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第三話 幸せの在処
第三話 六
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「え……」
さすがの黎夜でも予見しえなかった事態に、呆けた声がもれ出る。
結界手前の人外化生は音もなくすっと消えた。そして一瞬後に結界の向こう側に再出現したのだ。どうやら奴らは影から影を移動できるようだった。
結界を解く前に人外化生がどれほど発生するかは未知数。その上、結界が必ず解ける保証はない。
聡い日向のことだ。この異常事態に何かしら気づいているかもしれない。そうなったとき、彼は自身の体調不良を押してでも事態の解決に乗り出るだろう。そう信じられるくらいには、黎夜は日向のことを認めていた。彼は黎夜にとって殿下ではあったが、親友でもあった。
(なら、俺がやるべきこと、俺にしかできないことは……)
未だ、右手の指先はじんじんと痺れたように痛む。だが、そんなことは些末事だ。黎夜は刀を握り直した。
(天音に近寄る脅威をできる限り消し去ることだ!)
竹林前の開けた空間を、黎夜は舞うように駆ける。
人外化生の背と思わしき部位に容赦ない一撃を浴びせる。息つく間もなく隣の靄を薙ぎ払い、勢いを殺すことなく背後のそれへも刀を振り下ろした。
最初こそ人外化生は黎夜など眼中にないような動きをしていたが、次第にぱらぱらと黎夜に明らかな敵意を向けてくるものが現れ始める。
その場にいた人外化生のうち、四分の一ほどの黒い靄が塊となって黎夜に襲いかかる。
しかし、黎夜に怯む様子は微塵もなかった。好都合どころか狙い通りだ。
降りかかる真っ黒な霧雨をすっぱりと斬り払う。声ともつかない雑音が重なって不協和音を生み出す。黎夜は一瞬顔を顰めたが、すぐに次の人外化生に斬りかかった。
手足を止めることなく、次々と人外化生を屠っていく。傷こそほとんど負わなかった黎夜だが、体力は着実に奪われていった。
「っ……、はぁ……っ、はぁっ」
人外化生の動きは俊敏ではないので大雑把な斬撃でも滅せないことはない。
ただ、あとどのくらい人外化生が現れるかわからない。天音だって助けに行きたい。そのためにも最小限の動きに留めて、体力は温存しておきたかった。
そう思っていたのだが、疲れが滲みだした黎夜の剣筋は狙いとはややずれた軌道を描いた。
きんっ!
まるで硝子にぶつかったかのような甲高い音がした。そして、その残響をかき消すように人外化生の断末魔の声が重なる。
人外化生を斬る前に剣の切っ先が触れたのは、竹林がそびえ立つだけの何もない空間。否、きらきらと透明に輝く見えない壁、結界だった。
「まさか……」
直に触れると怪我を負うので破壊はできないと思っていたが、剣がぶつかってもあのときのような雷に打たれるような痛みや火傷はない。
一縷の望みを懸け、黎夜は狙いを結界に定めると剣で叩きつけた。
「はあっ‼」
き、きんっ!
音こそ薄い硝子にぶつけたときのものによく似ているが、感触は強固な硝子よりも石に当てたときのものに近かった。
反動で刃が弾き返され、体勢を崩しかける黎夜の隙を突いて人外化生がまとめて押し寄せる。
「邪魔!」
苛立ち混じりの粗い一撃は、常の彼から放たれる研ぎ澄まされた剣捌きからは程遠い。乱れた感情をそのまま叩きつけたような攻撃に、人外化生は斬られたというよりも潰されたといった形で消滅した。残り僅かとなった人外化生は怯んだように動きを止める。
(どうする? どうしたら結界を壊せる?)
硝子のような音だから叩けば割れるのかと思ったが甘かった。でも、刀でなら触れることはできる。
(じい様がくれた、最後の贈り物……)
晩年の玄が黎夜の誕生日に贈ってくれた最後のもの、それがこの刀だった。
『いいか、黎夜。この刀はお前の守りたいという願いにきっと応えてくれる。だから、強い意思を持ちなさい』
かつて修行中に何度も何度も説かれてきた玄の『意思を強く持て』という教え。偉大な師はもうこの世にいないけれど、叱り飛ばされたような気がした。荒れかけていた胸中がすっと凪いでいくのを感じる。
人外化生を斃す。結界を壊す。日向の助けを待つ。玄の教えをなぞる。
そんなこと、今はどうだっていい。それらはあくまで過程でしかないのだから。
ただ一つの願い。
それは昔からずっと変わらず、当たり前となっていて自覚することすら忘れていた、純粋な想い。
剣を構え直し、精神を集中させる。そして、心からの願いを、強い想いを乗せて真っ直ぐな刺突を繰り出した。
「俺は、天音を守りたい!」
さすがの黎夜でも予見しえなかった事態に、呆けた声がもれ出る。
結界手前の人外化生は音もなくすっと消えた。そして一瞬後に結界の向こう側に再出現したのだ。どうやら奴らは影から影を移動できるようだった。
結界を解く前に人外化生がどれほど発生するかは未知数。その上、結界が必ず解ける保証はない。
聡い日向のことだ。この異常事態に何かしら気づいているかもしれない。そうなったとき、彼は自身の体調不良を押してでも事態の解決に乗り出るだろう。そう信じられるくらいには、黎夜は日向のことを認めていた。彼は黎夜にとって殿下ではあったが、親友でもあった。
(なら、俺がやるべきこと、俺にしかできないことは……)
未だ、右手の指先はじんじんと痺れたように痛む。だが、そんなことは些末事だ。黎夜は刀を握り直した。
(天音に近寄る脅威をできる限り消し去ることだ!)
