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第三話 幸せの在処
第三話 一一
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日向はすぐに天音を追わなければと足を踏み出した。思い詰めた顔をして、自身を責めるような口ぶりをしていた妹をこのまま放っておけるはずがない。
だが日向が駆け出すよりも先に、襖の向こうから日向を呼ぶ声がした。
「日向殿下! いらっしゃいますか……⁉」
日向が寝込んでいると知っている家臣の焦りに駆られた声に、聞かないふりで通すこともできず、日向はもどかしく思いながら応じることにした。
「いるよ。どうしたの」
日向の方から襖を開けて顔を出すと、家臣はほっとしたような怯えたような顔で告げる。
「ご体調が優れないというのに、申し訳ございません。ですが、火急の用にて参りました。……贄ノ儀式が、失敗した模様です」
天音のもたらした情報に比べれば、家臣の話はかなり大雑把だった。そんな話に耳を傾けるほど、今の日向に余裕はない。失敗してしまった儀式についてどうこう言うより、天音が何をしようとしているのかのほうが気がかりでならなかった。
熱のせいで足元がふわふわと覚束ないが、再生の力があるおかげで少しの無理なら利いた。数人の家臣を連れ、日向は儀式ノ間へと急行した。
(おそらく、天音もそこにいる)
贄としてお役目を果たすことを生まれたときより決められ、教えこまれてきた天音は、自身のその運命をまるで当たり前のことのように受け入れていた。そんな彼女が贄ノ儀式に失敗した、自分が失敗させてしまったと信じこんでいる。であるならば、何が何でも贄として儀式を成功させようとするのではないか。
(黎夜が命懸けで守った命を、ここで散らせることなんてできない)
親友の想いを無駄にしたくない。
(なにより、大事な妹を失いたくない……!)
半分しか血がつながっていなくても、『兄様』と懐っこく愛らしい笑顔を向けてくれた。何の打算もなく慕ってくれた。
そんな妹を自分は一体何度だけ助けることができただろう。いじめまがいの嫌がらせを受けていることを知っていたのに表立っては止められず、父王の命令に異を唱えても贄ノ儀式の中止は叶わず。己の不甲斐なさに憤りさえ感じた。
(もう嫌なんだ。天音ばかりが傷つくのも、わかっていて何もできない自分も)
今度こそこの手が届くようにと、日向は強く地面を蹴った。
そうして儀式ノ間に到着する。
どういうわけか結界は壊されていて、真白ノ神ノ加護を受けている日向でなくとも竹林の先へと進むことができた。
空は今にも雨が降り出しそうな曇天で、竹林の中はうっそりと暗い。ぬかるみに注意を払いながらも、日向は駆けることをやめなかった。
まもなく前方に僅かな明かりが差し、開けた場所に出る。そして広がる惨状に頭が真っ白になった。天音から話には聞いていたが、想像を絶していた。辺りに充満する慣れない濃い血の臭いに吐き気がこみ上げる。
家臣の一人が案じるように日向に声をかけるが、日向は強く頭を振った。
(天音を連れ戻すまでは、戻れない)
残骸を避けながら、日向は奥へと歩を進める。
(奥には祭壇がある。天音はきっと……)
日向の予想通り、儀式ノ間の最奥、そこに設えられた祭壇の前に天音はいた。膝をつき、両手の指を組み合わせ、ひたすらに祈っている天音からは白い光の粒が舞っていた。
何も事情を知らないなら美しいとすら形容できそうな神秘的な光景だが、日向にしてみれば恐ろしいものにしか映らなかった。白い光は天音の生命で、舞っている様は散っているように思えたからだ。
「天音……!」
日向は咄嗟に手を伸ばす。しかし天音に触れようとした瞬間、視界が歪んで立っていられなくなった。片膝をついた日向は大きく目を見開き、ただ呆然と天音の横顔を見つめることしかできなかった。
どっと体が重くなる感覚は、再生の力を使った後のものとそっくりだった。天音の祈りに巻き込まれるように力を抜き取られたのだ。
こんなにも近くにいるのに果てしなく遠く感じる。
日向の手は天音には届かず、天音は日向の存在に見向きもしない。無視しているのではなく、儀式に集中していて天音の視界には映っていないのだろう。真白ノ女神へと語りかける言葉は途切れることなく紡がれていた。
「日向殿下!」
再生の力を持たない家臣が日向に駆け寄ろうとするが、天音の力に本能的な恐怖を抱いたのか手前でびくりと立ち止まった。
悔しいがこの場で日向にできることはほとんどない。
