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第1章 入学と武術大会
第7話 私は悪役令嬢です!
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◆◆◆
【今度こそ新しい家族から愛されるという期待は、一瞬にして消え去った】
【最初は笑顔だった半年だけ早く生まれた義姉は、二人っきりになると悍ましいものを見たというように嫌悪感を露わにした】
【「気持ち悪い瞳」と、ヴィクトルが幼少期から言われ続けてきた言葉を用いて】
【その嫌悪が痛いほど胸に響く。新しい家にも自分の居場所なんてないのだと、それを思い知らされたからだ】
――『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』ヴィクトルの回想より抜粋。
◇◆◇
「ほわあぁ、ここが、ヴィクトル様の城……! ガチの聖地巡礼……! いや、これは推し活のようなもの……ヴィクトル様と顔を合わせなければ迷惑はかけないはず……」
首都にあるオゼリエ家の邸宅にやってきた客を出迎えたリシェリアは、ブツブツと呪詛のようなものを呟いてキョロキョロと周囲を見渡しているアリナを見つけた。
聖地巡礼とか、推し活と聞こえるけれど、あまりにも挙動不審すぎて、オゼリエ家の優秀な使用人たちがちょっと怯えている。
いつもは客人に対して眉ひとつ動かさずに対応する執事が、声を潜めて問いかけてきた。
「あの、お嬢様のお客様で、よろしかったですか?」
「そうよ。……そうだけど」
アリナはリシェリアを見つけると、カッと目を見開いて近づいてきた。
艶のある黒髪ロングストレートと赤いカチューシャは普段通りだけれど、服装は学園の制服ではなく、余所行きの格好をしている。
「リシェリア様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいです」
ゲームのリシェリアには友人――いや、取り巻きが多かった。
だけど現在のリシェリアは。黒髪おさげに分厚い眼鏡という、令嬢の趣とは違う格好をしていることもあり友達はごく少数だけ。公爵令嬢で王太子の婚約者でもあるからお茶会などで話をする令嬢はいても、みんなリシェリアの姿を見ると一様に眉を顰めるのだ。
執事の案内でサロンに向かうと、リシェリアはしばらくサロンには誰も入らせないようにお願いした。アリナの素性を怪しんでいた執事だったが、部屋の前にメイドを待機させることを条件に渋々だけれど納得してもらった。
席に腰かけたアリナは、どこかソワソワしながら周囲を見渡している。
リシェリアのサロンは基本的に応接間として使用していて、たまに読書会で使用している。驚くことにこの世界にもロマンス小説が存在している。それらの小説は貴族令嬢が読むには低俗な物とされているが、それでも令嬢の間でひっそりとした人気があった。その集まりには厳選したご令嬢しか招待していない。
壁際には本棚があり、その内容が気になっているのかもしれない。
そう思ったのだけれど、どうやら違うみたいだ。
「あの、今日、ヴィクトル様は……」
「学園に行っています」
「それならよかったー」
ヴィクトルがいないと聞いて、なぜかアリナはため息を吐いて、椅子の背もたれに体を預けた。
「五月中旬に開かれる武術大会に参加するみたいです。それで最近早朝や放課後だけではなく、休みの日も学園に行って自主練をしていて」
「え、ヴィクトル様が武術大会に!? あの、ヴィクトル様が!?」
驚いたアリナが前屈みになって机に乗り出す。その気持ちがわかるリシェリアはうんうん頷く。
ゲームのヴィクトルは、幼少期から忌み嫌われた金色の瞳を隠すために、灰色の髪を肩ぐらいまで伸ばして前髪で隠していた。初登場のシーンはヒロインの隣の席で、屈託なく笑うヒロインを無言で見つめているだけで台詞はなかった。陰気な雰囲気を醸し出していたキャラが、少しずつヒロインと打ち解けていく。それに心を打たれるファンも多かった。
そんなヴィクトルは、文官を目指しているため勉学は得意だけれど、幼い頃から室内にこもっていたため運動が苦手で、細身で陽を知らない白い肌が特徴的なキャラでもある。
だが五年前にオゼリエ家に来てから、ヴィクトルは意欲的に剣術の授業を受けるようになり、リシェリアはとても驚いた。
見た目もゲームとは違って、細い腕は筋肉がついてがっしりとして、金色の瞳を隠していた前髪は短く切り揃えられている。
「入学してすぐにヴィクトル様の変化には気づいたのですが、ゲームとは違っていて驚きましたよ。……でも、塞ぎがちだったキャラが、クラスのみんなと打ち解けている姿のを見られるのは、オタクとしても本望です。しかも斜め後ろからいつでも彼の顔を見ることができるのですから」
(ん? 斜め後ろの席?)
