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第一話 思い出語り
第一話 三
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「お腹空いたよ~」
天音が文机に腕を伸ばしながら突っ伏すと、頭上から穏やかな笑い声が降ってきた。
「では、昼食をいただきに参りましょうか」
「うん! あっ、黎夜くんも一緒に食べようよ」
天音はぱっと身を起こし、黎夜に笑顔を向けたが、黎夜からの返答はにべもないものだった。
「私は遠慮します」
「えー、なんで⁉」
「いいではないか、黎夜。食事は誰かと食べた方が楽しく美味しいものなのだから」
「そうだよそうだよ。 ね、どう?」
いたずらっぽく笑む玄と期待に目を輝かせる天音を前にして、黎夜は断るよりも今回だけは付き合った方が面倒ではないと判断して、小さくため息を吐きながらも頷いた。
「……わかりました」
「わーい、ありがとう! それじゃあ、さっそくご飯をもらいに行こう」
言うが早いか、天音はさっと立ち上がると弾む足取りで離れを出ていく。黎夜と玄も、天音の後に続こうと足を踏み出したところで「わっ⁉」という小さな悲鳴が前方からあがった。
声の出所を見遣ると、天音が離れを出ていくらも進まないところで転んでいた。どうやら足元に敷かれた白い玉砂利に躓いたようだ。
「いたた……」
天音は両手をついてむくりと起き上がった。幸いなことに怪我はなさそうだった。
「姫様、何度も申し上げますが足元にはご注意くださいね」
「おかしいなぁ。いつも気を付けてはいるんだけど……」
苦笑を浮かべた玄に差し出された手を取りながら天音は立ち上がる。その後ろで様子を見ていた黎夜は二度目のため息を吐いていた。
それから天音は足元を見つめながらそろそろとした足取りで進んだ。ただでさえ本邸と離れは距離があるところをじっくり時間をかけて歩いて、やっとの思いで本邸の端に着いた。そこから食堂まではすぐだ。
「今日のお昼ご飯は何かなー?」
歌うように呟きながら、天音は食堂と廊下を隔てる戸を開ける。
瞬間、先ほど廊下まで聞こえてきた幾人もの声がぴたりと止み、視線が一気に天音に集中した。天音は気づかないふりをして、昼食を受け取りに厨房の女性に声をかける。
「こんにちはー! ごはん三人分、お願いします!」
「は、はい……」
次第に周囲の音が戻ってくるが、その囁かれる内容に黎夜は眉根を寄せた。
「よくもまあ、平気な顔して来られるよな」
「自分の立場をわかってないんじゃないか」
「身分の卑しかった母親に似て、学もないそうだしな」
「王の娘だからと調子に乗っているのでは?」
「いくらお役目があると言っても、そもそもその力のせいで人外化生が寄ってくるというのにな」
あまりに悪しざまに言われるものだから、黎夜はつい天音を凝視してしまった。いくつも突き刺さる視線の中、黎夜の視線にだけ気づいた天音が振り返る。
「どうかした、黎夜くん?」
「どう、って……」
向けられる幾多の視線は明らかに天音を忌み嫌うものだ。さすがの天音もそれには気づいているだろうに、場違いなほどにやはり明るく笑う。
「あ、黎夜くんって自分でごはん作れる? もしかして食堂のごはんは食べたことないとか? 安心していいよ、ここのごはん、すっごく美味しいから!」
「自炊はできますが、そうではなく……」
自分にしては珍しく歯切れ悪い返事だと思いながら黎夜は戸惑いがちに玄を見上げる。
玄は厳しい眼差しを周囲に向けていたが、天音を見るときだけは慈しむような柔らかい笑みを送っていて、その微笑みのまま黎夜を見下ろした。
