色色奇譚

南 鈴紀

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第一話 思い出語り

第一話 二三

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 巳の刻を半刻ほど過ぎた頃、緊急の話し合いは終わった。
 半ば予想はしていたが、王からの勅命が下された。断ることは基本的に許されないことだったとはいえ、正直なところ自分には荷が重いと感じていた。
(じい様の跡を継いで、俺が天音の守り人に……)
 玄の亡骸は既に別所に移されているらしく、ひとりで自室にいたら気が滅入ってしまいそうだった。
 無性に天音に会いたくなって、黎夜の足は離れへと向かっていた。
「天音、戻ったよ」
 離れの玄関から声をかけてみるが、いつものような軽快な駆け足の音は聞こえない。扉に手をかけてみると、すっと開いた。このようなことは今までにも例がある。大抵は玄や黎夜がやって来るのを待っている間に、天音が寝てしまっているのだ。
 黎夜は「入るよ」と慣れた調子で玄関にあがった。廊下を進んで勉強部屋に足を踏み入れる。
「また、こんなところで……」
 案の定、天音は寝ていた。それも服は朝のまま、いつも天音の席があった畳の上に丸くなって。
 呆れと心配が入り混じったため息を吐いて、黎夜はこれまでのように何気なく天音を起こそうと手を伸ばしかけて、ぴたりと宙で止めた。
(泣い、てた……?)
 天音の頬には涙の跡が残っていて、閉じたまぶたも赤く腫れていた。
「……玄、さん……」
「っ!」
 天音が寝言で玄の名前を呼ぶのと同時に、目の端からつうっと一筋の涙が流れた。
 天音が泣くところなどほぼ見たことがなかった黎夜は驚きに息をのみ、己の愚かさを呪った。
 玄が亡くなったと知らされて、天音は駆けつけてくれた。泣きじゃくる黎夜のことを思いやって、彼女は静かに寄り添ってくれた。「ひとりじゃないよ」と黎夜を元気づけるように明るく笑ってくれた。その後、家臣たちに絡まれても気丈に振る舞い続けた天音だったが、あのとき泣きたいほど悲しかったのは、黎夜だけでなく天音だって同じだったはずだ。
 そんなことにも思い至らずに、黎夜は浅はかにも天音の笑顔に救われたいと思って彼女に会いに来てしまった。
 思えば、天音は人前では泣かない。人前で泣いたとしたら、それは天音のためではなく他の誰かのためだ。
 怒るときもそう。自分が不快になったからではく、誰かが傷つくから怒る。
 人前で泣かない強さと誰かのために怒れる優しさを天音がもっていると知りながら、黎夜は彼女に甘えていたのだと気づかされた。
 天音だって自分と同じたったの一〇歳で、子どもだ。大人を頼りたいだろうし、守ってほしいと思うこともあるだろう。それが叶わない今、不安だってあるはずだ。
(それなのに、俺は……)
 天音に甘えたまま、与えられたたったひとつの役目にすら迷いを抱いている。
(荷が重いなんて、馬鹿なことを考えてた)
 天音の強さに憧れ、優しさに惹かれ、素直で明るく無邪気な笑顔が愛しかった。明確なきっかけなどなく、気がつけばこの想いは日に日に大きくなっていった。
(俺は、天音を守りたい)
 友人として、幼なじみとして、守り人として、……天音を恋い慕う男として。
 一国の姫とその守り人では、主従の立場がある。黎夜が天音に想いを伝える日が来ないのだとしても、この想いは大事にしたかった。
「……天音。君のこと、俺が守るって誓うよ」
 玄の最期の顔が思い浮かぶ。慈愛に満ちた微笑みで、きっと彼は願ってくれたのだと思う。黎夜と天音の明るく優しい未来を。
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