悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

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第4章 芸術祭・本番編

第40話 再び

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【時を戻すと、この時はもう一生戻ってくることはありません。それでも、時を戻しますか?】

 ――カチッ。
 時計の針が止まる音とともに、目の前が明るくなる。

「アリナさん、どうされましたか?」

 時を戻ったアリナの前にいたのは、心配そうな眼差しのシオンだった。
 さすがに二度目なので身構えていたものの、思わず後退ってしまう。

「アリナさん?」
「――っ、あ、シオン様! これからクラリッサ様のお見舞いに保健室に行かれるんですよね!?」
「ええ、そうですが……。その話、アリナさんにしましたか?」
「保健室に行かれたら、先生の目はあまり見ないでくださいね! なるべく視線を逸らして話すと良いと思います! それでは私はすぐに寮に戻るので……あ、護衛も要りませんから! では失礼します!」

 困惑するシオンに矢つぎ早に言葉を放つと、アリナは礼をしてから踵を返す。
 背後からシオンの声が聞こえてきたが、気にせず走った。

(えっと、リシェリアは、この時間はもういないから明日伝えるとして……。あ、先にポプラの花を見に行こう!)



 夕闇に暮れる空の下、やってきた中庭には今日もさらさらとポプラの木が立っている。

(どうしよう、ない)

 黄色い小さな花を探すが、どこにも咲いていないみたいだ。

(さすがに二回続けてだと、咲かないのかな)

 できればひとつは持っておきたかった。花がないと、いざという時に時を戻ることができないから。
 まったく予想していなかった出来事が起こっているいま、ポプラの花がないのは心もとなかった。

(また明日、確認にこなきゃ)

 そう決心してポプラの木に背を向けた時、強めの風が吹いた。
 そういえば二週目の時も風が吹いて、花が落ちてきたことを思いだす。
 期待して顔を上げたアリナの近くに落ちてきたのはポプラの花ではなく、大きな人影だった。

「――っ!?」

 声にならない悲鳴が出る。
 人影はアリナの前に着地すると、見下ろすように立った。
 赤と緑のツートンヘアーの尾羽が風になびいている。制服の上からは長いマントを羽織っていて、ルーカスよりも深い緑色の瞳が、アリナを見下ろしていた。 
 その姿はゲームでも見覚えがあった。攻略対象の中で一番背が高いからか迫力がある。

「……なあ、おまえ」

 四人目の攻略対象である、ケツァールが問いかけてくるのを遮り、アリナはぐっと拳を握り固めた。

「やった、きたぁ!!」

 思わず上げた声に、ケツァールは驚くでもなく眉間に皺を寄せる。
 言葉を遮られたからか、それともアリナが奇声を上げてしまったからか、どこか不機嫌そうだ。
 アリナは慌てて顔面を取り繕うと、頭を下げた。

 本来、ケツァールがゲームのストーリーに本格的に登場するのは、芸術祭の後のはずだった。だけどあのキャラが登場したのなら、彼の登場も早くなる可能性もあった。
 時を戻ってきてすぐに会うことになるとは思っていなかったので内心驚いたものの、それよりもあのキャラに対抗する手段を得たことにアリナは安堵していた。というか時を戻ってきてからずっと謎の高揚感があって、自分でもよくわからないまま勢いで動いている気がする。

「ということで、助けてください、ケツァール先輩!」
「――は?」

 アリナの様子を眉を顰めて見ていた魔塔の寵児にして【問題児】は、意味がわからないとでもいうかのように鼻を鳴らした。

「なんだ、おまえ」
「ケツァール先輩の魔法の腕が必要なんです!」
「なんで、見ず知らずのおまえに力を貸さなきゃいけないんだ?」

 訝しむ様子のケツァールに、アリナは軽く深呼吸をすると口を開いた。

「この学園に、人を操る魔法を使う魔術師がいるんです」

 こう言えば、ケツァールはこちらの話に耳を傾けざるを得ないだろう。
 険しい顔になったケツァールが、一歩前に踏み出す。

「その話、嘘だったら承知しねぇぞ」

 目の前で見た顔は、やはり迫力満点だった。


    ◇◆◇


 芸術祭の準備を終えて講堂からの帰り道を歩いていると、廊下の向こうからすごい勢いでアリナが走ってきた。
 リシェリアの姿を見つけると、まるで今生の別れで離ればなれになった家族のように、目尻に溜めた涙を散らしながら抱き着いてくる。

「よかったぁ! まともなリシェリアだ!!」
「……え、まともな私?」

 突然抱き着かれて困惑していたら、意味の解らないことを口走ったアリナにさらに困惑する。
 号泣というほどではないけれど、感動の涙(?)を流したアリナがリシェリアの手を握りしめて言う。

「リシェリア、これから言うことをよく聞いてね」
「う、うん」

 やけに真剣な顔のアリナに、リシェリアは固唾を飲んで言葉を待つ。

「保健室にはいかないで」
「……うん、わかった。保健室にはいかないわ――って、なんで?」
「リシェリアは覚えてないかもしれないけど、私はいま三週目なの」
「三週目?」

 どういうことだろうか。

「私は二回時戻りの魔法を使って、同じ時間から戻ってきているの。だからいま三週目なんだ」
「時戻りの魔法を使ったの!」

 思わず声が大きくなり、周囲を見渡す。
 ちらほらいる生徒が何事だとこちらに視線を向けてくるので、リシェリアはアリナの腕を掴むと昼休憩によく使っていた準備室の中に逃げ込む。

「……アリナ、本当に時戻りの魔法を使ったの? それも二回も」
「そうだよ。使わなきゃいけなかったから」
「……そう。詳しい話を、聞かせてくれるかしら」
「もちろん。いまから話すことをよく聞いてね。……って、その前に」

 アリナが意味ありげに言葉を止めると、伺うような視線を向けてきた。

「リシェリアって、『時戻りの少女』の隠れキャラのこと知ってる?」
「隠れキャラ?」

(『時戻りの少女』に隠れキャラって、いたっけ?)
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