「早いところ離れに戻ろうか。せっかくのごはんが冷めてしまってはもったいないからな」
玄にはぐらかされているとわかりながらも、この場では黎夜は「はい……」と答えることしかできなかった。
膳を持っているため、来たとき以上に足元に注意を払いながら天音は離れへ向かって歩いていく。
「転ばないように……、ゆっくりゆっくり……」
先ほどまで勉強部屋としていた部屋に戻り、部屋を出る前に用意した円卓の上にそれぞれ膳を置いた。
「やっと食べられるよ~。それじゃあ、いただきます!」
元気よくぱちんと手を合わせる天音に続いて、玄は微笑みながら、黎夜は静かに品良く手を合わせて食前の挨拶をした。
食事中、天音は興味津々といった様子で黎夜に話しかけていた。
「黎夜くんは物知りなだけじゃなくて、計算も早くて、文字も上手なんだね。玄さんに教えてもらったの?」
「ええ、そうです」
「っていうことはわたしもいつかは黎夜くんみたいになれるかな?」
「……」
黎夜は天音を一瞥するも何も言わない。代わりに、玄は優しく天音に微笑みかけた。
「それもまた、姫様の今後の努力次第ですな。黎夜は私の教育とは別に自主的に勉強しておるのです」
「そうなの? 黎夜くんは本当にすごいんだね」
黎夜は視線を手元に戻すと、黙々とご飯を食べ進めた。天音には彼が何を考えているのかよくわからないが、さすがの玄はただ穏やかな微笑を浮かべている。玄の反応から黎夜の機嫌は悪くないと推察して、天音は好奇心旺盛に黎夜に話しかけ続けた。
「今日のお昼ご飯にはみかんの牛乳寒天がついてるね。わたし、甘いもの好きなんだ。黎夜くんは甘いもの好き?」
「……好きでも嫌いでもありません」
「そうなの? じゃあ何が好き?」
「特には」
黎夜は澄まし顔で淡々と言葉少なに答えるだけだが、答えられる質問には律儀に応じているようだった。弾んだ会話にはならないものの天音は心底楽しそうにしている。玄はそんな二人を微笑ましく見守っていた。
天音が文机に腕を伸ばしながら突っ伏すと、頭上から穏やかな笑い声が降ってきた。
「では、昼食をいただきに参りましょうか」
「うん! あっ、黎夜くんも一緒に食べようよ」
天音はぱっと身を起こし、黎夜に笑顔を向けたが、黎夜からの返答はにべもないものだった。
「私は遠慮します」
「えー、なんで⁉」
「いいではないか、黎夜。食事は誰かと食べた方が楽しく美味しいものなのだから」
「そうだよそうだよ。 ね、どう?」
いたずらっぽく笑む玄と期待に目を輝かせる天音を前にして、黎夜は断るよりも今回だけは付き合った方が面倒ではないと判断して、小さくため息を吐きながらも頷いた。
「……わかりました」
「わーい、ありがとう! それじゃあ、さっそくご飯をもらいに行こう」
言うが早いか、天音はさっと立ち上がると弾む足取りで離れを出ていく。黎夜と玄も、天音の後に続こうと足を踏み出したところで「わっ⁉」という小さな悲鳴が前方からあがった。
声の出所を見遣ると、天音が離れを出ていくらも進まないところで転んでいた。どうやら足元に敷かれた白い玉砂利に躓いたようだ。
「いたた……」
天音は両手をついてむくりと起き上がった。幸いなことに怪我はなさそうだった。
「姫様、何度も申し上げますが足元にはご注意くださいね」
「おかしいなぁ。いつも気を付けてはいるんだけど……」
苦笑を浮かべた玄に差し出された手を取りながら天音は立ち上がる。その後ろで様子を見ていた黎夜は二度目のため息を吐いていた。
それから天音は足元を見つめながらそろそろとした足取りで進んだ。ただでさえ本邸と離れは距離があるところをじっくり時間をかけて歩いて、やっとの思いで本邸の端に着いた。そこから食堂まではすぐだ。
「今日のお昼ご飯は何かなー?」
