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第三話 幸せの在処
第三話 一四
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そこは白以外には何もない世界だった。
儀式ノ間を囲うように林立する竹も、目の前にあったはずの祭壇も消えている。両膝を地につけたまま、きつく指を組み合わせ、祈りの言葉を紡ぎ続けるが、自分の声は聞こえなかった。
もうどのくらい、こうしているのかわからない。
それでも天音に残された唯一にして絶対のやり遂げなければならないことだから、止めるという選択肢は存在しなかった。
祈る。
小さな呼吸すら苦しくてたまらない。
祈る。
あらゆる感覚が遠くなる。
祈る。
それなのに、まだ自分は生きている。
それこそが贄ノ儀式が成功していないという何よりの証だった。
(どうして!)
儀式の間は祈り以外無心にならなければいけないと頭ではわかっていても、重なる疲労に苛立ちが抑えきれない。
(たったひとつの使命すら果たせない! なら、わたしが生きてきたことに何の意味があったの?)
贄としてのお役目に自身の存在意義を見出していた。それが成せないのならば、この生命に意味などない。
(意味がないなら、もう終わりたい)
胸の中に落とされた黒い染みがじわじわと広がっていく。
(終わりたい、のに……!)
しかし強大な再生の力は、それを許してはくれなかった。何を願っても、天音にできることは祈ることだけ。
(これこそが罰なのかな)
永劫の辛苦を伴って生かされる。贄としてのお役目を果たせず、親類縁者を殺し、国を乱した。その罪は大きい。
(なら、もう、それでいい)
徐々に自分の意思が朧げになっていく。
儀式を成功させるまで生きたいのか、何もかもを捨てて今すぐ死にたいのか。わからない。
望んでも、願っても、祈っても。変わらない。
自分が祈ることに意味はあるのだろうか。
この生命に価値はあるのだろうか。
いくつもの思いは、まるで水に溶けるように輪郭をなくしていった。
残った思いが自分の意思だと疑いなく思いこむ天音は、祈りの言葉を並べて唱える。何の為に祈っているのかは、既に思い出せなくなっていた。
(あ、れ……?)
最後の自我の一欠片がこぼれ落ちる。
(わたしは、何だったっけ……?)
天音が全てを失いかけた、そのときだった。
白だけの景色に黒い光が舞いこみ、世界が壊れた。同時に天音の自我が引き戻される。
背後に人の気配を感じてはっと振り返り、見上げる。
「れ、いや……?」
彼が助かっていたことに安堵はしたが、ここには来ないでほしかったと苦い気持ちがこみ上げる。
(だって……)
しかし、天音が考えられたのはそこまでだった。
心も体もとうに限界を迎えていた。あれほど強大だと感じていた再生の力だが、今は抑えつけられたように微弱なものになっている。抗うこともできずに、天音の意識はふっつりと途絶えた。
儀式ノ間を囲うように林立する竹も、目の前にあったはずの祭壇も消えている。両膝を地につけたまま、きつく指を組み合わせ、祈りの言葉を紡ぎ続けるが、自分の声は聞こえなかった。
もうどのくらい、こうしているのかわからない。
それでも天音に残された唯一にして絶対のやり遂げなければならないことだから、止めるという選択肢は存在しなかった。
祈る。
小さな呼吸すら苦しくてたまらない。
祈る。
あらゆる感覚が遠くなる。
祈る。
それなのに、まだ自分は生きている。
それこそが贄ノ儀式が成功していないという何よりの証だった。
(どうして!)
儀式の間は祈り以外無心にならなければいけないと頭ではわかっていても、重なる疲労に苛立ちが抑えきれない。
(たったひとつの使命すら果たせない! なら、わたしが生きてきたことに何の意味があったの?)
贄としてのお役目に自身の存在意義を見出していた。それが成せないのならば、この生命に意味などない。
(意味がないなら、もう終わりたい)
胸の中に落とされた黒い染みがじわじわと広がっていく。
(終わりたい、のに……!)
しかし強大な再生の力は、それを許してはくれなかった。何を願っても、天音にできることは祈ることだけ。
(これこそが罰なのかな)
永劫の辛苦を伴って生かされる。贄としてのお役目を果たせず、親類縁者を殺し、国を乱した。その罪は大きい。
(なら、もう、それでいい)
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望んでも、願っても、祈っても。変わらない。
自分が祈ることに意味はあるのだろうか。
この生命に価値はあるのだろうか。
いくつもの思いは、まるで水に溶けるように輪郭をなくしていった。
残った思いが自分の意思だと疑いなく思いこむ天音は、祈りの言葉を並べて唱える。何の為に祈っているのかは、既に思い出せなくなっていた。
(あ、れ……?)
最後の自我の一欠片がこぼれ落ちる。
(わたしは、何だったっけ……?)
天音が全てを失いかけた、そのときだった。
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背後に人の気配を感じてはっと振り返り、見上げる。
「れ、いや……?」
彼が助かっていたことに安堵はしたが、ここには来ないでほしかったと苦い気持ちがこみ上げる。
(だって……)
しかし、天音が考えられたのはそこまでだった。
心も体もとうに限界を迎えていた。あれほど強大だと感じていた再生の力だが、今は抑えつけられたように微弱なものになっている。抗うこともできずに、天音の意識はふっつりと途絶えた。
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