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其の肆
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どうやら、あのまま眠ってしまったようだった。
部屋は真っ暗、外から聞こえてくるのは揺れる葉音と虫の声だけだった。夜中まで寝てしまってたと気付くまで、ぼんやりと暗い部屋を眺めていたが、焦点が合うまでには時間がかかった。
暁月にもらった焼き菓子があったと思い出し、ランプを灯すと、紙袋から焼き菓子を取り出した。
暁明から食事やお菓子をこっそり貰えている自分は、他の針房より恵まれていると思う。見習い達は常に腹を空かせている。
それでも次はいつ食事に在りつけるかも分からない。焼き菓子を三等分して、一切れだけをゆっくり食べた。
「甘くて美味しい」
目を閉じて、じっくりと味わった。
暁明の言った通り、疲れた体に甘さが優しく染み込んでいく。
残りはまた紙に包んで片付けた。
腹が満たされることはない。病気が先か、飢餓が先か……。それでも一番に見つけてくれるのは暁明だろうから、少しは安心だ。なんて自虐的に考えたりもするが、本当は死にたくないなんて思ってしまうから不思議なのだ。
悲しい言葉をかけられた時、冷ややかな目で見られた時、腹が鳴った時。いつだって死んでもいいと思っていたから耐えてこられた。それなのに、頭のどこかでは生きたいと願っている。愛されたい。幸せになりたい。そんな、絶望にも似た希望を捨てきれていない。
寝台から降りると、シーツを取り替えた。
あまり体力は使いたくない。またいつ発情に見舞われるか分からない。
一応薬は飲んだが、寝転んで体力の消耗を避けた。
「踊りたいな……」
次の祭祀はいつだろうと、思いを馳せる。そのまま目を閉じた。
瞼の裏にはいつも飛龍がいる。手の届かない人だからこそ、こんなにも焦がれるのだと青蝶は思った。
夢でいいからまた飛龍に会いたい。
自分の舞を見てほしい。他の娯楽じゃ物足りないと感じて欲しい。
「飛龍様……」
名前を呼ぶと、またズクンっと下腹の奥が疼いた。
「駄目だ。殿下を想っただけで、発情してしまうなんて」
自分のような身分で、烏滸がましい。そう反省して、頭を振るう。
こんな時は月でも眺めて気持ちを落ち着かせたいが、発情期に入ってしまえばそれすら叶わない。窓を開けて、フェロモンでαを誘えば身の安全も無いし、軽い刑では済まされない。
チラリと服を捲って肩を覗く。そこにはくっきりと描かれた牡丹の花がある。青蝶は深い溜め息を零し、すぐさま服を整えた。
病気は着々と青蝶の体を蝕んでいく。今の医学では、治療法も分からないと言われてしまった。もし、自分が命を経った時は、構わず研究のために解剖なりなんなりしてくれと暁明に話したことがある。
暁明はそんな青蝶を笑い飛ばした。
せっかく綺麗な青蝶の体を八つ裂きになんかするわけないと、当たり前のように言って退けた。
こんな醜い顔のどこが綺麗だと言うのか。青蝶は戸惑った。
体に現れる華は綺麗だが、この絵が広がるほどに、色が濃くなるほどに、青蝶の体は衰えていく。精気を吸収される頃には、全身にこの牡丹の華が咲き乱れるだろうか。
発情期が怖いと感じるのは、この難病がどのくらい進行するのか検討がつかないからだ。
病気の進行は発情期のたびに違う。殆ど絵が広がらない時もあれば、一気に広がる時もある。
病状が悪化するときは、大抵の場合は発情の症状も酷い。
それからすると、今回はまだ薬が効いてくれる分、それほど絵は広がらないように予測できた。
飛龍から意識を逸せるために、考え事をしていると、意識が朦朧となってくる。
「はぁ、はぁ……」
発情の症状は軽くとも、動悸、息切れ、熱っぽさは三日は続く。
その間は仕事もまともにこなせない。
幸い祭祀が終わった後で、明日からは少しの間仕事は落ち着く。発情期の時期が良かったと安堵した。
しかし、青蝶は自身がまだ気づいていないことがあった。
意識が朦朧とした後、自分は寝ていると思っているが、本当は違う。
無意識のうちに外に出て、月明かりの下で舞っているのだ。
朝、目覚めた時、足が汚れているのを不審に思ったことがあったが、問題は解決しなかった。前日は意識を手放すように眠った……という記憶しか残っていない。
今夜もそうであった。『踊りたい』と言う気持ちを強く持った時、青蝶は無意識に薄衣を手に取り、裸足のままで外に出た。
満月の下で思う存分踊る。青蝶が薄衣を翻すと、ふわりと揺れる。真っ黒の長い髪がその後を追うように靡く。
月の灯りが青蝶を優しく照らしていた。
それはまさに夜に舞う蝶のようであった。
「そこで何をしている!?」
突然、野太い男の声がした。その声で青蝶は意識を取り戻す。部屋で眠ったはずなのに、なぜ外に出ているのか理解できない。
草を踏みつけ、力強く青蝶に狙いを定め、歩いてくる影が近づいて来る。
