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其の拾弐
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「失礼します。殿下の側近の瘰と申します」
「殿下の? あの、今日はどういったご用件で?」
今は誰と誰とも話したくない。客を相手にした後ですぐにでも眠りにつきたいくらいなのだ。それに、この人に自分の副業がバレるのは絶対に許されない。
さっきの人は見つからなかっただろうかと、心配になる。
「殿下より睡蓮殿に来るよう、言われていたはずですが」
「そんなの、言われていません」
「今朝は一先ず自室へ帰る。そう仰ってましたね。こちらに帰られた後、青蝶様が睡蓮殿に戻られないので、お迎えに上がりました」
「そんなことを言われましても……。僕は側室でもありませんし、殿下には釣り合いません。睡蓮殿には行けませんと、お伝えください」
瘰の影の方へお辞儀をする。
瘰は少し考えた後、承諾して出て行ってくれた。あまりにもアッサリと青蝶の話を受け入れてくれたのには少し驚いたが、あれ以上粘られると、青蝶も抵抗できなくなる。
ドアが閉まると安堵して寝台へ雪崩れ込んだ。
飛龍にこんなことをしている自分を知られたくない。きっと軽蔑するだろう。
せっかく忘れていた飛龍の存在をまた思い出してしまった。仕方のないこととはいえ、自分のしていることが悪いことのように思えて涙が頬を伝う。
その日はそのまま眠ってしまった。
翌日、朝から暁明が青蝶の部屋を訪ねてきた。
「昨日の客が、随分羽ぶりが良くてな。青蝶のためにたくさんの薬を買ってくれたぞ」
「本当ですか?」
「ああ、これでしばらくは針房としてだけ働けば大丈夫だろう」
「嬉しい。どうか、くれぐれもお礼を申してくださいね」
「勿論だ。あの客は青蝶を気に入っているからね。『自分がαだったら番になりたかったよ』なんて言ってるくらいだ」
「あの方は、最初からずっと優しいです」
礼は弾む。と言ってくれていたが、まさか薬をたくさん買ってくれるなど思いも寄らなかった。一ヶ月は男娼まがいな副業をしなくて済む。そう思っていたが、暁明が申し訳なさそうに切り出した。
「しかしだな……昨日の時点で既に複数人の予約を取ってしまったんだ。その人たちだけでも頑張ってもらえないか?」
「え? そんな……」
嫌とは言えない。暁明にはいつもお世話になっているし、これで断れば次に青蝶が困った時、助けてくれないかもしれない。
「……承知しました」
「ありがとう、青蝶。私も昨日は急な病状の悪化で気が動転してたんだ。今度からは気をつけるから」
「いえ、僕も昨日の人がこんなに薬を買ってくださるなんて思ってもいなかったので。ありがたく奉仕させていただきます」
「分かった。一日おきに来させるから、今日はゆっくり休むといい」
机の上にたくさんの薬を置いて行ってくれた。
これで視力が少しでも良くなってくれればいいのに……せめてこれ以上悪くならないでと、願った。
それから一ヶ月ほど、青蝶は一日置きに色んな男の相手をした。
数人だけ乱暴に扱う人がいて、体に傷が入ってしまった。青蝶は服は脱がないと暁明から言われているはずなのに、『雰囲気が出ないから、せめて肩くらいは見せろ』などと無理矢理脱がせようとして、引っ掻かれてしまったのだ。
そういう人は暁明が二度と利用させないと言ってくれる。そして今日もまた、別の男の男根を咥える……。
あれ以来、瘰は姿を見せなかった。
飛龍も青蝶を諦めたのだろう。それとも、やはり見合った人がいいと考え直したのかもしれない。本当の運命の番に出会ってしまったのかもしれない。様々な可能性を考えた。
青蝶は頭のどこかで、また飛龍が迎えに来てくれるのではないかと期待していた。しかし世の中そんなに甘くはない。
忙しい人だ。いつまでも見込みのない人を相手になどするはずもない。
