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第3章 芸術祭・準備編
第26話 誕生日プレゼント
しおりを挟む長かった夏休みが終わって、王立学園は二学期に突入した。
すぐにリシェリアの誕生日があった。
その日は午後まで授業があるので、放課後にタウンハウスで誕生日パーティーが開かれることになっている。
父やヴィクトルはもちろん、友人のアリナや読書仲間の令嬢を数人呼んでいる。それからルーカスも。
父としてはもっと盛大にパーティーを開きたいと毎年口にしているのだけれど、そこまで大掛かりなパーティーだと準備も大変なことと、招待客が増えると気疲れしてしまうからという理由で毎年断っている。貴族令嬢としてささやかな誕生日パーティーだけど、それはそれで気楽でよかった。
「リシェリア、誕生日おめでとう! これは私からのプレゼントだよ!」
そう言ってアリナが渡してきたプレゼントの包みを開けると、中から出てきたのはキーホルダーだった。
「さすがに本物の宝石は手に入れられないから平民向けの店で見つけた宝石みたいな飾りだけど、キーホルダーがなかったから手作りしてみたの。前世の推し活が役に立てて良かったぁ」
「……この色って」
キーホルダーの先には緑色の宝石のようなものが付いている。よく見ると、四葉のクローバーの彫刻がされている。明らかに見覚えのあるものだ。
「お祭りの時に、リシェリアがもの欲しそうに見てたでしょう? だからあれから探して買ったんだけど、推し活するならネックレスよりもキーホルダーの方がいいかなって。チェーンの部分を少しいじってみたの」
「よく覚えていたのね」
「もちろん、友達だもん。それにリシェリアって……あ、大きな声じゃないほうがいいか。……リシェリアって、ルーカス様推しなんでしょう」
耳元で囁かれた言葉に思わず飛び上がりそうになる。
(話してないはずなのにっ)
なんで気付かれているんだろうとアリナの顔を伺うと、してやったりとでもいうかのように口元をニヤつかせていた。
「やっぱりねぇ~。私はヒロインに転生したけど、ルーカス様を攻略するつもりは全然ないから、応援してるね」
「私は悪役令嬢です。ルーカス様の攻略なんてするつもりはないわ」
「……ふーん。いまはそういうことにしておいてあげる。私は、影から眺めているだけでご飯三杯は食べられるから」
影から眺めているという言葉に不穏を感じる。アリナは、もしかして無理矢理にでもリシェリアをヒロインにしようとしているのだろうか?
悪役令嬢がヒロインに代わるなんて、そんなことできるはずないのに。
現にルーカスの表情は婚約したばかりの時より幾分か表情がわかりやすくなっているだけで、ほとんど凍りついたままだ。
リシェリアが誰かといると、たまにじーっと氷のようなエメラルドの瞳で見てくる時がある。二人っきりだと「挨拶」が増えるけれど。
「……ふーん、やっぱり無自覚みたいね。それはそれで尊いし、そのおかげで私は推し活を堪能することができるんだけどね。……ふふ、楽しみー。って、やばい、ヴィクトル様が来る気配……!」
アリナはなにやらブツブツ呟くと、ハッとした顔で「じゃあ、私はプレゼントを渡したから帰るねー」とパーティー会場から慌ただしく出て行ってしまった。
壁際で待機していたシオンが会釈してからアリナのあとに着いて行く。
シオンも学園の授業があるから、いまは登下校や休日の外出の時だけアリナの護衛をしているらしいけれど、さすが真面目な性格をしているだけあって任務に実直みたいだ。
最近も、「突発的なお出かけはやめてくださいって言われて、私は一人でもいいって言ったのに、シオンが無理やりついてきてさぁー」とアリナが愚痴っていた。しかもどうやらシオンはアリナの授業のスケジュールや休日などの外出の予定をすべて把握しているらしい。さすがは真面目なキャラ。
