色色奇譚

南 鈴紀

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第四話 朧の夢

第四話 一一

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 村での生計を立てる手段にも大まかな見通しが立った。用事は済ませたので早いところ天音のもとに戻ろうと、黎夜は帰路についた。家を出たときには青々としていた空だったが、既に橙色がかっている。冬の陽は短いので逢魔が刻もまもなくだ。
 村とは反対方向に向かって黙々と歩く。徐々に閑散としていく道だったが、俄かに騒がしくなった。ちらと見遣ると自分とそう歳の変わらないだろう三人の青年たちが何かを話しているようだった。
 困っているのか、焦っているのか。雰囲気はそんな感じだ。
(まあ、俺には関係ないことだけど)
 ここに天音がいれば彼らに声をかけていただろう。人の好い彼女のことだから自分の状況など鑑みず「どうしたの?」と平気で助けようとしそうだ。そして彼女に請われれば自分は断れないということも想像がついた。
 ただ、黎夜ひとりであれば話は別だ。天音の影響を受けて昔ほどではなくなったが、積極的に人と関わろうとは思っていないし、あえてでない限り礼儀を欠かないとしても愛想を振りまく気はさらさらない。
 天音のためになるならばと人と関わるだけであり、天音が相手だから優しくありたいと思い、穏やかに笑えるだけなのだ。
(一応安全だからって天音をひとりにしてきたけど、大丈夫かな……)
 小さな子どもではないのだからと思いたいところだが、世間知らずで無茶を無茶とも自覚していない彼女のことである。心配するなという方が無理な話だった。
(……うん、早く帰ろう)
 予想外のことをしてくれるから頭を抱えることになるのだ。その『予想外』をいくら検討したところで無駄だろう。だったらさっさと家に帰って天音の顔を見る方が確実に早く安心できる。
 そう思い直して黎夜がさらに歩を速めようと足を踏み出しかけたところで「あのっ‼」と腕を掴まれた。
 耳が痛くなるくらい大きな叫び声に顔を顰める。加えて気が急いていることもあって黎夜は腕を掴んできた青年を睨みつけた。
「放していただけますか。急いでいるので」
 冷たく剣のある声は明らかに不機嫌を物語っている。
 道端で騒いでいた三人の青年の一人は、黎夜の圧に気圧されながらも掴んだ腕を放そうとはしなかった。
「えっと、……放せない! っていうか俺たちも急いでて!」
「意味が分かりません。貴方がたが急いでいることとと私が急いでいることに関係はないでしょう」
 すげなく返して腕を振り払おうとする黎夜だったが、腕を掴む青年の後ろにいた二人のうちのひとりの青年の言葉にぴたりと動きを止めることになる。
「『天音』さん」
「……は?」
 昨日今日の村人の反応から、相手が一方的に天音と黎夜の名前を知っていることはなんら不思議なことではないとわかってきた。ただ、この場において不自然だと思ったのは目の前にいる黎夜より、ここにはいない天音の名前が先に出てきたことだ。
(日向様がいるから考えづらいけど追手か? それとは関係ないとしても何かの脅し? いや、目的がわからないな……)
 警戒しながら慎重に言葉を選ぶ。
「……彼女が、何か?」
 黎夜はとても友好的とはいえない態度だったが、彼らの方はほっと胸を撫でおろしていた。
「お、話聞いてくれそうじゃん」
「よ、良かったぁ! それでその‼」
 眼前の青年は腕を掴んだまま身を乗り出し、大声で話し出そうとする。黎夜は嫌悪感を露わに今度こそ腕を振り払った。
「どうぞ、続きを」
「あ、はい……」
 黎夜の冷たい口調と刺すような鋭い視線に促され、青年は呆気にとられたまま話し始めた。

「……で、天音まで見失った、と」
 なぜ彼らが初対面の黎夜に取り縋るに至ったのか、その経緯を聞き終えて、黎夜は苛立ち交じりの深いため息を吐き出した。
 他人の問題に無駄に首を突っ込み、挙句姿を消した天音や無責任に天音を連れまわした陽太たちに思うところはあるが、苛立ちの矛先自体は黎夜自身に向いていた。
(俺の失態だ)
 誰かのためになるなら怖いくらいに献身的になれてしまう天音が、目の前にいる困った村民を放っておけるはずない。手を差し伸べた瞬間、天音は彼女自身の優先順位を一気に落とす。再生の力があるから多少の危険は脅威ではないと思っているのだろう。周囲がいくら安全であったとしても、天音が自らその枠を踏み越えてしまってはそれはもう安全とはいえないのに。
(それくらいは読めたはずだったのに。天音をひとりにした、俺の詰めの甘さが一因だ)
 険しい表情で黙り込む黎夜に、陽太は急に頭を下げた。
「だからその、本当にごめんなさい! 何時間でも正座でお叱りを受けるし、何枚でも反省文書くから!」
「え、それ俺たちも一緒かよ?」
「当たり前だろ!」
 十麻の後頭部を掴んで、陽太は自分と同じように頭を下げさせようとしていた。言いたいことは山ほどあるが、彼らに悪意はなかったのだと今だけは自分に言い聞かせて黎夜は切り替えることにした。
「不毛なことは後にしてください、今は時間が惜しいのですから。本当に、天音が行きそうな場所に見当は付きませんか」
「それがわかんねぇから関係者に助けを求めたんだけど」
 不満げに口を尖らせる十麻を一瞥して、黎夜は陽太と海斗の方へ向き直った。
「貴方がたは?」
「うーん、進行方向でいくなら山の方、だと思うよ」
「でも、どうだろうね。よりにもよってあそこに天音さんが近づくかな」
「確かに雰囲気はあるけど、俺たちだってよく通りがかるじゃん」
「そうじゃなくて。再生の力を持った人なら、あそこは忌避感を覚えるんじゃないかと思って」
「そこの山に何かあるのですか」
 黎夜が視線を向けた先には、一見するとこれといった特徴のない山がそびえ立っている。
「天音さんがいるなら、村長から月白さんの話は聞かされなかった?」
 海斗の問いに黎夜は視線を戻し、首肯する。
「ええ、聞きました。だからこそ朧ノ村にはいない方がいいと」
「それを知っても住むことにしたっていうの本当だったんだな」
 十麻の呟きは無視して、海斗は「そう」と話を続けた。
「月白さんが人外化生に襲われたのが、そこの山の入り口あたりだったんだ」
「……っ⁉」
 一瞬息が詰まり、冬の日暮れだというのに背中に嫌な汗が伝った。
 痛みを悲鳴に変えることすらできずに何度も何度も惨たらしく喰い殺された天音の姿が生々しく蘇る。
 つい囚われそうになるが、黎夜を現実に引き戻したのは……。
(天音の、力の気配……?)
 ほんの幽かなものだったが、慣れ親しんだ愛しい気配を間違えるはずがない。
 本来の目的通り猫を探し出して怪我を治したのか。それとも何かに襲われて自身の傷を癒したのか。
 生きてはいるが、いや、生きているからこそ、この状況はあまりにも危険だと察した。
 甘美な餌が自らここにあると報せているようなものである。ここのところめっきり姿を見せなくなった人外化生だが、果たして大人しくしているだろうか。
(おそらく、その可能性は限りなく低い)
 奴らは生存本能に忠実であると嫌というほど知っている。生きたいと渇望するからこそ、生命力ある人間を、特に再生の力を持った者を喰らうのだ。
 気配は山の方からした。黎夜はすぐさま地を蹴った。
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