竹林前の開けた空間を、黎夜は舞うように駆ける。
人外化生の背と思わしき部位に容赦ない一撃を浴びせる。息つく間もなく隣の靄を薙ぎ払い、勢いを殺すことなく背後のそれへも刀を振り下ろした。
最初こそ人外化生は黎夜など眼中にないような動きをしていたが、次第にぱらぱらと黎夜に明らかな敵意を向けてくるものが現れ始める。
その場にいた人外化生のうち、四分の一ほどの黒い靄が塊となって黎夜に襲いかかる。
しかし、黎夜に怯む様子は微塵もなかった。好都合どころか狙い通りだ。
降りかかる真っ黒な霧雨をすっぱりと斬り払う。声ともつかない雑音が重なって不協和音を生み出す。黎夜は一瞬顔を顰めたが、すぐに次の人外化生に斬りかかった。
手足を止めることなく、次々と人外化生を屠っていく。傷こそほとんど負わなかった黎夜だが、体力は着実に奪われていった。
「っ……、はぁ……っ、はぁっ」
人外化生の動きは俊敏ではないので大雑把な斬撃でも滅せないことはない。
ただ、あとどのくらい人外化生が現れるかわからない。天音だって助けに行きたい。そのためにも最小限の動きに留めて、体力は温存しておきたかった。
そう思っていたのだが、疲れが滲みだした黎夜の剣筋は狙いとはややずれた軌道を描いた。
きんっ!
まるで硝子にぶつかったかのような甲高い音がした。そして、その残響をかき消すように人外化生の断末魔の声が重なる。
人外化生を斬る前に剣の切っ先が触れたのは、竹林がそびえ立つだけの何もない空間。否、きらきらと透明に輝く見えない壁、結界だった。
「まさか……」
直に触れると怪我を負うので破壊はできないと思っていたが、剣がぶつかってもあのときのような雷に打たれるような痛みや火傷はない。
一縷の望みを懸け、黎夜は狙いを結界に定めると剣で叩きつけた。
「はあっ‼」
き、きんっ!
音こそ薄い硝子にぶつけたときのものによく似ているが、感触は強固な硝子よりも石に当てたときのものに近かった。
反動で刃が弾き返され、体勢を崩しかける黎夜の隙を突いて人外化生がまとめて押し寄せる。
「邪魔!」
苛立ち混じりの粗い一撃は、常の彼から放たれる研ぎ澄まされた剣捌きからは程遠い。乱れた感情をそのまま叩きつけたような攻撃に、人外化生は斬られたというよりも潰されたといった形で消滅した。残り僅かとなった人外化生は怯んだように動きを止める。
(どうする? どうしたら結界を壊せる?)
硝子のような音だから叩けば割れるのかと思ったが甘かった。でも、刀でなら触れることはできる。
(じい様がくれた、最後の贈り物……)
晩年の玄が黎夜の誕生日に贈ってくれた最後のもの、それがこの刀だった。
『いいか、黎夜。この刀はお前の守りたいという願いにきっと応えてくれる。だから、強い意思を持ちなさい』
かつて修行中に何度も何度も説かれてきた玄の『意思を強く持て』という教え。偉大な師はもうこの世にいないけれど、叱り飛ばされたような気がした。荒れかけていた胸中がすっと凪いでいくのを感じる。
人外化生を斃す。結界を壊す。日向の助けを待つ。玄の教えをなぞる。
そんなこと、今はどうだっていい。それらはあくまで過程でしかないのだから。
ただ一つの願い。
それは昔からずっと変わらず、当たり前となっていて自覚することすら忘れていた、純粋な想い。
剣を構え直し、精神を集中させる。そして、心からの願いを、強い想いを乗せて真っ直ぐな刺突を繰り出した。
「俺は、天音を守りたい!」
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