「特待生は帰ったんだ。というか僕の顔を見た瞬間、すっ飛んで行かなかった?」
「用事があると言っていたから、たまたまじゃないかしら」
アリナと入れ替わりにやってきたヴィクトルは、少し不満気だった。
「まあ、良いけどさ。はい、これ。誕生日おめでとう、リシェ」
「ありがとう、ヴィクトル」
受け取ったのは小さな包み紙だった。ほんのり桜色に色づいた包み紙は可愛らしく、貴族令嬢向けの雑貨屋のロゴマークで飾られている。
「開けてもいい?」
「うん」
包み紙を丁寧に剥がしていき、中から現れた箱を空ける。
すると箱の中には緑色に輝く宝石のブローチが出てきた。四葉の彫刻はされていないものの、あの夏祭りの日に一瞬目を奪われたネックレスのイミテーションに似ている。
「これは……」
「さすがに僕から偽物の宝石を渡すわけにはいかないからこれは本物だけど。あの時気になっているみたいだったからさ。……それに殿下の色だし、リシェはそっちの方がいいでしょ?」
「ありがとう、ヴィクトル。大事にするわ」
殿下の色、という部分にこそばゆさを感じるが、ヴィクトルからもらえるプレゼントは嬉しいものだ。貴族令嬢向けのブティックでヴィクトルが真剣にプレゼントを選んでいる様子が脳裏に浮かんで、笑みがこぼれる。
(きっと居心地が悪かったでしょうね。……それにしても、なんで二人ともルーカス様の色に拘るのかしら? 確かに婚約者として、ルーカス様のエメラルド色の小物は嬉しいけれど)
誕生日パーティーはささやかながらも多くのプレゼントを受け取ることになり、あっという間に終盤になった。
そして遅れてきたルーカスが会場に入ってきた。
「リシェリア。遅れてごめん。それから誕生日おめでとう」
一見すると表情は変わっていないように思えるが、いまのルーカスはほんのり頬を赤くなっているように見えた。急いできてくれたのだろう。
「これはおれからのプレゼントだ。学園を卒業したら結婚するから、その前に渡しておきたかった。……ずっと渡しそびれていたから」
ルーカスが懐から出した箱はヴィクトルからもらったブローチの箱よりも小さい。
しかも前世の知識と合わせても、物語の世界とかで見覚えのあるもののような気がした。
(いや、まさかね)
おもむろにルーカスがその箱を空ける。
周囲の時間が止まったようだった。実際は止まってなんかいないのだけれど、少なくともリシェリアの呼吸は一瞬だけ止まった。
箱の中にはエメラルドの宝石の付いた指輪があった。
「婚約してからずっと渡したいと思っていたんだ。だけど、公爵にまだ早いと言われて……でも、リシェリアももう十六だからいいかと思って」
幼い頃にルーカスと顔合わせをしてから、毎年なにかにつけてプレゼントを贈ってくれたルーカスだが、その中に指輪だけはなかった。
「遅くなったけど、婚約指輪だ」
ちなみに結婚の時は、王国由来の指輪を受け継ぐことが決まっている。
ゲームのルーカスの表ルートで、ヒロインの指に指輪をはめるスチルがあった。周りに花が咲いていて祝福ムードの中、フィナーレを迎えていた。その裏で悪役令嬢であるリシェリアが処刑されていたはずなのに。
「右手を出して」
ルーカスに言われるがまま右手を差し出す。
いつも挨拶してくる手にそっと自分の手を添えると、ルーカスは箱の中から取り出した指輪を、リシェリアの右手の薬指にはめようとして――。
リシェリアは、ついその手を引っ込めてしまった。
ふとゲームのスチルを思い出してしまったからだ。
ヒロインに微笑みかけるルーカスの姿を。
もしここで指輪をはめてもらったら、これからの楔になるかもしれない。
「ごめんなさい。せっかくのプレゼントなので、大切に保管させてください」
「……そうか。わかった」
断ったからだろうか、ルーカスは少し不満そうな顔になった気がした。
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