悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

文字の大きさ
2 / 72
第1章 入学と武術大会

第2話 黒髪

しおりを挟む
 ルーカスとの初めての顔合わせの日の早朝。

 鏡に映る自分の姿は、まさしく理想だった。
 派手な銀髪を黒髪で隠しておさげにし、貴族らしからぬ分厚い黒ぶち眼鏡を掛けることによりキツイ印象のある目元を隠す。

 よしっと意気込んでいると、私の姿を整えてくれた侍女が「はあ」と盛大なため息を吐いた。

「……せっかくのお嬢様の姿が……なぜ」

 その嘆きはわからなくもない。
 でも、これは処刑回避のために必要なことだ。
 自分の姿を隠して、地味に地味で地味な令嬢として、目立たないように生活をする。
 もうすでに王太子との婚約は結ばれていて、自分の力で解消することはできない。
 だったら相手から婚約を破談にしてもらえばいいのだ。

 この姿ならだれがどう見ても、未来の王太子妃――よくよくの王妃には向いてないって思うだろう。
 それにこれだけ地味に過ごしていたら、ヒロインが王太子ルートを攻略しても、事件を起こさずに円満に婚約を解消してもらえるかもしれない。

 これから初めて婚約者との顔合わせだ。
 この姿なら、ルーカスもリシェリアに興味を持つことはないだろう。

 ――そのリシェリアの考えはある意味正解だと言えるが、実際はどんな格好をしていたとしても、ルーカスがリシェリアに興味を抱くことはなかっただろう。
 ゲームでのリシェリアは美しすぎる悪役令嬢としても有名だった。その美貌に絆されない男なんていないと、ゲームをプレイしていて思ったほどである。

 だけどルーカスはその美しいリシェリアの姿にも、その凍りついた表情を変えることはなかった。
 だから、リシェリアが本来の格好をしていたとしても、ルーカスは眉ひとつ動かさなかっただろう。

 ――そのはずだったのに。

 十五歳になって学園に入学するまでの間に、リシェリアに対するルーカスの態度が少しずつ変化していた。


    ◇◆◇


 図書室でルーカスにつかまりそうになった翌日。
 昇降口にある靴箱の陰から、隣のクラスの靴箱を伺うリシェリアの姿があった。
 地味令嬢に扮しているので、その姿は周囲から見ても気づかれないという自信はあったのだけれど、見張りを初めて数分もしない内に声を掛けられてしまう。

「なにしているのさ、リシェ」

 リシェリアのことをリシェと呼ぶのは家族だけだ。父であるオゼリエ公爵がここにいるわけがないから、残っているのはただ一人。
 振り返ると思った通りの人物が、呆れた顔を向けていた。

「ヴィクトル。私は忙しいの。だからあっちに行って」
「いや、でもさ。明らかに不審者なんだけど」
「え? そうかしら?」
「悪目立ちしているから。あまり変な行動ばかりしていると、弟として恥ずかしいから本当にやめてよね」

 ヴィクトル・オゼリエは、ぼやきながらそう言うと靴を履き替えた。

 彼はリシェリアの従弟にして、オゼリエ家の養子だ。
 リシェリアの母は娘を産んですぐに儚くなってしまった。妻一筋だったオゼリエ公爵は後妻を娶ることなく、娘にすべての愛情を注いで育ててくれた。
 だけど公爵家として跡取りがいない状態というのは好ましくはない。だから親戚の中でも特に優秀だったヴィクトルを養子に迎え入れることにしたのだ。

 ちなみにこのヴィクトル・オゼリエも、『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の攻略対象のひとりだ。

「リシェはただでさえ目立っているんだから」
「え、私がどうして目立っているの?」
「どうしてって、そんな恰好をしているからでしょ」

 ヴィクトルの視線がリシェリアの髪に向いた。

「黒髪はこの国では珍しい上に、そんなやぼったい格好なんかしちゃってさ。皆が陰でなんて言ってるか知っているの?」
「うっ」

 知っている。
 リシェリアの格好はお世辞にも貴族令嬢として好ましいとは言えない。
 地味な格好もそうだけれど、何よりもその黒髪が問題だった。
 ウルミール王国で黒髪は珍しいものとして、忌避されている。それなのに、幼かった頃はそのゲームの設定をすっかり忘れてしまっていて、つい黒髪のウィッグを被ってしまったのだ。黒髪のウィッグを求めた時の侍女が青ざめたような顔をしていたのを思い出して、申し訳ない気持ちが湧いてくる。

「まあ、でも今学期は珍しいことに黒髪が二人いるからね。リシェだけが目立っているわけじゃないけどさ。というかリシェは本来の髪色は黒じゃないんだし……」

 リシェリアの本来の髪色は銀髪だ。それも光り輝くほど眩しい色。
 だけど幼い頃から地味にみられるために黒髪で過ごしてきたから、家族以外のほとんどはリシェリアの本来の髪色を知らないだろう。

「それにしてもリシェはおかしいよね。僕と初めて会った時はあんなにも本当のあなたの姿を見せて、とか言っていたのに。自分の姿は隠すんだから」
「だ、だって、目立つものっ」
「いまも目立っているよ。両親とは似ても似つかない黒髪に、分厚い眼鏡を掛けていて、とてもじゃないけれど王太子の婚約者に相応しくないって」
「うっ」

 そう思われるように過ごしてきたのは自分だけれど、直接言われると少し傷ついてしまう。

「黒髪って、そんなにへんなのかしら……」

 前世の日本で黒髪は当たり前だったから、この国の価値観に慣れる気がしない。

「ああ、噂をしていたらもう一人の黒髪がきたね」
「どこっ!?」

 ヴィクトルの言葉に周囲を見渡す。
 もう一人の黒髪といえば、彼女しかいない。
 このゲームのヒロインだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
 平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。  絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。  今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。  オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、  婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。 ※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。 ※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。 ※途中からダブルヒロインになります。 イラストはMasquer様に描いて頂きました。

当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」 伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。 ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。 「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」 推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい! 特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした! ※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。 サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします 他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

処理中です...