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入学式を終えて、教室に向かう。
友達、出来るだろうか。
思えば6歳から交友関係がノアやジェイド、あとはたまに尋ねに来るフェイという状態だったので、同じくらいの年頃の子と全然接していない。
今どきの子どもの話題についていけるだろうか。何が流行っているのだろう。
前世では友達ができるかどうかなんて気にしていなかったけど――今世はもうちょっと、人間というものを理解してみたいと思っていた。
だからちゃんと、友達を作りたい。
ジェイドみたいな友達がほしい、と思った。会うたびにお菓子をくれるのだ。
ノアは一体どうやってジェイドみたいにいい人と知り合ったのだろう。
聞いておけばよかった。
私が学園を卒業する頃には、ノアは……どうしているのだろうか。
と言っても、卒業は6年も先だ。
ノアと過ごした6年間はおだやかな日々だったけれど――何だか、瞬く間に過ぎて行ったような気がしてしまう。
遠い未来のことに思えてピンとこない6年先も、そうやってすぐに訪れてしまうのだろうか。
その頃には……寂しくならずに話せるように、なっているのかな。
教室に担任の先生が入ってきた。
自己紹介をして、学園の紹介をして。
寮も教室もだけれど、私が通っていた時からあんまり変わっていないんだな、と思った。
一通り話し終えた先生が、教室のドアを開けて廊下の様子を窺う。
何だろうと思っていると、ドアをくぐって、真っ黒な影のような恰好をした男の人が教室に入ってきた。
あれ、あのローブ。国立の魔法研究所のローブだ。
……けど、何か……見覚えのある、装飾が。
「それから……今年から、大魔導師のノア・ヴォルテール先生が特別講師として来てくださることになりました!」
「え」
男が顔を上げる。黒い髪に、赤い瞳。背が高くて、整った目鼻立ち。
そして極めつけは大魔導師専用の装飾が施されたローブ。
どう見てもノアだった。
二度見してもノアだった。
まずい。だらだらと冷汗が流れてくる。
何だかいい感じに去ったつもりだったのに、追いかけてくるとか、そんなことある?
いや、まだそうと決まったわけではない。
私だって大魔導師の業務の一環で魔法大学の特別講師をしたことだってあるし、魔法学園を訪問して子どもたちからの質問を受け付けたこともある。
あくまで仕事の一環で来ているだけで、私を追いかけてきたとか、そういうわけでは――
「アイシャ」
――と、都合よく解釈しようと思っていたのだけれど、失敗した。
休み時間になるや否や、私はノアに廊下の隅っこに追い詰められていた。
「どういうこと? 説明して」
「せ、説明? ナンノコトデスカ?」
壁に手をついて、私の逃げ場を奪って詰め寄ってくるノア。
何とか押し返したいところだけれど、とてもそんなことをさせてくれる雰囲気ではなかった。
「あんな、言い逃げみたいな真似して」
「だって、ほら、私たち離縁するじゃないですか」
「しない」
「はい?」
「離縁しない」
私の言葉を、ノアが即答で否定した。
しない、とは?
確かにまだ正式な書類にはサインしていない、気がする——けれども。てっきりお父様たちがそちらで済ませてくれたものとばかり思っていた。
「君が洗いざらい白状するまで絶対離縁しない!」
ノアが声を荒げる。
廊下を歩いていた生徒も先生も、ざわざわしながら私たちの様子を窺っている。
人間心理に詳しくない私にとって、これが私の今後の学校生活にとってプラスになるのかマイナスになるのかは判然としない。
判然としない、けれども、やっぱりあんまりプラスにはならない気がしてきた。
「……いるの?」
「え?」
「君の中に、先生が」
ノアは戸惑ったような、それでいて寂しげなような……縋るような眼差しで、私を見た。
その表情が何だか子どもっぽく……前世で出会った頃のノアのように見えて、妙に懐かしくて、きゅうと胸が詰まる。
彼は私の事情に勘づいている。
あれだけ分かりやすいヒントをあげたのだ、当たり前だと思う。
それでも、ノアは……私のことをグレイスではなく、アイシャとして扱ってくれた。
今だって、「アイシャ」と私を呼んで。
先生と話すときの口調ではなくて、私と話す時の言葉遣いで話して。
あくまで、私という主体の中に、先生がいる。そういう言い方を選んでくれた。
それが何故だか、とても嬉しかった。
どうしてかはうまくいえない。両方自分だろうと言われたらそれはそうなのだけど。
私とノアが過ごした時間を感じて、嬉しかった。
ノアにとって、私も。
グレイスほどではないかもしれないけれど……特別な存在のうちの一人には、なれた気がした。
少なくとも、ペンペン草扱いではないのは確かだ。
私も同じだ。
離れるのが寂しかったり、特別扱いしてもらえて嬉しかったり。
グレイスに負けて、悔しく思ったり。
私にとってノアも、特別な存在になっていた。
あんなにカッコつけて出てきたのにという気まずさを差し引いても、顔を見たらやっぱり……あの家に帰りたいなぁと、思ってしまうくらいには。
人間の感情に疎い私でも分かるくらい、私にとってのノアは、特別だ。
グレイスのときよりも、ずっと。
そこで、はっと気づいた。
発想の転換だ。
「つまり、黙っていたら離縁しなくていいってことでしょうか?」
「はぁ!?」
「じゃあ私、黙秘します!」
「どうしてそうなるわけ」
「だって本当のこと言ったら旦那さま、倒れちゃうかもしれませんし」
「そんなのもうほとんど答え言ってるみたいなものだろ!」
ノアが叫んだ。
それはそうかもしれない、と思った。
でも……答え合わせはもう少し、先でもいいんじゃないだろうか。
私たち二人の今が続くなら、もう少しだけ。