日向は立ち上がると家臣たちに遺体回収の指示を出した。それが済むと、日向はいま一度天音を振り返ってから、家臣を連れて邸に戻った。
だが日向が駆け出すよりも先に、襖の向こうから日向を呼ぶ声がした。
「日向殿下! いらっしゃいますか……⁉」
日向が寝込んでいると知っている家臣の焦りに駆られた声に、聞かないふりで通すこともできず、日向はもどかしく思いながら応じることにした。
「いるよ。どうしたの」
日向の方から襖を開けて顔を出すと、家臣はほっとしたような怯えたような顔で告げる。
「ご体調が優れないというのに、申し訳ございません。ですが、火急の用にて参りました。……贄ノ儀式が、失敗した模様です」
天音のもたらした情報に比べれば、家臣の話はかなり大雑把だった。そんな話に耳を傾けるほど、今の日向に余裕はない。失敗してしまった儀式についてどうこう言うより、天音が何をしようとしているのかのほうが気がかりでならなかった。
熱のせいで足元がふわふわと覚束ないが、再生の力があるおかげで少しの無理なら利いた。数人の家臣を連れ、日向は儀式ノ間へと急行した。
(おそらく、天音もそこにいる)
贄としてお役目を果たすことを生まれたときより決められ、教えこまれてきた天音は、自身のその運命をまるで当たり前のことのように受け入れていた。そんな彼女が贄ノ儀式に失敗した、自分が失敗させてしまったと信じこんでいる。であるならば、何が何でも贄として儀式を成功させようとするのではないか。
(黎夜が命懸けで守った命を、ここで散らせることなんてできない)
親友の想いを無駄にしたくない。
(なにより、大事な妹を失いたくない……!)
半分しか血がつながっていなくても、『兄様』と懐っこく愛らしい笑顔を向けてくれた。何の打算もなく慕ってくれた。
そんな妹を自分は一体何度だけ助けることができただろう。いじめまがいの嫌がらせを受けていることを知っていたのに表立っては止められず、父王の命令に異を唱えても贄ノ儀式の中止は叶わず。己の不甲斐なさに憤りさえ感じた。
(もう嫌なんだ。天音ばかりが傷つくのも、わかっていて何もできない自分も)
今度こそこの手が届くようにと、日向は強く地面を蹴った。
そうして儀式ノ間に到着する。
どういうわけか結界は壊されていて、真白ノ神ノ加護を受けている日向でなくとも竹林の先へと進むことができた。
空は今にも雨が降り出しそうな曇天で、竹林の中はうっそりと暗い。ぬかるみに注意を払いながらも、日向は駆けることをやめなかった。
まもなく前方に僅かな明かりが差し、開けた場所に出る。そして広がる惨状に頭が真っ白になった。天音から話には聞いていたが、想像を絶していた。辺りに充満する慣れない濃い血の臭いに吐き気がこみ上げる。
家臣の一人が案じるように日向に声をかけるが、日向は強く頭を振った。
(天音を連れ戻すまでは、戻れない)
残骸を避けながら、日向は奥へと歩を進める。
(奥には祭壇がある。天音はきっと……)
日向の予想通り、儀式ノ間の最奥、そこに設えられた祭壇の前に天音はいた。膝をつき、両手の指を組み合わせ、ひたすらに祈っている天音からは白い光の粒が舞っていた。
何も事情を知らないなら美しいとすら形容できそうな神秘的な光景だが、日向にしてみれば恐ろしいものにしか映らなかった。白い光は天音の生命で、舞っている様は散っているように思えたからだ。
「天音……!」
日向は咄嗟に手を伸ばす。しかし天音に触れようとした瞬間、視界が歪んで立っていられなくなった。片膝をついた日向は大きく目を見開き、ただ呆然と天音の横顔を見つめることしかできなかった。
どっと体が重くなる感覚は、再生の力を使った後のものとそっくりだった。天音の祈りに巻き込まれるように力を抜き取られたのだ。
こんなにも近くにいるのに果てしなく遠く感じる。
日向の手は天音には届かず、天音は日向の存在に見向きもしない。無視しているのではなく、儀式に集中していて天音の視界には映っていないのだろう。真白ノ女神へと語りかける言葉は途切れることなく紡がれていた。
「日向殿下!」
再生の力を持たない家臣が日向に駆け寄ろうとするが、天音の力に本能的な恐怖を抱いたのか手前でびくりと立ち止まった。
悔しいがこの場で日向にできることはほとんどない。
日向は立ち上がると家臣たちに遺体回収の指示を出した。それが済むと、日向はいま一度天音を振り返ってから、家臣を連れて邸に戻った。
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