頭では分かっていても、虚しさは消えてはくれなかった。
時間と共に消えゆく感情なのか。もしそうならば、早く時間が過ぎればいい。
そんな青蝶の思いとは裏腹に、一日はとても長い。飛龍と過ごす時間はあっという間に過ぎてしまっていた。それなのに、飛龍と会わなくなってからの日々は、嫌気が差すほど長く感じる。
仕事は順調なわけがなかった。ギリギリ納期には間に合っているが、早朝に起きて明るい間はひたすら機織り機と向き合う。
視力は現状維持もしてくれていない。日々、青蝶の目は見えなくなっていった。
それから更に二ヶ月も経つ頃には、殆ど光くらいしか認識できなくなっていた。
飛龍の新しい帯は何とか仕上がったものの、次に依頼が来たところで、もう青蝶には作れないような気がしていた。
薬は病気には効かないとはいえ、発情期には期待以上の効果を示していた。
そろそろ発情期に入るが、あの特有の熱っぽさは感じない。朝と夕刻に薬さえ飲んでいれば、背中の華が出ることもない。
夜の仕事も、発情期に関係なく行えるのは有難い。
「でも、華は咲かずとも視力は失われていくのか」
それは相当なショックだった。
華が精気を吸収するとともに、視力も奪っているのかと思っていたが、視力だけは関係なく下がっている。もしかすると、華は咲かなくとも精気を奪う力があるのかもしれない。青蝶の不安は増すばかりだ。
今夜もまた夜の仕事が控えている。盲目と言ってもいいほど青蝶は視力を失っているが、どうにかバレずに乗り切りたい。
ノックもせずに入って来た男にお辞儀をすると、寝台へと移動する。
「青蝶」
「はい?」
いきなり名前を呼ばれ、思わず顔を上げてしまった。なぜ客が青蝶の名前を知っているのだ。
困惑の色を隠せない。
男は青蝶の前に跪いた。
「其方、やはり見えていないのだな?」
青蝶の顔を覗き込んでも、青蝶からは其の男を認識できない。声は飛龍に似ている気もするが、ここには二度と来ないだろう。
そう思ったのだが、青蝶はその男に抱きしめられた。
「殿下の? あの、今日はどういったご用件で?」
今は誰と誰とも話したくない。客を相手にした後ですぐにでも眠りにつきたいくらいなのだ。それに、この人に自分の副業がバレるのは絶対に許されない。
さっきの人は見つからなかっただろうかと、心配になる。
「殿下より睡蓮殿に来るよう、言われていたはずですが」
「そんなの、言われていません」
「今朝は一先ず自室へ帰る。そう仰ってましたね。こちらに帰られた後、青蝶様が睡蓮殿に戻られないので、お迎えに上がりました」
「そんなことを言われましても……。僕は側室でもありませんし、殿下には釣り合いません。睡蓮殿には行けませんと、お伝えください」
瘰の影の方へお辞儀をする。
瘰は少し考えた後、承諾して出て行ってくれた。あまりにもアッサリと青蝶の話を受け入れてくれたのには少し驚いたが、あれ以上粘られると、青蝶も抵抗できなくなる。
ドアが閉まると安堵して寝台へ雪崩れ込んだ。
飛龍にこんなことをしている自分を知られたくない。きっと軽蔑するだろう。
せっかく忘れていた飛龍の存在をまた思い出してしまった。仕方のないこととはいえ、自分のしていることが悪いことのように思えて涙が頬を伝う。
その日はそのまま眠ってしまった。
翌日、朝から暁明が青蝶の部屋を訪ねてきた。
「昨日の客が、随分羽ぶりが良くてな。青蝶のためにたくさんの薬を買ってくれたぞ」
「本当ですか?」
「ああ、これでしばらくは針房としてだけ働けば大丈夫だろう」
「嬉しい。どうか、くれぐれもお礼を申してくださいね」
「勿論だ。あの客は青蝶を気に入っているからね。『自分がαだったら番になりたかったよ』なんて言ってるくらいだ」
「あの方は、最初からずっと優しいです」
礼は弾む。と言ってくれていたが、まさか薬をたくさん買ってくれるなど思いも寄らなかった。一ヶ月は男娼まがいな副業をしなくて済む。そう思っていたが、暁明が申し訳なさそうに切り出した。
