色色奇譚

南 鈴紀

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第六話 微睡みから醒めて

第六話 三

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 村長宅から食事処へは人通りのあまりない小路を抜けるより村のただ中を突っ切った方が早い。帰宅の途につく村人や宿を求めて歩く旅の者がごった返す中を天音は何度も人にぶつかりそうになりながら急に立ち止まっては転びそうになり、を繰り返してなんとか文乃のもとへとたどり着いた。
 『準備中』の札がかかる戸をがらがらと引き開けるとちょうどたすき掛けの紐を結び直した文乃と目が合った。
「あら。いらっしゃい、天音ちゃん」
「こ、こんにちは、文乃さん……っ」
 肩で息をする天音を見てなんとなくの事情を察したのだろう文乃は柔らかに目を細めると天音を近くの椅子に座らせて水を出してくれた。少しして天音の息が整ったところで、二人並んで厨房に立つ。
 過去にも何度か文乃に料理を教えてもらう機会はあった。黎夜が根気強く天音の練習に付き合ってくれたこともあるが、文乃に指南してもらうことでできるようになったことも多い。
「じゃあ今日は卵焼きにしましょうか」
 最近の天音の相談をしっかりと覚えていた文乃はそう提案すると必要な道具をささっと揃えていく。
 天音はようやくまともに割れるようになった卵を溶いて、砂糖を混ぜて、油を敷いた四角の小さな平鍋に少しずつ流し入れた。もたつきながらも巻いて残りの卵液をさらに入れる。火が通ったところで形を整えると黒い焦げの目立つ卵焼きが完成した。
「やっぱりうまくいかなくて……」
 皿を片手にしゅんと肩を落とす天音を、文乃は「これくらいなら大丈夫よ」と笑って励ます。
「砂糖は焦げやすいから。まずは塩を入れるだけで作ってみましょう」
 それから素早く卵を巻いて形を整えるためのこつを文乃に教えてもらい、慣れたところで再び砂糖を入れて卵焼きを作り直す。文乃は夜営業の仕込みをしながら天音の様子を見ていた。そうして営業再開直前にはきれいな甘い卵焼きが作れるようになった。
「ありがとう、文乃さん!」
 満面の笑みで天音がお礼を言うと文乃も嬉しそうに笑い返してくれる。
「頑張ったのは天音ちゃんよ。黎夜くんは……まだみたいね」
 戸に目を遣った文乃は天音に向き直ると悪戯っぽく片目を瞑った。
「じゃあ今日もお手伝いをお願いしようかしら」
「もちろん!」
 天音はさっそく表の札を『商い中』に裏返した。
 文乃に大したお礼はできないが黎夜が迎えに来るまでの間は営業を手伝うことにしていた。店の片隅で居心地悪く座っているくらいなら、少しでも文乃の助けになるようなことをしたかったのだ。天音にできることはそう多くはないが、文乃は天音が作った大量の試作品を無駄にせずに済むし、天音がいることで売り上げも上がるからと喜んでくれている。
 試作品は食べられないことはないが店で出せるほど美味しいものでもない。しかし文乃のところに来る客は変わり者なのか心が広いのか、これはこれで一興だと受けているのだから不思議だ。
 そんなことを思いながら次から次へとやってくる客を相手にしているとからりと微かな音が耳に届いた。賑やかな店内にいてもどうしてだかこの音は明瞭に聞こえる。
「黎夜」
 上げた視線の先、開いた戸口には黎夜が佇んでいた。
「お待たせ、天音。帰ろうか」
 混み合う店の中に天音を見つけた黎夜はふっと目を細める。天音は頷くと文乃を振り返った。
「文乃さん」
「ああ、黎夜くんが来たのね。ちょっと待っていて」
 文乃は小さな包みを持って厨房から出てきた。
「また遊びに来てね。楽しみにしているから」
「うん」
 包みには最後に成功した卵焼きが入っているのだろう。文乃の優しい微笑みに見送られ、天音は一礼した黎夜とともに夜空の下を歩き出した。
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