだけど、私もドレスアップした西脇君見てみたいし、そういう人ほかにもいっぱいいるから。それに私はぴったりだと思うの。西脇くんよりかっこいい男子なんてほかにこの学校にいないよ!」
そう言われ、褒められる耐性のない俺は思わず赤くなる。
「牧田、褒めすぎ」
「……だって。体育祭のときもそうだったけど、私が困ったときいつも助けてくれるし。すごく頼りになるから」
「……ありがとう」
牧田は柔らかく微笑んだ。そしてなぜか悔しそうに言う。
「あーあ。私も西脇くんの勇姿見たいんだけど、新体操部のステージ発表の後片付けがあるから見れないんだよね。本当、頑張ってね!」
「……ああ。何を頑張ったらいいかはわからないけど、できる限り堂々とやってみるよ」
もうやるしかない――そう意気込んだときだった。牧田が突然こんなことを言った。
「大丈夫。相川君にもお願いしてあるから!」
「え……なんで今、相川?」
俺の後ろの席でいつも眠たそうにしている天然男の相川。
なぜ今相川の名前が出てくるんだろう。
そんな俺の心の声を読んだのだろうか、突然牧田は声を荒らげる。
「まさか……西脇君知らないの?相川君ああ見えて美容系配信者としてネットで人気なんだよ」
「…………は?」
「実は私も最近知ったんだけどね……そうそう、この髪飾りも衣装も実は相川君チョイスなんだよ。すごくセンスあるでしょ」
そう言われるも、正直信じられなかった。
俺の知る相川はいつも眠たそうな顔をして俺の陰で眠っているような男だ。あの相川にそんな側面があったなんて――。
百聞は一見にしかず、俺は牧田に言われるがまま相川が準備しているという教室へ急いだ。
化学準備室の扉を開けると、確かにそこには相川の姿があった。
長めの前髪をクリップで止めて、普段髪に隠れていた涼やかな瞳が覗く。大きな鏡の前できびきび動く姿は、相川だとはまるで思えなかった。
相川は俺に気付いたようにこちらを向くと、待ってたと言い手招きをした。
「相川。俺……知らなかったぞ……」
「まあ、誰にも言ってないし」
相川はどうぞと手で椅子を示すので、俺はそこに腰掛ける。
「ずっと眠たそうにしてたのって、そういうことだったんだな」
「まあ案件もあるし、配信者って動画編集に追われるさだめなんだ。牧田から聞いたんだろ?そんな訳で俺に任せといて。……実はこの素材を自由にできるってわくわくしてたから」
ぎらぎらした瞳は楽しそうに輝いた。
俺は虎に狙われたうさぎさながらに恐怖を覚えたものの、少しだけ嬉しくなった。
これまですべてに興味がなさそうだった相川の素がようやくあらわになったから。
俺は思わず言ってしまう。
「相川、言ってくれればいいのに」
「……ははっ、言えるわけないだろ。ただのメイク好きって言っても信じてもらえないだろうし、そっちかって疑われるだけだろ」
背後で準備をしはじめた相川の顔は見えなかった。
ただその言い分は俺の中で腑に落ちた。
他人からの偏見が恐ろしいことは、俺も身に沁みて知っている。自分を見る他人の視線が怖くて、気持ちを言葉にできなくなってしまう――あんな思いはもうしたくはなかった。
「相川はなんで趣味を教えることにしたんだ?」
それに対して返ってきたのは軽い笑いだった。
「いや、ただ牧田にばれただけ。あいつ俺の動画ファンだったらしくて、たまたま鞄にコラボコンシーラー持ってたの見られたらしい。それから手の形をまじまじ見られて気付けば特定されたってわけ。もうそこまで来ると執念みたいだよな」
そう笑う相川に対して、俺は気の利いた言葉を返せなかった。
ただ正面に用意された鏡を見ながら、ひとり安心していた。
そこに映る相川の黒い瞳は、自分が大切にしているものに向ける、真剣そのものに見えたから。
――きっと相川にとってのメイクは、俺にとっての剣道みたいなものなんだろう。
「相川……真剣なのはいいが、ほどほどに頼む」
すると相川は楽しそうに笑った。
「それは聞けない相談だな、西脇くん。まあ、俺に身を委ねてくれればいいから。任せといて」
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