7 / 64
6.悲しみから、人間はどうやって立ち直るのか。
しおりを挟む
玄関を通って家の中に入ると、そこは何というか、たいへん簡素というか……物が極端に少ない部屋だった。
よく言えば生活感がない、ということになるのかもしれない。率直にいえば、埃っぽくて、人間の住んでいる家という感じがしない。
彼が壁に触れる。わずかな魔力の流れを感じ取った。
「《点灯》」
ランプに明かりが灯るのと同時に浄化の魔法が作動して、埃っぽさが一気に消え去った。
「ここがリビング。奥がダイニングとキッチン。廊下の先に空き部屋があるから、そこを使って。客間の前の左側が、バスルームとか洗面所」
適当な様子で廊下の先を指さして、私に説明をする。
彼はそのまま勝手知ったる様子で……自分の家なのだから当然か……リビングを横切り、私には何の部屋だか説明しなかった部屋のドアを開けてその中へと消えていった。
ぽつねんとリビングにひとりで取り残される。
まずは壁に近寄って仕込まれた魔法陣を確認した。
なるほど、略式だが教則本では見たことのない表記がいくつか見受けられる。自分で最適化を目指して研究したのだろう。
明かりと浄化の連鎖を起こす部分は、……古い書き方だけど、私も前世ではこれを使っていた。一番画数が少ないからである。
画数が少ない方が魔力のロスが少なくなるのだ。
とはいえきちんと理論に則って省略しないと、正しく発動しない。これが魔法陣の面白いところだ。これだけ隆盛していても、まだまだ改善の余地が残されている。
思いもよらない方法を見つけて、試して。再現性を確認して、書き残して。
その理論をまた後世の人間が試して、改善して。
そうして発展してきた文化だ。
古くもあり、新しくもある。常に発見と知見がある。魔法というのはどうしてこうも、私をわくわくさせるのだろう。
ひとしきりリビングや廊下の見分を終えて、私に割り当てられた部屋のドアを開く。
浄化の魔法がきちんと作用していて、埃や蜘蛛の巣などはない。綺麗な部屋だ。
けれど、しばらく誰も出入りしていなかったのだろう。クローゼットの奥底に仕舞い込まれていたローブのような匂いがした。
そしてリビング同様、ここにも物がない。ベッド、文机、椅子、クローゼット。それだけだ。
私の知る魔法使いの家はどこもたいてい本や紙の類で埋もれているか、さもなければ乾燥した草花やらトカゲやらの魔法薬の材料がぶら下がっているかだったし、アイシャの屋敷は高位の貴族だけあってそこかしこに花やら芸術品やら何やらが飾ってあって、華やかだった。
こうも殺風景な部屋というのは初めて見る。
前世の自分の部屋なんて、床が板張りだったのか絨毯張りだったのかすら思い出せない。床を見たのは何年前だったかな。
そもそも自室に帰って寝るなんて週に一回あるかないかで、ほとんど研究室に住んでいたようなものだったし。
ベッドに腰を下ろす。何となくそのまま横になると、途端に睡魔が襲ってきた。
前世を思い出したのでもはや6歳児とは呼べない存在の気がするけれど……肉体は間違いなく6歳児だ。
慣れない経験ばかりで疲れたし、眠たくなるのが道理というものだろう。
うとうとしながら、ノアのことを考えた。
いまいち理由は分からないけれど、彼は私が死んだことを私以上に悲しんでくれているらしい。
どうしてそんなに、ある意味崇拝するかのように慕われたのかは分からないけれど。
突き詰めたら、知り合いが死んだら、誰だって悲しいだろう。
死ななくても、親しい人間と会えなくなったら、寂しいだろう。
そういう悲しみから、人間はどうやって立ち直るのか。
よく言えば生活感がない、ということになるのかもしれない。率直にいえば、埃っぽくて、人間の住んでいる家という感じがしない。
彼が壁に触れる。わずかな魔力の流れを感じ取った。
「《点灯》」
ランプに明かりが灯るのと同時に浄化の魔法が作動して、埃っぽさが一気に消え去った。
「ここがリビング。奥がダイニングとキッチン。廊下の先に空き部屋があるから、そこを使って。客間の前の左側が、バスルームとか洗面所」
適当な様子で廊下の先を指さして、私に説明をする。
彼はそのまま勝手知ったる様子で……自分の家なのだから当然か……リビングを横切り、私には何の部屋だか説明しなかった部屋のドアを開けてその中へと消えていった。
ぽつねんとリビングにひとりで取り残される。
まずは壁に近寄って仕込まれた魔法陣を確認した。
なるほど、略式だが教則本では見たことのない表記がいくつか見受けられる。自分で最適化を目指して研究したのだろう。
明かりと浄化の連鎖を起こす部分は、……古い書き方だけど、私も前世ではこれを使っていた。一番画数が少ないからである。
画数が少ない方が魔力のロスが少なくなるのだ。
とはいえきちんと理論に則って省略しないと、正しく発動しない。これが魔法陣の面白いところだ。これだけ隆盛していても、まだまだ改善の余地が残されている。
思いもよらない方法を見つけて、試して。再現性を確認して、書き残して。
その理論をまた後世の人間が試して、改善して。
そうして発展してきた文化だ。
古くもあり、新しくもある。常に発見と知見がある。魔法というのはどうしてこうも、私をわくわくさせるのだろう。
ひとしきりリビングや廊下の見分を終えて、私に割り当てられた部屋のドアを開く。
浄化の魔法がきちんと作用していて、埃や蜘蛛の巣などはない。綺麗な部屋だ。
けれど、しばらく誰も出入りしていなかったのだろう。クローゼットの奥底に仕舞い込まれていたローブのような匂いがした。
そしてリビング同様、ここにも物がない。ベッド、文机、椅子、クローゼット。それだけだ。
私の知る魔法使いの家はどこもたいてい本や紙の類で埋もれているか、さもなければ乾燥した草花やらトカゲやらの魔法薬の材料がぶら下がっているかだったし、アイシャの屋敷は高位の貴族だけあってそこかしこに花やら芸術品やら何やらが飾ってあって、華やかだった。
こうも殺風景な部屋というのは初めて見る。
前世の自分の部屋なんて、床が板張りだったのか絨毯張りだったのかすら思い出せない。床を見たのは何年前だったかな。
そもそも自室に帰って寝るなんて週に一回あるかないかで、ほとんど研究室に住んでいたようなものだったし。
ベッドに腰を下ろす。何となくそのまま横になると、途端に睡魔が襲ってきた。
前世を思い出したのでもはや6歳児とは呼べない存在の気がするけれど……肉体は間違いなく6歳児だ。
慣れない経験ばかりで疲れたし、眠たくなるのが道理というものだろう。
うとうとしながら、ノアのことを考えた。
いまいち理由は分からないけれど、彼は私が死んだことを私以上に悲しんでくれているらしい。
どうしてそんなに、ある意味崇拝するかのように慕われたのかは分からないけれど。
突き詰めたら、知り合いが死んだら、誰だって悲しいだろう。
死ななくても、親しい人間と会えなくなったら、寂しいだろう。
そういう悲しみから、人間はどうやって立ち直るのか。
11
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる