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第3章 芸術祭・準備編
第28話 配役
しおりを挟む「リシェリアのクラスって、芸術祭の出し物は決まったの?」
「うん。私のクラスは演劇になったわ」
季節も秋に移り変わり、芸術祭のシーズンがやってきた。
春の武術大会、夏のサマーパーティー、そして秋の芸術祭。
秋の芸術祭は主に個人の出し物とクラスの出し物に大きく分かれている。
個人の出し物は選択教科を芸術科目に選択している生徒たちによる発表だ。
たとえば美術を選択している生徒なら絵画などの制作物のお披露目。ピアノなどの音楽を選択している生徒ならちょっとした発表会を。
リシェリアの選択教科は合唱のため、その日は講堂で同じく合唱を選択している生徒に紛れて歌うことになるだろう。
クラスの出し物は各教室ごとに、クラスのみんなで力を合わせて何か一つの出し物をすることになる。
前世だと文化祭で模擬店をやりたがる生徒が多かったけれど、ここは貴族の学園だ。刃物や火を軽々しく扱う者は禁止されているので模擬店はできない。
そうなる教室で開催できる出し物は絞られる。
研究発表とか、迷路とか、お化け屋敷とか、演劇とか。
それでリシェリアのクラスは演劇になった。
「いいねぇ、演劇。私のクラスはお化け屋敷になったよー」
「え、オバケ?」
「そう。魔法とか使ってみんなを驚かせる仕掛けをしてやる! ってみんな大騒ぎしていて、私も楽しみなんだ」
「そ、そうなんだ。お化け屋敷」
顔を輝かせるアリナと違って、リシェリアの顔は曇っていく。
「当日はリシェリアも来てね」
「え、う、うん」
できればお化け屋敷には入りたくないけれど、アリナの誘いを断ることはできなかった。
前世でも悪役令嬢になったいまも、リシェリアは変わることなくお化けなどの怖いもの全般が苦手だ。
前世の文化祭で友達に誘われて参加したお化け屋敷で、クオリティ低いから平気だよーと言われたのに、随分と本格的なお化け屋敷で騙された記憶がよみがえる。
この世界には魔法がある。前世よりもお化け屋敷は過酷かもしれない。
◇◆◇
その日、リシェリアのクラスは芸術祭でやる演劇の役職決めをすることになっていた。
「台本は『光の王子と眠り姫』に決定です! それでは、次は配役を決めたいと思います。まずは主人公の王子役をやりたい人がいたら手を上げてください」
実行委員の言葉により、教室がいささか騒めきだす。
「王子と言えば……」
「王子はこのクラスにいるものね……」
「殿下以外に王子を名乗れる人なんていないわ」
「……でも殿下がやってくれるでしょうか」
少し騒がしくなったのに気づいた実行委員がコホンと咳払いをする。
教室内はまた静かになったが、好奇の視線の多くはルーカスに注いでいた。
謎の緊張感の中、実行委員が催促の声を上げる。
「立候補者は手を上げてください」
「……」
手を挙げる生徒は誰もいない。さすがに本物の王子であるルーカスを差し置いて、王子役を買って出る勇気のある生徒はいないようだ。
「……それでは、推薦者がいれば……手を上げてください」
実行委員の声がすこし弱々しくなる。
もしかしたらこれは重要な役が決まらないかもしれないぞ、と思っているのかもしれない。
ルーカスは多くの視線を受けながらも、エメラルドの眼差しは前を見ているだけ。
他の生徒たちはルーカスを推薦してもいいのか迷っているようで、今日中に配役が決まらない可能性もある。
リシェリアは役者に立候補するつもりはないので静観していた。できれば裏方とか目立たないことがしたい。
「……推薦者は、いませんか?」
「仕方がないですわね。それではわたくしが推薦したいと思いますわ」
実行委員の顔色が悪くなってきたからか、それともタイミングを見計らっていたのか、やっと声を上げたのは公爵令嬢のミュリエルだった。
「王子役には、ルーカス殿下を推薦したいと思います」
立ち上がって胸を張って宣言するミュリエルに、彼女の取り巻きがすかさず拍手を送る。
再びルーカスに期待の眼差しが集まるが、ルーカスは反応しなかった。
前を見ているようで見ていない、どこかぼんやりした様子であるが、表情が変わらないので何を考えているのかわからない。
実行委員が緊張した面持ちで、ルーカスに声を掛ける。
「それではルーカス殿下。……その、王子役に推薦されていますが……その、どうされますか?」
「…………」
どうするのだろうと見守っていると、不意にエメラルドの瞳がこちらを向いた。
(っ!?)
「……リシェリアが姫役をやってくれるのなら、王子役をやってもいい」
「!?」
(絶対無理! 人前で演技なんてしたことないし、何よりも眠り姫って確か銀色の髪の美少女設定だったはずじゃあ。……私のこの見た目ではどう考えても無理だし、反対意見が出る未来しかみえない!)
「リシェリアがやらないなら、おれもやらない」
「……ッ、えっと、オゼリエ嬢は、どうされますか?」
実行委員が憐みのこもった瞳を向けてくる。
その瞳をやりたくないという思いで見返すが、クラスの女子たちはキャーと小さな悲鳴を上げて、好奇心の眼差しを向けてきていた。ミュリエルと取り巻きだけは表情を険しくさせているけれど。
「リシェリア、どうするの?」
ダメ押しのルーカスの言葉。
断りたい。……断りたいけれど、そのエメラルドの瞳を見返すと言葉に詰まってしまう。それにここでリシェリアが断ったら、配役は永遠に決まらないような気さえしてくる。
(でもよくよく考えれば、眠り姫ってずっと眠っているだけで、ほとんど台詞がなかったはずだから、もしかしたら楽な役どころかもしれないわ)
「……大根でもよろしければ」
「大根?」
「演技が下手でもよければ……」
「わかった。じゃあ、王子役はおれがやるよ」
ルーカスの言葉に、周囲の女子たちが色めき立つ。
実行委員は安堵の息を吐きだしていた。
「それでは次の配役を……」
次々と配役などの役職が決まっていくなか、あることを思い出してリシェリアは頭を抱えていた。
(まって、『光の王子と眠り姫』って、確かあのシーンがあるはずじゃ……!? いや、演技だから寸止めだろうけれど、人前で、アレは、その……)
今更ながら後悔が押し寄せてくる。
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