「しかしだな……昨日の時点で既に複数人の予約を取ってしまったんだ。その人たちだけでも頑張ってもらえないか?」
「え? そんな……」
嫌とは言えない。暁明にはいつもお世話になっているし、これで断れば次に青蝶が困った時、助けてくれないかもしれない。
「……承知しました」
「ありがとう、青蝶。私も昨日は急な病状の悪化で気が動転してたんだ。今度からは気をつけるから」
「いえ、僕も昨日の人がこんなに薬を買ってくださるなんて思ってもいなかったので。ありがたく奉仕させていただきます」
「分かった。一日おきに来させるから、今日はゆっくり休むといい」
机の上にたくさんの薬を置いて行ってくれた。
これで視力が少しでも良くなってくれればいいのに……せめてこれ以上悪くならないでと、願った。
それから一ヶ月ほど、青蝶は一日置きに色んな男の相手をした。
数人だけ乱暴に扱う人がいて、体に傷が入ってしまった。青蝶は服は脱がないと暁明から言われているはずなのに、『雰囲気が出ないから、せめて肩くらいは見せろ』などと無理矢理脱がせようとして、引っ掻かれてしまったのだ。
そういう人は暁明が二度と利用させないと言ってくれる。そして今日もまた、別の男の男根を咥える……。
あれ以来、瘰は姿を見せなかった。
飛龍も青蝶を諦めたのだろう。それとも、やはり見合った人がいいと考え直したのかもしれない。本当の運命の番に出会ってしまったのかもしれない。様々な可能性を考えた。
青蝶は頭のどこかで、また飛龍が迎えに来てくれるのではないかと期待していた。しかし世の中そんなに甘くはない。
忙しい人だ。いつまでも見込みのない人を相手になどするはずもない。
頭では分かっていても、虚しさは消えてはくれなかった。
時間と共に消えゆく感情なのか。もしそうならば、早く時間が過ぎればいい。
そんな青蝶の思いとは裏腹に、一日はとても長い。飛龍と過ごす時間はあっという間に過ぎてしまっていた。それなのに、飛龍と会わなくなってからの日々は、嫌気が差すほど長く感じる。
仕事は順調なわけがなかった。ギリギリ納期には間に合っているが、早朝に起きて明るい間はひたすら機織り機と向き合う。
視力は現状維持もしてくれていない。日々、青蝶の目は見えなくなっていった。
それから更に二ヶ月も経つ頃には、殆ど光くらいしか認識できなくなっていた。
飛龍の新しい帯は何とか仕上がったものの、次に依頼が来たところで、もう青蝶には作れないような気がしていた。
薬は病気には効かないとはいえ、発情期には期待以上の効果を示していた。
そろそろ発情期に入るが、あの特有の熱っぽさは感じない。朝と夕刻に薬さえ飲んでいれば、背中の華が出ることもない。
夜の仕事も、発情期に関係なく行えるのは有難い。
「でも、華は咲かずとも視力は失われていくのか」
それは相当なショックだった。
華が精気を吸収するとともに、視力も奪っているのかと思っていたが、視力だけは関係なく下がっている。もしかすると、華は咲かなくとも精気を奪う力があるのかもしれない。青蝶の不安は増すばかりだ。
今夜もまた夜の仕事が控えている。盲目と言ってもいいほど青蝶は視力を失っているが、どうにかバレずに乗り切りたい。
ノックもせずに入って来た男にお辞儀をすると、寝台へと移動する。
「青蝶」
「はい?」
いきなり名前を呼ばれ、思わず顔を上げてしまった。なぜ客が青蝶の名前を知っているのだ。
困惑の色を隠せない。
男は青蝶の前に跪いた。
「其方、やはり見えていないのだな?」
青蝶の顔を覗き込んでも、青蝶からは其の男を認識できない。声は飛龍に似ている気もするが、ここには二度と来ないだろう。
そう思ったのだが、青蝶はその男に抱きしめられた。
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