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第四話 朧の夢
第四話 一〇
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それから半刻ほどが経過した。
お互いが視界の端に入る程度に散って方々を探し続ける。猫を追って村の中心とは反対方向、つまりは山の方へと少しずつ移動しながら捜索しているため人工物は減り、見通しはかなり良くなってきている。それでもなお猫は見つからない。
「猫ちゃーん、どこー?」
木の上や草むらの茂みを注意深く観察し、いないとわかったら次の一歩を踏み出す。そしてまた周囲を見渡し、やはりいないかとまた一歩踏み出そうとしたときだった。
三間ほど先の茂みががさりと揺れる。はっと顔を上げると、きらりと何かが光った。それが猫の目だと気づいたときには、猫はさっと身を翻して天音がいる方とは逆側へ駆け出した。その毛色は茶色で、走り方はどことなく不格好だった。
「あ、待って!」
陽太たちはこちらに背を向ける格好で木立の奥や茂みに分け入っていたため、猫に気がついたのは天音だけのようだった。ようやく見つけた猫を今度こそ見失えないと、天音は慌てて後を追い出す。
たった三間であっても、相手が怪我を負った猫であっても、天音の運動神経では追いつくのは容易ではない。気づけば本格的な山の入り口まで来ていて、足場は悪く、視界も狭く、暗くなっていた。
じっとりとした空気、至る所に落ちている影。
(これ以上は、いけない……)
本能的な危機感からか、悪夢のような経験からか。どちらにせよこの先に進むことはもとより、この場に長居することも危険だと思った。
もう一度だけ周囲を見て、それでも猫が見つからなかったら大人しく戻ろうと首を回して。
「あれって……」
猫よりも先に天音の目が捉えたのは、ぽつりと立つ小さな石の柱だった。
まるで何かに呼ばれるように、天音の足はその石へと向かっていた。
薄暗がりでも石柱に彫られた字は読めた。
『白き魂、ここに眠る』
別の側面に目を走らせると、『月白』という聞いた覚えのある名前とおよそ一一年前の日付が刻まれていた。
(まさか、ここで……)
目の前の石柱が、朧ノ村に住んでいた最後の真白ノ国ノ女神の加護を受けた者の墓だと理解した瞬間、天音の顔からさっと血の気が引いた。
それはここが死者の眠る場所だからではなく、再生の力を持つ者にとって死をもたらす可能性が十分にある場所だからだとわかってしまったからだ。
(すぐに戻らないと)
踵を返そうとした時だった。求めていたけれど、今だけは聞きたくなかった鳴き声が聞こえた。
(……でも、あの猫は怪我をしていて。わたしにはそれを治せる力があって……)
幸い鳴き声はすぐ近くから聞こえた。軽い怪我のようだから治す時間は瞬きのうちだ。
(……怪我だけ治して、すぐにここを離れよう)
声のした方に視線を落とす。頑張って手を伸ばせばなんとか届きそうな距離に探していた猫はいた。
猫を驚かせないよう、そろそろと腰を下ろして腕をいっぱいに伸ばす。猫の前足には血が滲んでいて、天音は手をかざすと傷が癒えるように祈りをこめた。白い光があたりをぼんやりと照らす。傷はたちまち塞がり、血の跡すらきれいに消えた。
猫はお礼のつもりなのか一鳴きすると軽やかに跳躍し、茂みの奥へと去っていった。
(良かった)
猫が元気になった姿を見届けて安堵する。あとは山を出て、陽太たちと合流すればいいだけだ。
少し、気が抜けてしまった。
無理な体勢から立ち上がろうとした瞬間、裾を踏みつけて前に倒れこんでしまう。咄嗟に手を着くが、着いた先は濡れた落ち葉が何重にも降り積もった地面であり、天音の体重がかかった途端ずるっと滑っていった。
「っ⁉」
驚きのあまり悲鳴すら出ない。