友達、出来るだろうか。
思えば6歳から交友関係がノアやジェイド、あとはたまに尋ねに来るフェイという状態だったので、同じくらいの年頃の子と全然接していない。
今どきの子どもの話題についていけるだろうか。何が流行っているのだろう。
前世では友達ができるかどうかなんて気にしていなかったけど――今世はもうちょっと、人間というものを理解してみたいと思っていた。
だからちゃんと、友達を作りたい。
ジェイドみたいな友達がほしい、と思った。会うたびにお菓子をくれるのだ。
ノアは一体どうやってジェイドみたいにいい人と知り合ったのだろう。
聞いておけばよかった。
私が学園を卒業する頃には、ノアは……どうしているのだろうか。
と言っても、卒業は6年も先だ。
ノアと過ごした6年間はおだやかな日々だったけれど――何だか、瞬く間に過ぎて行ったような気がしてしまう。
遠い未来のことに思えてピンとこない6年先も、そうやってすぐに訪れてしまうのだろうか。
その頃には……寂しくならずに話せるように、なっているのかな。
教室に担任の先生が入ってきた。
自己紹介をして、学園の紹介をして。
寮も教室もだけれど、私が通っていた時からあんまり変わっていないんだな、と思った。
一通り話し終えた先生が、教室のドアを開けて廊下の様子を窺う。
何だろうと思っていると、ドアをくぐって、真っ黒な影のような恰好をした男の人が教室に入ってきた。
あれ、あのローブ。国立の魔法研究所のローブだ。
……けど、何か……見覚えのある、装飾が。
「それから……今年から、大魔導師のノア・ヴォルテール先生が特別講師として来てくださることになりました!」
「え」
男が顔を上げる。黒い髪に、赤い瞳。背が高くて、整った目鼻立ち。
そして極めつけは大魔導師専用の装飾が施されたローブ。
どう見てもノアだった。
二度見してもノアだった。
まずい。だらだらと冷汗が流れてくる。
何だかいい感じに去ったつもりだったのに、追いかけてくるとか、そんなことある?
いや、まだそうと決まったわけではない。
私だって大魔導師の業務の一環で魔法大学の特別講師をしたことだってあるし、魔法学園を訪問して子どもたちからの質問を受け付けたこともある。
あくまで仕事の一環で来ているだけで、私を追いかけてきたとか、そういうわけでは――
「アイシャ」
――と、都合よく解釈しようと思っていたのだけれど、失敗した。
休み時間になるや否や、私はノアに廊下の隅っこに追い詰められていた。
「どういうこと? 説明して」
「せ、説明? ナンノコトデスカ?」
壁に手をついて、私の逃げ場を奪って詰め寄ってくるノア。
何とか押し返したいところだけれど、とてもそんなことをさせてくれる雰囲気ではなかった。
「あんな、言い逃げみたいな真似して」
「だって、ほら、私たち離縁するじゃないですか」
「しない」
「はい?」
「離縁しない」
私の言葉を、ノアが即答で否定した。
しない、とは?
確かにまだ正式な書類にはサインしていない、気がする——けれども。てっきりお父様たちがそちらで済ませてくれたものとばかり思っていた。
「君が洗いざらい白状するまで絶対離縁しない!」
ノアが声を荒げる。
廊下を歩いていた生徒も先生も、ざわざわしながら私たちの様子を窺っている。
人間心理に詳しくない私にとって、これが私の今後の学校生活にとってプラスになるのかマイナスになるのかは判然としない。
判然としない、けれども、やっぱりあんまりプラスにはならない気がしてきた。
「……いるの?」
「え?」
「君の中に、先生が」
ノアは戸惑ったような、それでいて寂しげなような……縋るような眼差しで、私を見た。
その表情が何だか子どもっぽく……前世で出会った頃のノアのように見えて、妙に懐かしくて、きゅうと胸が詰まる。
彼は私の事情に勘づいている。
あれだけ分かりやすいヒントをあげたのだ、当たり前だと思う。
それでも、ノアは……私のことをグレイスではなく、アイシャとして扱ってくれた。
今だって、「アイシャ」と私を呼んで。
先生と話すときの口調ではなくて、私と話す時の言葉遣いで話して。
あくまで、私という主体の中に、先生がいる。そういう言い方を選んでくれた。
それが何故だか、とても嬉しかった。
どうしてかはうまくいえない。両方自分だろうと言われたらそれはそうなのだけど。
私とノアが過ごした時間を感じて、嬉しかった。
ノアにとって、私も。
グレイスほどではないかもしれないけれど……特別な存在のうちの一人には、なれた気がした。
少なくとも、ペンペン草扱いではないのは確かだ。
私も同じだ。
離れるのが寂しかったり、特別扱いしてもらえて嬉しかったり。
グレイスに負けて、悔しく思ったり。
私にとってノアも、特別な存在になっていた。
あんなにカッコつけて出てきたのにという気まずさを差し引いても、顔を見たらやっぱり……あの家に帰りたいなぁと、思ってしまうくらいには。
人間の感情に疎い私でも分かるくらい、私にとってのノアは、特別だ。
グレイスのときよりも、ずっと。
そこで、はっと気づいた。
発想の転換だ。
「つまり、黙っていたら離縁しなくていいってことでしょうか?」
「はぁ!?」
「じゃあ私、黙秘します!」
「どうしてそうなるわけ」
「だって本当のこと言ったら旦那さま、倒れちゃうかもしれませんし」
「そんなのもうほとんど答え言ってるみたいなものだろ!」
ノアが叫んだ。
それはそうかもしれない、と思った。
でも……答え合わせはもう少し、先でもいいんじゃないだろうか。
私たち二人の今が続くなら、もう少しだけ。
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