歌うように呟きながら、天音は食堂と廊下を隔てる戸を開ける。
瞬間、先ほど廊下まで聞こえてきた幾人もの声がぴたりと止み、視線が一気に天音に集中した。天音は気づかないふりをして、昼食を受け取りに厨房の女性に声をかける。
「こんにちはー! ごはん三人分、お願いします!」
「は、はい……」
次第に周囲の音が戻ってくるが、その囁かれる内容に黎夜は眉根を寄せた。
「よくもまあ、平気な顔して来られるよな」
「自分の立場をわかってないんじゃないか」
「身分の卑しかった母親に似て、学もないそうだしな」
「王の娘だからと調子に乗っているのでは?」
「いくらお役目があると言っても、そもそもその力のせいで人外化生が寄ってくるというのにな」
あまりに悪しざまに言われるものだから、黎夜はつい天音を凝視してしまった。いくつも突き刺さる視線の中、黎夜の視線にだけ気づいた天音が振り返る。
「どうかした、黎夜くん?」
「どう、って……」
向けられる幾多の視線は明らかに天音を忌み嫌うものだ。さすがの天音もそれには気づいているだろうに、場違いなほどにやはり明るく笑う。
「あ、黎夜くんって自分でごはん作れる? もしかして食堂のごはんは食べたことないとか? 安心していいよ、ここのごはん、すっごく美味しいから!」
「自炊はできますが、そうではなく……」
自分にしては珍しく歯切れ悪い返事だと思いながら黎夜は戸惑いがちに玄を見上げる。
玄は厳しい眼差しを周囲に向けていたが、天音を見るときだけは慈しむような柔らかい笑みを送っていて、その微笑みのまま黎夜を見下ろした。
「早いところ離れに戻ろうか。せっかくのごはんが冷めてしまってはもったいないからな」
玄にはぐらかされているとわかりながらも、この場では黎夜は「はい……」と答えることしかできなかった。
膳を持っているため、来たとき以上に足元に注意を払いながら天音は離れへ向かって歩いていく。
「転ばないように……、ゆっくりゆっくり……」
先ほどまで勉強部屋としていた部屋に戻り、部屋を出る前に用意した円卓の上にそれぞれ膳を置いた。
「やっと食べられるよ~。それじゃあ、いただきます!」
元気よくぱちんと手を合わせる天音に続いて、玄は微笑みながら、黎夜は静かに品良く手を合わせて食前の挨拶をした。
食事中、天音は興味津々といった様子で黎夜に話しかけていた。
「黎夜くんは物知りなだけじゃなくて、計算も早くて、文字も上手なんだね。玄さんに教えてもらったの?」
「ええ、そうです」
「っていうことはわたしもいつかは黎夜くんみたいになれるかな?」
「……」
黎夜は天音を一瞥するも何も言わない。代わりに、玄は優しく天音に微笑みかけた。
「それもまた、姫様の今後の努力次第ですな。黎夜は私の教育とは別に自主的に勉強しておるのです」
「そうなの? 黎夜くんは本当にすごいんだね」
黎夜は視線を手元に戻すと、黙々とご飯を食べ進めた。天音には彼が何を考えているのかよくわからないが、さすがの玄はただ穏やかな微笑を浮かべている。玄の反応から黎夜の機嫌は悪くないと推察して、天音は好奇心旺盛に黎夜に話しかけ続けた。
「今日のお昼ご飯にはみかんの牛乳寒天がついてるね。わたし、甘いもの好きなんだ。黎夜くんは甘いもの好き?」
「……好きでも嫌いでもありません」
「そうなの? じゃあ何が好き?」
「特には」
黎夜は澄まし顔で淡々と言葉少なに答えるだけだが、答えられる質問には律儀に応じているようだった。弾んだ会話にはならないものの天音は心底楽しそうにしている。玄はそんな二人を微笑ましく見守っていた。
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