色色奇譚

南 鈴紀

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第七話 菜の花色の光

第七話 七

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「小春、そろそろ休憩」
 それまで天音と小春の後ろをほとんど黙ってついて歩いていた夕空だったが、巳の刻を四半刻過ぎたあたりで小さく声をあげた。
「夕空は心配しすぎです。私だってこのくらい平気で歩けます」
「あっちに新しい甘味処があるけど」
「えっ、行きます!」
 体が弱くて体力がなく病み上がりにも近い小春を気遣ってのことだろう。小春はまだまだ街を遊びまわりたいようだったが、気持ちばかりが先行して体が追いついているのかはわからない。小春の性格を理解してうまく休憩に誘導した夕空に、彼女との付き合いの長さを感じさせた。微笑ましいと同時に、天音もいつかは自分も小春にとってそのような存在になれたらいいと思う。
 夕空の案内でまだ新しくてきれいな甘味処に入った。店内には若い女性客が多く、華やかな印象だ。店員に通されたのは角の席で、天音の隣に小春が座ると、自然と小春の前には夕空が、天音の前には黎夜が席についた。
「夕空はここに来たことがあるんですよね。おすすめはありますか」
「どれも美味しかった。けど、小春が好きなのは抹茶あんみつだと思う」
「ならそれにします。夕空のおすすめは外れたことがありませんから」
 小春は注文表を見ず、すぐに頼むものを決めた。天音は白玉あんみつに、黎夜は冷やしぜんざいにそれぞれ注文を決めたところで夕空が手を挙げて店員を呼ぶ。
「抹茶あんみつと白玉あんみつと冷やしぜんざいをひとつずつ。それから磯部餅と草団子、豆大福に桃の氷菓子、抹茶の牛乳割りも」
 店員は面食らいながらも手帳に注文を書き取って一度下がっていった。
 天音よりも小柄な夕空ではあるが大食漢らしい。
「夕空くん、いっぱい食べるんだね……」
 半ば呆気にとられながら天音が聞くともなしに呟くと、夕空はさも当然と言わんばかりに真顔で頷いた。
「成長期だから。それに翼を維持するだけでもお腹が空く」
 まもなく届いた注文の品で卓上はいっぱいになった。
 抹茶あんみつをつついていた小春は楽しそうに目を細め、正面の夕空をにこにこしながら見つめている。
「いつ見てもいい食べっぷりですね。私は夕空のようにたくさんは食べられませんから、見ていると清々しくなります」
 夕空はすでに磯部餅を平らげていたが皿には海苔の欠片ひとつ残っていなかった。次に手をつけた桃の氷菓子も氷の粒までこぼさないよう慎重に匙で掬っている。
「それは不便。可哀想」
「これが普通なんですよ」
 冗談とも本気ともつかないような夕空に、小春はからからと笑って答えている。夕空はすでに真顔で溶ける氷と戦っていた。
 しばらく夕空には相手にされないと踏んだらしい小春は、今度は天音に話しかけてきた。
「天音は白玉あんみつにしたんですよね」
「うん。抹茶の方と迷ったんだけど、やっぱり慣れている方がいいかなって」
「ねえ、だったら一口ずつ交換しましょう」
「え、いいの?」
 小春に匙で掬った抹茶寒天を差し出される。ぱくりと口に含むと蜜まで抹茶味だった。
「こっちも美味しいね。小春ちゃん、白玉入ってなかったでしょ。食べる?」
「わーい。ならこのままいただきますね」
 小春は空いた匙に白玉を乗せていった。
「とってももちもちですね」
 口元に手を当てて咀嚼しながら、小春は感動に目を大きくしていた。
「食べ応えがあるよね」
「噛めば噛むほど甘くなりますね」
 天音と小春がわいわい話していると、黎夜が静かに嘆息を吐いた。
「……食事中にあまり騒ぎ立てるものではありませんよ」