ゲームで二人の席は隣だったはずなのに。
「あ、ヴィクトル様の隣の席はとてもじゃないけれど私には恐れ多くて……入学してすぐに、同じクラスの人に代わってもらったんです。ヴィクトル様の隣になれるのなら喜んでとおっしゃっていましたよ。それに斜め後ろからご尊顔が眺められますし」
(……それでいいのかヒロイン)
ヴィクトルルートを解放するには、隣の席で、少し気になるクラスメイトというのがポイントだ。武術大会の後に、ヒロインが手作りクッキーを作りすぎてしまい、ヴィクトルに差し入れをするか、庭園でクラスメイトとお茶会をする二つのルートが分岐点。これを過ぎると、ヴィクトルのルートは攻略できなくなる。
(初めてプレイした時はルーカスルートに進むためにヴィクトルルートは飛ばしたのだけれど、ヴィクトルは友人キャラとしても優秀だったから、居た方が攻略が楽なのよね)
ちなみにルーカスルートを解放するのには、入学式のある週の週末、町中でショッピングをする必要がある。その帰り道に、確か馬車に轢かれて冷たくなった猫を抱きしめながら泣いているヒロインの姿をルーカスが見かけて、十歳の時に亡くなった母親の面影を感じるのだ。ルーカスはそれにより、少しずつヒロインを……。
「あ!!」
突然叫び声をあげたリシェリアに、アリナがびっくりした顔になる。
「そういえば入学してすぐの週末って……!」
「……あ、そういえば今日か、明日ですね」
「アリナさん、いまから街に出かけましょう」
「いやいや、私はヒロインになるつもりはありませんから~」
「て、アリナさんはヒロインよ!?」
「リシェリア様が代わりにヒロインになってくれるって言うのなら、町に出かけてもいいですよ」
「私は悪役令嬢です!」
なにこの不毛なやり取り。
でもルーカスのルートはなんとしても解放してもらわないといけない。
なぜならルーカスは、ヒロインと関わることにより、失った感情を取り戻していくのだから。いまの凍りついた顔に笑顔が宿るスチルが見たい。
「まあ、でもいますぐは必要ないですよ。たしかそのイベントが起こるのは日曜日でしたから」
「あ、それなら、明日一緒に出掛けましょう、アリナさん」
「そんなことよりも」
紅茶のカップを掴んで中身を一気飲みしたアリナは、ずいっと顔を近づけてきた。
「私は今日、リシェリア様とオタク談義をしにきたんです! せっかくですから、時戻りのお話でもしましょう。せっかく会えた、オタク仲間っぽいですし!」
【今度こそ新しい家族から愛されるという期待は、一瞬にして消え去った】
【最初は笑顔だった半年だけ早く生まれた義姉は、二人っきりになると悍ましいものを見たというように嫌悪感を露わにした】
【「気持ち悪い瞳」と、ヴィクトルが幼少期から言われ続けてきた言葉を用いて】
【その嫌悪が痛いほど胸に響く。新しい家にも自分の居場所なんてないのだと、それを思い知らされたからだ】
――『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』ヴィクトルの回想より抜粋。
◇◆◇
「ほわあぁ、ここが、ヴィクトル様の城……! ガチの聖地巡礼……! いや、これは推し活のようなもの……ヴィクトル様と顔を合わせなければ迷惑はかけないはず……」
首都にあるオゼリエ家の邸宅にやってきた客を出迎えたリシェリアは、ブツブツと呪詛のようなものを呟いてキョロキョロと周囲を見渡しているアリナを見つけた。
聖地巡礼とか、推し活と聞こえるけれど、あまりにも挙動不審すぎて、オゼリエ家の優秀な使用人たちがちょっと怯えている。
いつもは客人に対して眉ひとつ動かさずに対応する執事が、声を潜めて問いかけてきた。
「あの、お嬢様のお客様で、よろしかったですか?」
「そうよ。……そうだけど」
アリナはリシェリアを見つけると、カッと目を見開いて近づいてきた。
艶のある黒髪ロングストレートと赤いカチューシャは普段通りだけれど、服装は学園の制服ではなく、余所行きの格好をしている。
「リシェリア様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいです」
ゲームのリシェリアには友人――いや、取り巻きが多かった。
だけど現在のリシェリアは。黒髪おさげに分厚い眼鏡という、令嬢の趣とは違う格好をしていることもあり友達はごく少数だけ。公爵令嬢で王太子の婚約者でもあるからお茶会などで話をする令嬢はいても、みんなリシェリアの姿を見ると一様に眉を顰めるのだ。
執事の案内でサロンに向かうと、リシェリアはしばらくサロンには誰も入らせないようにお願いした。アリナの素性を怪しんでいた執事だったが、部屋の前にメイドを待機させることを条件に渋々だけれど納得してもらった。
