色色奇譚

南 鈴紀

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第四話 朧の夢

第四話 二

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 ようやく空が白みはじめるが厚い灰色の雲に覆われているため、どことなく薄暗い。
 歩調を緩める天音を、半歩前に出た黎夜が振り返る。
「どうかしたの」
「ちょっとだけ、待っててもらってもいい?」
「いいけど……」
「ありがとう」
 何をするのか見当がついているのだろう渋い顔をする黎夜に、天音は静かに微笑んだ。それから両手の指を組み合わせ、そっとまぶたを閉じる。
 贄としてのお役目を果たせなかった自分がこんなことをしても意味などないかもしれない。けれど記憶の限り、早朝の祈りノ儀式を欠かしたことはないため、こうしないと落ち着かなかったのだ。
(白雪様……。無辜の民たちだけは、どうかお守りください)
 淡い白の光が舞う。
 黎夜は口を挟まなかったが、天音が目を開けたときには厳しい顔をしていた。
「……お願いだから、無理だけはしないでよ」
 多分他にも言いたいことはあったのだろうが、黎夜はそれだけを口にするとすっと手を差し出した。
「行こう」
 その手をとろうと一歩目を踏み出すと同時に天音は体の均衡を崩したが、黎夜はそれすらも織り込み済みだったのか掬うように天音の手をとって自身に引き寄せた。そうして手を引かれるまま、天音は黎夜とともに歩き出した。
 それからいくらも経たないうちに、天音の耳は人の声を拾った。黎夜も同じだったらしい、ぴたりと止まり、耳をすませる。
 声は大勢のもので、賑やかだった。
「みんな朝から元気だね。何してるのかな」
「朝市かも。……のぞいてみよう」
 竹林を抜け、開けた場所に出る。あたりにはいくつもの畑が広がっており、何かの野菜が植わっている。村が近い証拠だった。
 声を頼りに歩き続けると、やがてぽつぽつと建物を望めるようになってきた。瓦屋根の立派な造りをした邸しか目にしたことはない天音だったが、目の前の茅葺き屋根の小さな木造の建物が家だということは分かった。そして奥の開けた場所に、多くの人が集まっていることに気がつく。天音と黎夜はそちらへ向かった。
「わ……!」
 そこは想像以上に賑やかな場所だった。人数こそ邸にいた者たちと同じくらいだったが、雰囲気はまるで異なる。雑多で騒々しいといってしまえばそれまでだが、活気に溢れて人の営みを肌で感じることができ、少しの戸惑いはあれど好ましいと天音は思った。
「なんだか変な感じ」
「何が?」
 思わずこぼれた独り言だったが、喧噪の中でも黎夜の耳には届いたようで聞き返してくる。天音は質素な町並みとあちこちにいる人々を眺めながら答えた。
「同じ真白ノ国なのに、ここには白が少ないから。それに邸とは全然雰囲気も違うし」
 邸には真白ノ国ノ女神の加護を強く受ける天音や多くの親類縁者が住まっていたため、容姿が白い者は珍しくなかった。また邸全体を見ても白を基調としていたので、天音にとって白は身近な色だった。
 しかし眼前の光景に白は少ない。村民と思わしき者たちには黒髪や茶髪がほとんどで、天音のような白髪を持つ者はいない。建物にしても塗装せずに素材の木そのままだった。
 真白ノ国の邸内では黒髪、黒目の黎夜は目を引きやすい存在だったが、ここでは溶け込んでいる。むしろ地味な旅装とはいえ白髪、白目の天音の方がよほど目立つ。
「ここに白が少ないんじゃなくて、あの邸が異常なほど白かっただけだよ」
「そうなんだ……?」
 ときおり街に降りていた黎夜が言うのだから間違いではないのだろうが、天音にはいまひとつ実感がなかった。
 市の手前で話し込んでいた天音と黎夜がとりあえず端の露店をのぞいてみようと足を踏み出しかけると同時に、背後から「わあっ……!」と声が聞こえた。つい後ろを振り返ると、幼い女の子がきらきらとした眼差しで天音を見上げていた。
「お姉ちゃん、真っ白! きれい……!」
 女の子は純粋に感動しているのだろう。こんな風に褒められたことがなかった天音は何を言うべきか迷い、黙ってしまった。見かねた黎夜が助け船を出そうと口を開きかけると、女の子の後ろから「すみません……!」と青年が駆けてきた。
 天音たちとそう歳の変わらないだろう彼は、左手を少年とつなぎ、背には幼女よりもさらに小さな子どもを負ぶっている。皆、顔立ちが似ているので、恐らく兄弟だろう。
「妹が何かご迷惑を?」
 困惑しきりの天音を見てどう思ったのか、青年は慌てたように尋ねてくる。そこでようやく我に返った天音は首を横に振った。
「あっ、いいえ…!」
 天音が答えると、青年はほっと息を吐いた。
「ご迷惑をかけていないなら良かった……。ああ、いえ、騒ぎ立てたことに変わりはありませんね」
 申し訳なさそうに眉を八の字にする青年の手を、妹だという幼女がくいっと引いた。
「すごい、きれい! お兄ちゃん、このお姉ちゃん真っ白だよ!」
「世実、外では大きな声を出さない。それから勝手に走っていかないこと。人に迷惑をかけてはいけないし、危ないんだからね」
 内容ははっきりしているが口調は柔らかい。なんとなく日向に似ていると、天音はその顔を思い浮かべた。別れたばかりの悲しさに、ずきりと胸が痛む。
 僅かに翳った天音の顔をちらりと見て、黎夜が代わりに口を開く。
「あの、ここは何という村でしょうか」
「朧ノ村といいます。真白ノ国の辺境にあたりますよ」
「朧ノ村……? 聞いたことないけど……」
 博識な黎夜でも知らないという。呟く黎夜に青年は親切に教えてくれる。
「色々と訳ありの人が訪れては住んでいるので。一般的にはあまり名を知られていないんだと思います」
「ねえねえ! 白い人って本当にいるんだね」
「世実。少し落ち着きなさい」
 興奮していて兄である青年の注意もろくに聞けていないのだろう。世実という幼女ははしゃいでいる。青年は困ったようにため息をついていたが、天音は別のことが気になっていた。
「もしかして、真白ノ国ノ女神の加護を受けている人を見たことがないの……?」
 天音にとって、白はあまりにも身近すぎた。世実の発言をすぐには信じることができなかったが、青年が首肯したことでじわじわと現実味を帯びてきた。
「世実は、そうですね。真白ノ国ノ女神の加護を受けた人が村に住んでいたことはありましたが、僕が一〇歳の頃……、一一年前にいなくなってしまいました」
「出て行っちゃったんだね」
 天音は何気なく返したが、青年はというと顔を強張らせて「いいえ」と言った。
「出て行ったのではありません」
「じゃあ、なんで?」
「それ、は……」
 青年は言い淀んでしまい、しばらく沈思する。
「……いや。この村にいる以上、言わないでおくほうが不誠実か……」
 意を決したように青年は頭を振ると、真っ直ぐに天音を見た。
「詳しいことをお話しします。きっとあなたにも無関係ではないので」
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