色色奇譚

南 鈴紀

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第一話 思い出語り

第一話 一九

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 人目を避けながらなんとか離れに戻ってきたものの、玄が立ち寄った形跡はなかった。
 そわそわと落ち着かない天音は室内からまた空を見上げる。灰色の雲がかかる中、不気味なほど眩しい橙色の夕陽が僅かに辺りを照らしていた。四半刻を待たずして逢魔が時はやってくるだろう。
「玄さん……」
 人外化生が襲い来るよりも玄の安否がわからない方がずっと恐ろしい。この頃具合悪そうな日が続いていたからなおさら心配だった。
 ちらりと黎夜を見遣ると、彼は厳しい顔をして黙り込んでいた。
 緊張にぴんと張りつめた空気に、声をかけるのも躊躇われる。長いような短いような沈黙が降りていた。
 じゃり。
 不意に外から音が聞こえた。玉砂利を踏む音に、天音はぱっと顔を跳ね上げる。
「玄さん……?」
 じゃり……じゃ、じゃり……。
 まるで足を引きずって歩いているような重い音が不規則な間隔で響く。
 それは慣れ親しんだ玄の足音とは程遠く、近づく気配と足音から思い当たる正体に天音ははっと息をのんだ。
 天音の隣で黎夜がぽつりと呟く。
「人外化生……」
 凝った靄が二人の前に現れる。
人外化生は目のような部分を虚ろに彷徨わせて、ぴたりと動きを止めた。その視線は天音だけを明確に捉えていた。
「あ……」
 天音は初めて人外化生を怖いと感じた。
 玄と出会う前は今のように毎晩人外化生に襲われることはなかった。そして人外化生が怖いと思う前には玄が守り人としてついてくれた。天音が人外化生を見るのはいつだって玄の背中越しで、彼らが天音を見つけるよりも先に玄が切り伏せてくれていた。
 濁った羨望の眼差しに射すくめられ、天音の頭は真っ白になった。
 逃げなくてはと本能的に思うのに体は動かない。そもそもどこに逃げ場があるというのだろう。玄が頼れない今、誰に助けを求めればいいのか。
 人外化生がじりじりと距離を詰め、天音に襲いかかろうとする。
 その瞬間だった。
「守るから」
 天音の片頬を柔らかな風がかすめる。とんっと軽やかな足音に、しゅっと鋭く空を切る音が続いた。
 人外化生が地を這うような声で悲鳴をあげ、凝っていた靄は霧散する。
 靄がいた場所には背を向けた格好で、右手に刀を持つ黎夜が佇んでいた。
 少しの間をおいて、天音は黎夜が人外化生を斃したのだと理解した。
「黎夜! 大丈夫⁉」
 ようやく呪縛から解き放たれた天音は縁側を飛び降り、真っ直ぐに黎夜に駆け寄った。人外化生は再生の力を持った人間をよく襲うが、生きた人間も襲われることがある。黎夜に怪我がないか心配だった。
「俺は大丈夫だよ。それより天音は?」
「わたしも大丈夫だよ。黎夜が守ってくれたから」
「……そう」
 黎夜はほっと息を吐き、刀を鞘にしまった。
「これで今夜はもう人外化生は出ないはずだよね? 時間が時間だし俺は部屋に戻るよ」
 確かに今晩人外化生はもう出ないだろう。守り人であっても天音につかなくていい時間なのだから、黎夜をこの場に引きとめるのもおかしな話だ。それに夜まで一緒にいるというのも、あまりよろしくない。
 理屈で不安を押し込めて、天音は「うん、また明日ね」と微笑んでみたがうまく笑えたかどうかはわからなかった。
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