席に腰かけたアリナは、どこかソワソワしながら周囲を見渡している。
リシェリアのサロンは基本的に応接間として使用していて、たまに読書会で使用している。驚くことにこの世界にもロマンス小説が存在している。それらの小説は貴族令嬢が読むには低俗な物とされているが、それでも令嬢の間でひっそりとした人気があった。その集まりには厳選したご令嬢しか招待していない。
壁際には本棚があり、その内容が気になっているのかもしれない。
そう思ったのだけれど、どうやら違うみたいだ。
「あの、今日、ヴィクトル様は……」
「学園に行っています」
「それならよかったー」
ヴィクトルがいないと聞いて、なぜかアリナはため息を吐いて、椅子の背もたれに体を預けた。
「五月中旬に開かれる武術大会に参加するみたいです。それで最近早朝や放課後だけではなく、休みの日も学園に行って自主練をしていて」
「え、ヴィクトル様が武術大会に!? あの、ヴィクトル様が!?」
驚いたアリナが前屈みになって机に乗り出す。その気持ちがわかるリシェリアはうんうん頷く。
ゲームのヴィクトルは、幼少期から忌み嫌われた金色の瞳を隠すために、灰色の髪を肩ぐらいまで伸ばして前髪で隠していた。初登場のシーンはヒロインの隣の席で、屈託なく笑うヒロインを無言で見つめているだけで台詞はなかった。陰気な雰囲気を醸し出していたキャラが、少しずつヒロインと打ち解けていく。それに心を打たれるファンも多かった。
そんなヴィクトルは、文官を目指しているため勉学は得意だけれど、幼い頃から室内にこもっていたため運動が苦手で、細身で陽を知らない白い肌が特徴的なキャラでもある。
だが五年前にオゼリエ家に来てから、ヴィクトルは意欲的に剣術の授業を受けるようになり、リシェリアはとても驚いた。
見た目もゲームとは違って、細い腕は筋肉がついてがっしりとして、金色の瞳を隠していた前髪は短く切り揃えられている。
「入学してすぐにヴィクトル様の変化には気づいたのですが、ゲームとは違っていて驚きましたよ。……でも、塞ぎがちだったキャラが、クラスのみんなと打ち解けている姿のを見られるのは、オタクとしても本望です。しかも斜め後ろからいつでも彼の顔を見ることができるのですから」
(ん? 斜め後ろの席?)
ゲームで二人の席は隣だったはずなのに。
「あ、ヴィクトル様の隣の席はとてもじゃないけれど私には恐れ多くて……入学してすぐに、同じクラスの人に代わってもらったんです。ヴィクトル様の隣になれるのなら喜んでとおっしゃっていましたよ。それに斜め後ろからご尊顔が眺められますし」
(……それでいいのかヒロイン)
ヴィクトルルートを解放するには、隣の席で、少し気になるクラスメイトというのがポイントだ。武術大会の後に、ヒロインが手作りクッキーを作りすぎてしまい、ヴィクトルに差し入れをするか、庭園でクラスメイトとお茶会をする二つのルートが分岐点。これを過ぎると、ヴィクトルのルートは攻略できなくなる。
(初めてプレイした時はルーカスルートに進むためにヴィクトルルートは飛ばしたのだけれど、ヴィクトルは友人キャラとしても優秀だったから、居た方が攻略が楽なのよね)
ちなみにルーカスルートを解放するのには、入学式のある週の週末、町中でショッピングをする必要がある。その帰り道に、確か馬車に轢かれて冷たくなった猫を抱きしめながら泣いているヒロインの姿をルーカスが見かけて、十歳の時に亡くなった母親の面影を感じるのだ。ルーカスはそれにより、少しずつヒロインを……。
「あ!!」
突然叫び声をあげたリシェリアに、アリナがびっくりした顔になる。
「そういえば入学してすぐの週末って……!」
「……あ、そういえば今日か、明日ですね」
「アリナさん、いまから街に出かけましょう」
「いやいや、私はヒロインになるつもりはありませんから~」
「て、アリナさんはヒロインよ!?」
「リシェリア様が代わりにヒロインになってくれるって言うのなら、町に出かけてもいいですよ」
「私は悪役令嬢です!」
なにこの不毛なやり取り。
でもルーカスのルートはなんとしても解放してもらわないといけない。
なぜならルーカスは、ヒロインと関わることにより、失った感情を取り戻していくのだから。いまの凍りついた顔に笑顔が宿るスチルが見たい。
「まあ、でもいますぐは必要ないですよ。たしかそのイベントが起こるのは日曜日でしたから」
「あ、それなら、明日一緒に出掛けましょう、アリナさん」
「そんなことよりも」
紅茶のカップを掴んで中身を一気飲みしたアリナは、ずいっと顔を近づけてきた。
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