あの人がαなら捕まる所じゃ済まない。
「早く部屋に入らないと」
薄布を両手に抱え、急いで踵を返す。
しかし、青蝶は呆気なくその男に捕まってしまった。
部屋は真っ暗、外から聞こえてくるのは揺れる葉音と虫の声だけだった。夜中まで寝てしまってたと気付くまで、ぼんやりと暗い部屋を眺めていたが、焦点が合うまでには時間がかかった。
暁月にもらった焼き菓子があったと思い出し、ランプを灯すと、紙袋から焼き菓子を取り出した。
暁明から食事やお菓子をこっそり貰えている自分は、他の針房より恵まれていると思う。見習い達は常に腹を空かせている。
それでも次はいつ食事に在りつけるかも分からない。焼き菓子を三等分して、一切れだけをゆっくり食べた。
「甘くて美味しい」
目を閉じて、じっくりと味わった。
暁明の言った通り、疲れた体に甘さが優しく染み込んでいく。
残りはまた紙に包んで片付けた。
腹が満たされることはない。病気が先か、飢餓が先か……。それでも一番に見つけてくれるのは暁明だろうから、少しは安心だ。なんて自虐的に考えたりもするが、本当は死にたくないなんて思ってしまうから不思議なのだ。
悲しい言葉をかけられた時、冷ややかな目で見られた時、腹が鳴った時。いつだって死んでもいいと思っていたから耐えてこられた。それなのに、頭のどこかでは生きたいと願っている。愛されたい。幸せになりたい。そんな、絶望にも似た希望を捨てきれていない。
寝台から降りると、シーツを取り替えた。
あまり体力は使いたくない。またいつ発情に見舞われるか分からない。
一応薬は飲んだが、寝転んで体力の消耗を避けた。
「踊りたいな……」
次の祭祀はいつだろうと、思いを馳せる。そのまま目を閉じた。
瞼の裏にはいつも飛龍がいる。手の届かない人だからこそ、こんなにも焦がれるのだと青蝶は思った。
夢でいいからまた飛龍に会いたい。
自分の舞を見てほしい。他の娯楽じゃ物足りないと感じて欲しい。
「飛龍様……」
名前を呼ぶと、またズクンっと下腹の奥が疼いた。
「駄目だ。殿下を想っただけで、発情してしまうなんて」
自分のような身分で、烏滸がましい。そう反省して、頭を振るう。
こんな時は月でも眺めて気持ちを落ち着かせたいが、発情期に入ってしまえばそれすら叶わない。窓を開けて、フェロモンでαを誘えば身の安全も無いし、軽い刑では済まされない。
チラリと服を捲って肩を覗く。そこにはくっきりと描かれた牡丹の花がある。青蝶は深い溜め息を零し、すぐさま服を整えた。
病気は着々と青蝶の体を蝕んでいく。今の医学では、治療法も分からないと言われてしまった。もし、自分が命を経った時は、構わず研究のために解剖なりなんなりしてくれと暁明に話したことがある。
暁明はそんな青蝶を笑い飛ばした。
せっかく綺麗な青蝶の体を八つ裂きになんかするわけないと、当たり前のように言って退けた。
こんな醜い顔のどこが綺麗だと言うのか。青蝶は戸惑った。
体に現れる華は綺麗だが、この絵が広がるほどに、色が濃くなるほどに、青蝶の体は衰えていく。精気を吸収される頃には、全身にこの牡丹の華が咲き乱れるだろうか。
発情期が怖いと感じるのは、この難病がどのくらい進行するのか検討がつかないからだ。
病気の進行は発情期のたびに違う。殆ど絵が広がらない時もあれば、一気に広がる時もある。
病状が悪化するときは、大抵の場合は発情の症状も酷い。
それからすると、今回はまだ薬が効いてくれる分、それほど絵は広がらないように予測できた。
飛龍から意識を逸せるために、考え事をしていると、意識が朦朧となってくる。
「はぁ、はぁ……」
発情の症状は軽くとも、動悸、息切れ、熱っぽさは三日は続く。
その間は仕事もまともにこなせない。
幸い祭祀が終わった後で、明日からは少しの間仕事は落ち着く。発情期の時期が良かったと安堵した。
しかし、青蝶は自身がまだ気づいていないことがあった。
意識が朦朧とした後、自分は寝ていると思っているが、本当は違う。
無意識のうちに外に出て、月明かりの下で舞っているのだ。
朝、目覚めた時、足が汚れているのを不審に思ったことがあったが、問題は解決しなかった。前日は意識を手放すように眠った……という記憶しか残っていない。
今夜もそうであった。『踊りたい』と言う気持ちを強く持った時、青蝶は無意識に薄衣を手に取り、裸足のままで外に出た。
満月の下で思う存分踊る。青蝶が薄衣を翻すと、ふわりと揺れる。真っ黒の長い髪がその後を追うように靡く。
月の灯りが青蝶を優しく照らしていた。
それはまさに夜に舞う蝶のようであった。
「そこで何をしている!?」
突然、野太い男の声がした。その声で青蝶は意識を取り戻す。部屋で眠ったはずなのに、なぜ外に出ているのか理解できない。
草を踏みつけ、力強く青蝶に狙いを定め、歩いてくる影が近づいて来る。
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