 天音と黎夜が二人で食事をするときだって無言であることは基本的にない。黎夜はそれこそ食器の触れ合う音すら立てずに食事をしているが、天音があれこれと話しかけるからである。そして黎夜はそれを無視することはない。騒がないにしてもどちらかというと賑やかだ。
 しかし小春に向ける目は不機嫌そうに細められていた。小春は怯えるどころか、それを辟易した目で睨み返している。
「あなたは私の教育係ですか。私に当たらないで己の不甲斐なさを恥じなさい。そんなに賑やかなのが嫌ならひとりで静かに反省会でも開けばいいじゃないですか」
「節度の話をしています。関係のないことを引き合いに出さないでいただきたいですね」
「それこそ教育係でもないあなたにどうこう言われる筋合いはありませんが?」
 黎夜も小春も優しい質であるはずなのに、どうしてだか仲が悪い。天音には原因は見当もつかないし、無理に仲良くしろと言うつもりもないが、この場を収めるくらいはしなければとおろおろ頭を悩ませた。
(そんなにうるさくしたつもりはないけど……。あ、だったら!)
 真っ先に思い浮かんだ案を深く考えることなく、天音は黎夜の袂をくいっと引っ張った。
「黎夜、黎夜」
「え、何、……っ!」
 袂を引いたのとは反対の手で匙を操って、天音は黎夜の口に白玉を滑りこませた。
「これで小春ちゃんと同じでしょ。黎夜も共犯だね」
 天音がにっこり笑いかけると、黎夜は理解が追いついていないのかきょとんとしながらとりあえず白玉を咀嚼していた。険しかった表情が一瞬にして間の抜けたものに変わり、どこかあどけなささえ感じる。
 天音が満足げに微笑むと、小春ががたっと席を立った。
「同じじゃないです! ずるいですよ!」
「あのさ、三人して騒ぎすぎ」
 桃の氷菓子を僅かに溶けた水まで飲み干して、夕空は草団子に手を伸ばして言った。
 幸いにして周りの客も賑やかでそれぞれの世界に入り込んでいるため咎める者はいない。今しがた入店したばかりの女性客も店内の騒がしさは気に留めていないようだった。
「ここのどら焼き、しっとりしてて美味しいね。お土産に買って帰ろうかな。お父さん、甘いもの好きだし」
「急にどうしたの。いつもは口うるさくて嫌になるとかって言ってるのに」
「私は行ったことないんだけど、お父さんが小さい頃に住んでた村がこの間水害にあって沈んだんだって。いつになく落ち込んでるんだよね」
「水害? そんなのあったっけ?」
「ここじゃないよ、露草ノ国」
「ああ、あそこ……。最近水害が多いらしいね」
 夕空の手がぴたりと止まる。
「……」
「夕空、どうしました? お腹いっぱいになったんですか?」
 机に両手をついたままだった小春が夕空を見下ろす。
「まだ腹一分目にもなってない」
 草団子ではなく豆大福をかじって、夕空はやはり淡々と答えた。
 天音の隣では白玉を飲みこんだ黎夜が緑茶を口に含んでいた。
「……心臓に悪い。喉に詰まるかと思ったよ」
 悪意はなかったのだが変な驚かせ方をしてしまったのかもしれない。言われてみれば咄嗟の判断だったとはいえ、急に餅のように弾力のある白玉を口に押し込むのは危険だった。天音は「あはは、ごめんね……」と苦笑した。
「さくらんぼとも迷ったんだけど、小春ちゃんと公平にってなると白玉の方がいいかと思ったの」
 黎夜は湯呑から僅かに口を離して、横目に天音を見下ろした。
「さくらんぼだったとしても大して変わらないんだけど」
「あ、そっか。種があるもんね」
「……もういいよ」
 ふいっと目を逸らした黎夜は黙って緑茶をすすっていた。
 黎夜も夕空も再び静かになったが、小春だけはずっと元気なままだった。
「この後はどこに行きましょうか。天音は行ってみたいところはないんですか」
「んー、そうだねぇ……」
 この日は日が暮れる直前まで小春主導のもと四人で城下町を歩き回った。
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