抵抗する術もなく、天音は落ち葉の滑落に巻き込まれ、斜面を転がり落ちた。
お互いが視界の端に入る程度に散って方々を探し続ける。猫を追って村の中心とは反対方向、つまりは山の方へと少しずつ移動しながら捜索しているため人工物は減り、見通しはかなり良くなってきている。それでもなお猫は見つからない。
「猫ちゃーん、どこー?」
木の上や草むらの茂みを注意深く観察し、いないとわかったら次の一歩を踏み出す。そしてまた周囲を見渡し、やはりいないかとまた一歩踏み出そうとしたときだった。
三間ほど先の茂みががさりと揺れる。はっと顔を上げると、きらりと何かが光った。それが猫の目だと気づいたときには、猫はさっと身を翻して天音がいる方とは逆側へ駆け出した。その毛色は茶色で、走り方はどことなく不格好だった。
「あ、待って!」
陽太たちはこちらに背を向ける格好で木立の奥や茂みに分け入っていたため、猫に気がついたのは天音だけのようだった。ようやく見つけた猫を今度こそ見失えないと、天音は慌てて後を追い出す。
たった三間であっても、相手が怪我を負った猫であっても、天音の運動神経では追いつくのは容易ではない。気づけば本格的な山の入り口まで来ていて、足場は悪く、視界も狭く、暗くなっていた。
じっとりとした空気、至る所に落ちている影。
(これ以上は、いけない……)
本能的な危機感からか、悪夢のような経験からか。どちらにせよこの先に進むことはもとより、この場に長居することも危険だと思った。
もう一度だけ周囲を見て、それでも猫が見つからなかったら大人しく戻ろうと首を回して。
「あれって……」
猫よりも先に天音の目が捉えたのは、ぽつりと立つ小さな石の柱だった。
まるで何かに呼ばれるように、天音の足はその石へと向かっていた。
薄暗がりでも石柱に彫られた字は読めた。
『白き魂、ここに眠る』
別の側面に目を走らせると、『月白』という聞いた覚えのある名前とおよそ一一年前の日付が刻まれていた。
(まさか、ここで……)
目の前の石柱が、朧ノ村に住んでいた最後の真白ノ国ノ女神の加護を受けた者の墓だと理解した瞬間、天音の顔からさっと血の気が引いた。
それはここが死者の眠る場所だからではなく、再生の力を持つ者にとって死をもたらす可能性が十分にある場所だからだとわかってしまったからだ。
(すぐに戻らないと)
踵を返そうとした時だった。求めていたけれど、今だけは聞きたくなかった鳴き声が聞こえた。
(……でも、あの猫は怪我をしていて。わたしにはそれを治せる力があって……)
幸い鳴き声はすぐ近くから聞こえた。軽い怪我のようだから治す時間は瞬きのうちだ。
(……怪我だけ治して、すぐにここを離れよう)
声のした方に視線を落とす。頑張って手を伸ばせばなんとか届きそうな距離に探していた猫はいた。
猫を驚かせないよう、そろそろと腰を下ろして腕をいっぱいに伸ばす。猫の前足には血が滲んでいて、天音は手をかざすと傷が癒えるように祈りをこめた。白い光があたりをぼんやりと照らす。傷はたちまち塞がり、血の跡すらきれいに消えた。
猫はお礼のつもりなのか一鳴きすると軽やかに跳躍し、茂みの奥へと去っていった。
(良かった)
猫が元気になった姿を見届けて安堵する。あとは山を出て、陽太たちと合流すればいいだけだ。
少し、気が抜けてしまった。
無理な体勢から立ち上がろうとした瞬間、裾を踏みつけて前に倒れこんでしまう。咄嗟に手を着くが、着いた先は濡れた落ち葉が何重にも降り積もった地面であり、天音の体重がかかった途端ずるっと滑っていった。
「っ⁉」
驚きのあまり悲鳴すら出ない。
抵抗する術もなく、天音は落ち葉の滑落に巻き込まれ、斜面を転がり落ちた。
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